陽光の向かう先


 月。


 さっきまではずっと遠く、小さく輝いていた紅い月が迫ってくる。

 この〝太極の根〟がどんな仕組みでみんなの命を吸うのかはわからないけど、きっともう時間はない。


「やはり……その力はあまりにも危険。殺し屋殺しよ……ッ! 貴様たち二人が持つ〝彼の者の力〟。〝円卓の父〟が一体何をしたのかは知りませんが、その力の拡散をこれ以上見過ごすわけには行きません……ッ!」

「〝同感だな〟……」


 加速を続ける太極の根。その巨大な影を宇宙の闇に浮かび上がらせる母さんの太陽。その日の光は何重にも日輪が重なって、まるで太陽が鼓動を刻んでいるように見えた。


 僕と悠生ゆうせいは隣り合って速度を上げ、飛ぶ勢いを緩めないまま頭上の母さんを見据える。


「悠生……っ! 小貫こぬきさんっ! どうか気をつけてっ!」

「ああ……すぐに戻るさ! ――――行くぞ、鈴太郎りんたろう!」 

「うんっ!」


 最後。心配そうに僕たちを見つめる永久とわさんに頷くと、僕たち二人は全く同時に母さん目掛けて突撃。

 でもそれと同時。僕は印を結んで星を呼び、その内の一つをシュクラさんと戦うエリカさんの方へと向かわせる。


 今から僕たちが母さんに仕掛ける攻撃は、僕と悠生の持っている全ての力を叩き込む必要がある。その間は完全に無防備だし、みんなの援護をすることも出来ない。


 エリカさんにもそのことをちゃんと伝えておけば、エリカさんならきっと上手くサポートしてくれるはず……!


 僕は向かわせた星から空間に波紋を起こし、シュクラさんのロボットが放つ豪雨のようなレーザーと実弾の雨を、蒼い炎の壁で防ぐエリカさんにそのことを伝達する。


「……っ? わかりました……っ!」


 星の光から僕の声を聞いたエリカさんはシュクラさんを見据えたまま、確かに頷いてくれたんだ。ありがとう、エリカさん――――!


「たった今三人がかりで押し負けたというのに、今度は二人ですか。言っておきますが、私に陽動じみた真似は通じませんよ?」

「そんなことするかよ! ここまで来たら小細工は無しだッ!」


 そして僕たちの前に迫る太陽。

 その大きさはもう地上で見た時とは比べものにならない。


 母さんの背負う光輪は真っ赤に輝いて、その後ろに控える灼熱の太陽は大きすぎて、もう僕の視界には収まりきらないほど。


 それはこうして母さんに近づけば近づくほど、僕の持つ力が、僕という存在そのものが焼けて消えていくような。燃やされていくような圧倒的熱だった。けど、それでも――――!


「それでも僕は母さんも、六業会ろくごうかいも……! みんなを傷つける、全ての殺し屋を止める――――!」


 叫び、新たに結んだ印。激しい太陽の光を受けて、僕の背負う月の光輪が輝きを増す。右手に月輪の錫杖が現れて収まり、二十七個の星の光が僕を守るように寄り添う。


「鈴太郎…………っ! なぜ……なぜ母の言うことが聞けないのです……!? 貴方の愛する世界も、人々も……六業会の加護なくしては、全てが失われてしまうというのに……!」

