無軌道な力


〝野良〟


 それは、円卓か六業会ろくごうかいのどちらにもまだ〝一度も所属していない〟殺し屋の総称だ。つまり一度組織に入り、その後で裏切った俺や鈴太郎りんたろうは野良には入らない。


 二十年前に円卓が起こした〝虐殺の二月〟を境に、世界のあちこちで殺し屋と同じ力を持った人間が現れるようになった。それまでは、殺し屋の力を持ってるのは円卓か六業会にいる奴だけだったらしい。


 力に目覚める対象は、死ぬ寸前のじじいだろうが赤ん坊だろうがお構いなし。


 ある日突然殺し屋の力に目覚めたそいつらは、大体は戸惑い、力の使い方も分からないままにトラブルを起こす。


 四年前……俺が迎えに行ったエリカもそうだった。


 当時まだ十一歳だったエリカは、突然手に入れた炎を操る力に振り回され、生まれ育った家も、家族も……何もかもを消し飛ばしちまった。


 エリカの心は強い。

 ちょいと危なっかしい所はあるが、頭は良いし、優しさだって人一倍だ。


 そんなエリカが、自分から望んでそんなことをしたりはしない。あのエリカでも、目覚めた殺し屋の力と、そこから湧き出る〝殺意〟に抵抗するのは難しいって話だ。


 むしろエリカほどの力があって、〝町一つ消えただけ〟で済んだのは奇跡だった。今の世の中、円卓や六業会が原因の事件以外にも、この野良の殺し屋による被害は右肩上がりで増え続けてる。


 大抵はエリカの時みたく、円卓や六業会から殺し屋が派遣される。


 見つけた野良をどうするかは派遣された奴の気分次第。まあ、エリカの時は少しばかり特殊だったが――――大抵はその場で殺されるか、使えそうなら組織に連れて行かれる。


 とはいえ……組織から殺し屋が派遣されてくるのは、大体トラブルが〝起こった後〟だ。円卓にも六業会にも、今回みてぇな騒動を未然に防ぐ気はさらさらないってことだな――――!


「なんだお前……!?」

「何を血迷ったのか知らねぇが……俺たちに〝感謝〟しろよ、クソ餓鬼共」


 大勢の客で賑わうショッピングモール。


 野良の奴らがどうやったのかは知らないが、クソ面倒なことに建物の四方八方からひっきりなしに爆発音と悲鳴が聞こえてくる。


 俺はいくつも連なる高級ブランドファッションの棚を器用に避けながら加速すると、視界に捉えた〝野良〟の一人の鳩尾みぞおちに加減した拳をめり込ませる。


「ギャ……!?」

「馬鹿が……しばらく大人しくしてろ」


 俺の拳を受けたダウンジャケットの男……見た感じまだ高校生くらいに見えるそいつの体から、殺し屋の力が砕けて抜けていく。これは〝殺し屋の力を殺せる〟俺と永久にしか出来ない芸当だが……はっきり言って、この程度で済ませてやる俺自身の優しさに感動すら覚える。


悠生ゆうせいっ! また〝別の人〟を見つけましたっ! そこから一つ上の階の……まくらとかお布団が置いてあるあたりですっ!』

「了解だ。しかし何人いるんだこいつら……!?」


 俺の脳内に直接響く、この世の物とは思えないほどに美しい女神の……いや永久とわの声。永久にはあおいさんたちや、怪我人の手当てを任せてある。


 だが永久はそれを完全にこなしつつも、このショッピングモール全体を見通して、野良の居場所を俺とサダヨさんに伝えてくれている。もう十分に分かっていることだが、やはり俺の永久は最高オブ最高……真の女神……最愛の妻ッッ!


『えへへ……私も悠生のこと愛してますっ。絶対に気をつけて下さいね、旦那様……っ!』

「ああ……! 任せろ!」


 俺の心の声を聞いた永久に全力で応えつつ、俺は吹き抜けになったエスカレーターホールへと。そして一飛びで上の階へと移動すると、永久が言った通り分厚い布団やら枕やらが積まれた寝具コーナーが飛び込んでくる。


「く、来るんじゃねぇ……っ! 来やがるなら、全部吹き飛ばしてやるッ!」

「やってみろ、先に吹き飛ぶのはお前だぞ」

「ひっ……! アイツが、他のみんなを……っ!?」


 加速する俺の視界に、その両手に〝緑色の渦〟を纏わせて身構える金髪の男と、腰を抜かしてへたり込む、黒髪の男の二人のガキが映る。残ってるのはこいつらだけか……?


 ぱっと見、こいつら二人の能力の正体が掴めないが……建物の中で所構わず爆発が起きてるって事は、物理的にどうにかする力だろう。


 基本的に、野良の力は荒削りで精度も低い。


 エリカみたいにとんでもない出力を持ってる奴もいるにはいるが……それでも円卓か六業会で訓練だの洗礼だのを受けなきゃ、その力を100%引き出すことはまず不可能だ。


 だが、ごく稀に俺でも用心しないとヤバイ、〝変わった力〟を持つ奴がいる。


 俺はその経験から、まだ十分に距離がある場所から拳を振り抜く。〝鋼の王〟とやり合った時に見せた〝狙撃用の遠当て〟だ。だが――――。


「ひっ!?」

「む……?」

「ぶ、ぶっ殺してやる! 俺たちを舐めやがって……! おい連理れんり……ッ! さっさと〝飛ばせ〟、それで終わりだ!」

「わ、わかった……!」


 なんだ?


 どういう理屈かはわからないが、俺がぶっ放した遠当てはガキ共に当たらず、どっかに消し飛んじまった。

 そしてそれと同時に、金髪のガキはその両手を振り上げて辺り一帯を覆う緑色の渦を煙状に変えてまき散らす――――この〝硫黄臭〟……爆発の主犯はこいつだな。


 そういうことなら、これ以上様子を見るのは無しだ。


 俺は拳を握り、ショッピングモールの床を砕きながら即座に加速。金髪のガキがライターに火をつけるのを阻止しようとした。だが、またしても――――。


「こいつは、どうなってる……!?」

「おらあああああ! 全員死ねぇ!」


 だが俺の拳がガキに到達することはなかった。加速する視界が僅かにズレ、気付けば俺の位置は、つい一瞬前までいた場所に〝戻されて〟いた。


 ってことは、金髪のガキはライターの火を自分のガスに――――。


「残念……ッ! このアタシがいる限り……〝リア充は爆発しない〟のさ……ッ!」

「ガッ!?」

「あひッ!?」


 だがその時。


 間一髪で俺とは逆のフロアから〝超高速の匍匐前進〟で音も無く現れたサダヨさんが、二人の横っ面を箒で弾き飛ばす。

 俺の位置を変えた力の正体はわからなかったが、どうやらこいつら二人とも、俺に気を取られてサダヨさんの接近に気付いてなかったな。


「クックック……! キラキラを傷つける奴は、全員ゴミ箱行き……ッ! 掃いて集めて捨てるのさ……! アヒャヒャヒャ……!」


 ぎりぎりで建物全部が吹き飛ばされる最悪の事態を阻止したサダヨさん。


 サダヨさんはとっくに気を失った二人の体を、これ見よがしに手に持った箒でゴリゴリ掃き掃除しながら不気味に、しかしこの上なく嬉しそうな様子で笑っていた――――。


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