第三章 殺し屋マンション
第一話 悠生視点
悠久の夢
※三章からは話ごとに悠生視点と鈴太郎視点が切り替わります。各話に視点主が明記されていますので、そちらでご確認頂ければ幸いです。
〝貴方の願いを教えて――――貴方の見たい世界を教えて〟
〝私が全部叶えてあげる――――私が貴方の世界を作ってあげる〟
〝貴方のことが好きだから――――貴方のことを愛しているから〟
夢。
そしてどこかから聞こえてくる歌声。
それは俺が
夢の中の俺はどことも知れない青空の下、見たこともない花が咲く草原に立っていた。驚き、ぐるりと辺りを見回す俺の傍を、澄んだ風が通り過ぎて消えていく。
『私……貴方に会えて良かった……』
声。
それは俺が誰よりも良く知っている、大好きな永久の声に聞こえた。
だが、振り向いた俺の前に立っていたのは永久のようで永久じゃない……この夢の中でしか会ったことがない、俺の〝知らない女〟だった。
『人って、こんなに誰かを好きになることがあるんだって……初めて知りました。全部、貴方が教えてくれたこと……』
「俺が……?」
『そうですよ……あんなに言ったのに、いつもすぐに忘れちゃうんですね?』
降り注ぐ日差しを浴びて青く輝く長い髪も、丸くて大きな金色の瞳も。薄いピンク色の唇も、その穏やかな笑顔も……。
彼女を構成する要素の全てが、俺の知っている永久そのもの。
だが……どうしてか俺には彼女が絶対に永久じゃないという確信があった。
そして永久じゃないと分かっていても……永久と同じように笑い、俺に優しい眼差しを向けてくれる彼女を、俺はどうしても〝嫌いになれなかった〟。だから――――。
『どうしたんですか? そんな、辛そうなお顔をされて……』
「悪いが……俺は君の言うその相手じゃない。人違いだ」
『人違い……?』
俺は永久と瓜二つの姿と心を持つ彼女に、〝嘘〟をつきたくなかった。
夢の中とはいえ、俺に向かって心からの信頼と愛情を向けてくれている彼女に、〝俺として〟向き合ってやりたかった。
だから、俺の言葉はいつも同じだ。
俺は君が好きだという相手じゃない。
なぜなら俺は、〝永久と良く似た別人〟である君を知らないんだから。
そしてそれは、俺がこの夢を見る度に〝何度も繰り返してきた〟やりとりだった。
夢の中で俺は永久と良く似た女性に声をかけられ、しかし別人だと答える。
すると決まって彼女はとても悲しそうな顔をして……黙って俺を見つめるんだ。
彼女のその表情は、俺の胸を苦みで満たして……そこで、いつも夢は終わる。
繰り返される夢の中で、その一連の流れはいつの間にかこの世界の決まり事のようになっていた。だが――――。
『いいえ……人違いなんかじゃ、ないですよ……』
「え……?」
だがその時。俺が何度となく見てきたその夢は、初めてその決まり事とは違う展開を見せた。
俺の言葉を聞いた彼女は、いつもなら見せる悲しそうな表情を〝浮かべなかった〟。
むしろ……さっきまで完全に永久とは別人だったはずの彼女が、俺の目から見ても永久と見分けがつかないような表情で……本当に嬉しそうに笑っていた。
『私の好きな人は貴方……。これまで〝何度も傷つけて〟しまって、ごめんなさい……。貴方が〝私の所まで来てくれた〟お陰で、やっと気づけたんです……』
「どういうことだ……? 待ってくれ、もう少し俺にも分かるように……」
決まりきった流れが崩れて混乱する俺をよそに、彼女は幸せそうに笑いながら俺の手を取った。
『大好きです……貴方は、やっぱり貴方のままだった……私は、それがたまらなく嬉しい……』
それは、確かに俺が何度も見た。そしてそのどれもが同じ流れを辿ってきた夢の、更に先の光景だった。
『待ってます……貴方が、私を迎えに来てくれるのを……』
「待ってるって……まさか君は……!?」
〝待っている〟
彼女は確かに〝俺〟に向かってそう言うと、名残を惜しむように手を放し……光と風の向こう側に離れていった――――。
――――――
――――
――
「永久――――!?」
「はいはーいっ! 私ですっ! おはようございまーすっ! むちゅ――――っ!」
「うおっ!? んむ――――っ!」
夢の中の彼女に手を伸ばした俺は、思わず永久の名前を呼んだ――――んだが、飛び起きた俺を待っていたのは、今度こそ正真正銘〝本物の永久〟だった。
一度は起きた筈の俺の体は、一切の手加減無しで全力フルダイブしてきた永久の柔らかな体と唇に押し倒されて、一瞬でベッドの上に逆戻りした。
「むちゅ、むちゅ……むちゅーっ! 好きぃ……一番好きですぅ……! ぷはぁ――――っ! あれれ? どうしたんですか? まさか怖い夢でも見てたんですか?
「はぁ……はぁ……っ! 寝起きにいきなりこんなことされたら誰だって驚くだろっ!? 永久こそいきなりどうしたんだよっ!?」
「えへへ……実はですね――――」
押し倒された俺を悪戯っぽい目で見つめると、永久は獲物を捕らえた猫のように得意げに、俺に馬乗りになったまま胸を張った。
「――――詳しくは覚えてないんですけど、今日はとっても〝良い夢〟を見た気がするんですっ。もしかしなくても、夢の中でも悠生と一緒だったんじゃないでしょーか? えっへん!」
そう言って無邪気に笑う永久の姿に、俺は数日前に戦った、〝
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