「――――随分と無茶をしましたね」

「誰のせいだと思ってんだ……全く、母親が強えってのは本当だったな」


 あれはちょうど一ヶ月前。

 アマテラスでの戦いが終わった直後。


 なんとか地上に帰り着いた俺たちは、気を失った鈴太郎りんたろうの母親を六業会ろくごうかいに引き渡し、そのまましばらく留まった。


 そしてそこで、鈴太郎が自分の母親……〝九曜の日スーリヤ〟と長い話を続けていた最中。


 部屋の外で適当に待っていた俺と永久とわは、鈴太郎から自分の母親が〝俺たちに〟話があると促され、ついさっきまでバチバチにやりあっていた、スーリヤと向き合っていた。


「永久さんと言いましたね……彼の者の〝器〟である貴方の存在は、我々も把握していました。そして、その計画が失敗に終わったことも……」

「ええっ!? そうだったんですか!? すごーいっ!」

「おいおい……永久のことは円卓でもトップシークレットだったんだぞ。まさか、お前らのスパイでも潜り込んでやがったのか?」

「フフ……それはどうでしょうか? ですが、私たちが把握していたのはそこまで。永久さんに関する情報は〝二年前〟を境に途絶えました……まさか、円卓の手から離れ、鈴太郎と共にあったなどとは知りませんでした」


 二年前――――。


 それはつまり、俺と永久が会う頃までは、永久は〝ナニカの器〟として六業会からもマークされてたってことだ。恐らく、俺が永久を円卓から連れ出したことで、それ以降は行方が追えなくなっていたんだろう。


「もし貴方たち二人の存在を把握していれば……アマテラスの掌握も、太極様の導も行うことはなかったでしょう……。全ては、この私の不覚です……」

「フッフッフーン! そうですよ! 私と悠生ゆうせいがいれば、どんな悪巧みだって今回みたいにどかーんと叩き潰しちゃいますからっ! 賢明な判断ですっ!」

「――――そういうことではありません。貴方たちも、もう分かっているのではありませんか?」

「…………」


 まるで全てお見通しとばかりに、俺に鋭い眼差しを向けるスーリヤ。

 確かに、この時点で既に俺にはこいつの言う心当たりが山ほどあった。


 あの時。


 鈴太郎やエリカと一緒に、〝神の拳ディヴァイン・フィスト〟の力を全て引き出して戦っていたあの時。


 いつもならうるさいほどに聞こえてくる〝ナニカの声〟は、一度たりとも俺の耳に〝届いていなかった〟。


 同じように、普段永久の力を使っていなくてもうっすらと感じる〝ナニカの視線〟。それもあの戦いの後からは、完全に消えていたんだ。


「んーー……そう言われると、確かに私も体が軽くて気分爽快っ! 元気満々って感じですっ! そういえば、ずっと聞こえてくる〝あの人〟の声も全然聞こえないですね?」

「そうですか……残念ですが、私にも貴方たち二人に起きた変化が何を意味するのかはわかりません。ですが、器である永久さんが〝彼の者に近づく〟ということは、それだけで膨大な因果の曲折を招いたはず……」

「近づくどころか〝目の前まで来やがった〟しな……アレがあそこまでヤバイとは、正直俺も思ってなかった」

「私もとってもびっくりしましたっ! お月様って本当に赤いんですねっ?」


 スーリヤは俺の言葉に頷き、今度は俺と永久の二人を交互に見つめて言った。


「月に封じられし彼の者――――我々六業会は彼の者を滅ぼさんとし、円卓は彼の者を私欲のために利用しようとしている。円卓の王であった貴方も、それはよくご存知でしょう?」