「ハッ! そいつはどうかな!? お前が本当にこの化け物や六業会を心の底から信じてるのなら、なんでそれを〝鈴太郎に隠した〟!?」

「っ! それは……っ!」

「結局お前は〝何一つ信じてねぇ〟んだよ! 六業会も……鈴太郎のこともなッ!」

「減らず口を……ッ!」


 母さんが掲げる巨大な太陽から、いくつもの火の球が落ちてきて、レーザーやビームみたいな閃光の雨が僕と悠生目掛けて降り注ぐ。


 僕はそれを月の錫杖で受けて自分自身の力に。

 悠生は真正面から神の拳で打ち砕いて母さんに迫る。


「俺も昔はそうだった……! 殺すしか能のない自分から目を逸らして、世界からも、誰からも、エリカからも目を逸らす……! どうしようもないクソ野郎だった……!」


 灼熱を抜けた悠生が仕掛ける。叩き付けられた光速の拳を母さんは手の平で受ける。激しい閃光と火花が散って、蛇みたいな稲光がいくつものたうつ。


「だが鈴太郎こいつは違う――――っ! こいつはいつだって……今だって何からも目を逸らしたりしてねぇんだッ! 鈴太郎は俺よりも……〝お前よりも〟遙かに強いッッ!」

「馬鹿な……っ!?」


 砕けた。母さんの〝本当の障壁〟が。

 僕と永久さんを加えた三人でも砕けなかった、母さんの力が。


 実は、この攻撃を仕掛ける前に悠生は僕に教えてくれたんだ。

 さっきの母さんとの激突で、〝悠生が気付いたこと〟を。


 母さんの太陽が持つ本当の……というか、根源の力。それは、母さんに害を与える〝あらゆる事象を焼き尽くす〟こと。


 熱を操ったり、別の空間を作り出したりする力も全部はそこから始まってる。


 元々のスーリヤ様の力がそうなのかは分からない。けど、少なくとも母さんは……母さんの持つ太陽の力はそうなんだ。


 もしかしたら、母さんはずっとそうやって焼き尽くしてきたのかもしれない。

 母さんに降りかかる辛いこと、悲しいこと。そういうもの全てを――――。


「はぁあああああああ――――ッ!」

「くっ……ああああああッ!」


 悠生の神の拳が輝く。それは母さんの障壁を正面から打ち砕いて、母さんの掲げた日輪の錫杖へと叩き付けられる。


 とんでもない衝撃と波がのたうって、空間そのものが悲鳴を上げる。

 

「ば、馬鹿な……っ! 先ほどとは、〝彼の者の力〟の性質が……」

「俺の〝拳に集めた〟んだよ! 俺と永久の中にある、〝アイツの力〟をな……ッ!」


 悠生が叫ぶ。悠生の拳が母さんの錫杖を押していく。


 母さんの本当の力に気付いた悠生は、障壁を破るために永久さんの力も全部自分の拳に収束させた。

 

 普段は永久さんと悠生でバラバラになっている殺し屋の力を拳一つに集めることで、針の穴を通すような貫通力を出そうとしたんだ。そして――――!


「我は月! そして星辰の極に座する者――――!」


 飛び込む。


 僕の役目はここから。

 悠生が母さんの障壁を砕いて、そこで僕が!


「アアアアアアアアアアッ! 私は……! 私は、本当に……鈴太郎を、愛して……ッ! 愛しているのです……っ! それは決して、偽りなどではないッッ!」

「ぐ……っ!?」


 閃光。


 ここまでやっても。

 ここまでやってもまだ母さんは砕けなかった。


 悠生の拳に集約された力が、母さんに叩き込まれる〝寸前で逸らされる〟。


 まるで悲鳴のような母さんの叫びが僕の耳を打って、弾かれた悠生の力は母さんの力と混ざり合って散り散りに飛散して――――。

 

「星よ――――! あまねく輝きを束ね、闇を照らすしるべとならん――――!」

「鈴太郎……っ!?」


 星が奔る。


 僕の操る二十七の星が、流星となって弾かれた二人の力に寄り添う。

 一度は砕けて散った母さんと悠生の力が、星の光に導かれて再び集まる。


 全部分かってた。

 悠生も僕も、もう十分に分かってたんだ。


〝母さんは強い〟


 母さんだって、僕の想像もつかないような色んな事を背負ってずっと戦ってきたんだって。僕たちの力だけじゃ〝倒せない〟だろうって。だから――――!


「月よ――――! 森羅万象を抱き、星辰の道行きをここに示せ――――!」


 だから、僕は〝全ての光〟を集めた。


 母さんの限界を超えた太陽の力も、悠生と永久さんの持つ神様の力も零さず掬い上げて――――そのまま、母さん目掛けて叩き付けたんだ。


「ま、さか――――」


 太陽が砕ける。

 悠生の拳が貫いて、僕の光が砕いた太陽が沈む。



「あ――――……りん、た……ろ…………」



 星の光に包まれた母さんは最後にそう言って、僕に向かって手を伸ばした。


 眩しいほどの光が渦巻く閃光の中。

 僕はその手を――――。



「うん……。僕はここにいるから……だからもう休んで、母さん…………」



 もう二度と繋げないと思っていた母さんの手を取って……そう呟いた。


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