「まあ、な……」


 俺を射貫くような、責めるような鋭い眼光を向けるスーリヤ。


 確かに俺は知っていた。


 円卓の目的と、その主宰である奴――――〝円卓の父〟が俺たちに何をさせようとしていたのか。そして――――そのクソッタレな考え方もだ。



〝なぜ命を奪うことを躊躇する? 殺したい、害したいと思うのは人として当たり前の欲求だ。解き放て……お前の殺意を。そうすれば、お前はもっと強くなれる〟



 それは、今でも耳の奥にこびりついて離れない奴の言葉。

 俺の心を掴んで離そうとしない……纏わり付くような〝親父〟の言葉だった。


 苦々しく表情を歪めて目を逸らす俺に、スーリヤは追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「私は鈴太郎や貴方たちに敗れ、命を救われた者としてこうして言葉を交わし、私が知っていることを貴方たちに伝えています。 ――――ですが覚えておきなさい……もしこれから先、永久さんが完全に〝彼の者と同一の存在〟になるというのならば、我ら六業会は持てる全ての力を使い、永久さんを滅ぼすでしょう……」

「うぅ……流石にそれは嫌ですよぅ……っ」

「俺がさせるかよ。永久をナニカにすることも、お前らや円卓の好きにさせることも、全部俺が叩き潰してやる……ッ!」

「どうぞ、そうしてください。我々としても、そのような凶兆は一つでも少ない方が助かります。けれど――――」


 そこで一度言葉を句切ると、スーリヤは俺を……いや、俺の中にある〝何か〟を見定めるように、俺の目をじっと見つめた。そして――――。


「拳の王……貴方には〝何もない〟」

「なに……?」

「言葉通りです。貴方には我ら九曜のような神の守護も、他の円卓の王が今も持つ、〝殺し屋としての殺意〟も消えている。不思議です……それにも関わらず、なぜ貴方はその〝立ち位置にいる〟のでしょう……?」


 何言ってんだこいつは……?

 何もないからなんだってんだ?

 

 謎かけのような言葉を投げられたその時の俺は、素直にそう思った。だが――――。


「分かりませんか……? 本来ならば、貴方は〝部外者〟なのです。舞台に上がることを許されず、彼の者を巡る我らと円卓の戦いを、客席から見ることしか出来ない、資格を持たざる者――――それなのに貴方は、彼の者に限りなく近い存在である永久さんと、誰よりも強い縁を結ぶに至っている」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ! 貴方にとって悠生は部外者でも、私にとっては大大だーい好きな旦那様っ! 一番傍にいて欲しい〝当事者〟なんですよっ! それに、悠生が何もないなんてこともありませんっ! とっても優しくて、素敵な人なんですからっ!」

「――――そう、何もないはずの貴方が唯一〝持っている〟と呼べる物。それは、彼女から注がれているこの〝愛だけ〟……恐らく、それだけが貴方をこの舞台に押し上げている……」

「はわっ!? このお母さん、全然私のお話聞いてくれませーんっ!」

「永久!? よしよし、可哀想に……ッ!」


 完全にスルーされて泣きべそをかく永久の頭を優しく撫で撫でしながら、少なくともこの時の俺は、このスーリヤの話をそこまで深く捉えていなかったんだ。


 部外者だからなんだ?


 むしろ、円卓も六業会も俺たちをほっといて勝手に自滅してくれるなら、それが一番いいに決まってる……その程度に考えていた。そして――――。


「もしかすると……貴方は〝蛇〟なのかもしれません――――円卓を祖とし、今も様々な神話に描かれる、始まりの女を地に堕とした蛇――――」

「俺が、蛇だと……?」

「ええ……始まりの女をそそのかし、楽園を追われた蛇はその後どうなったのでしょう? もしかしたら、語られる話とは違い、女と共に地上で暮らしたのかも……今の〝貴方たちのように〟……」


 結局、スーリヤは最後まで訳の分からない事を言って、一人で勝手に納得したまま、次の日には飛行機に乗って飛んで行っちまった。


 だが……あれから一ヶ月。


 前とは違い、俺を好きだと言うようになった〝永久に似た彼女の夢〟を見る度に……なぜだか俺は、このスーリヤとの会話を頻繁に思い出すようになっていた――――。


 

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