真の太陽


「やはり追ってきましたか……ならば、我ら九曜の成すべき事は一つ。太極様が月に至るまで、この命を賭して御身をお守りしましょう……」

「母さん……っ!」


 遠くに輝く二つに割れた紅い月。

 その月はちょうど中心の部分でいびつに、裂けるようにして二つに分かれている。


 普通、星みたいな大きな重さの物が砕けても、それはすぐに元通りくっついちゃう筈。割れる前の月だって、沢山の石ころが互いの重さで一つになって出来たって、物理の授業で習ったことがある。


 けど、今僕たちの目指す先にある月は二十年経ってもずっと割れたまま。

 それどころか見た目も何も変わらずに、僕たちを見下ろし続けている。


 円卓も、六業会ろくごうかいも、どっちも月を目指してる。


 この前悠生ゆうせいが壊した〝機動要塞ノア〟も、この〝軌道エレベーターアマテラス〟も、元々は円卓が月との行き来を簡単にするために作った物なんだ。


 太極様と円卓の母。


 母さんの言う通り、月が割れた後も二人があそこで戦いを続けているのなら……あの月には、僕には想像もつかない真実が待っているのかもしれない。でも――――!


「母さん! 何度考えても母さんも六業会も間違ってるっ! たとえ世界を救うためでも、そのために大勢の人の命を犠牲にするなんて……!」

「いいえ鈴太郎りんたろう。もはや世界を救うにはそれ以外に道はないのです。故に我ら六業会はこの〝太極様〟を見出し、育み、円卓の母を殺すための刃として鍛え上げた……! この刃が〝彼の者〟の喉元に届いたとき、世は六業会による秩序と平和を謳歌するでしょう……!」


 雲を超えて空を抜け、〝鋼の王〟と戦った時よりももっと高い、遠い場所まで伸びていく巨大な根。


 やがて僕たちの前にアマテラスのプラットフォームが見えてくる。本当ならこの場所で宇宙船の発着をしたり、もっと遠い月や火星に行くときの準備をするような場所だと思う。


「ハッ! 五十億殺した後に平和も秩序もあるかよ……ッ! 円卓だろうと六業会だろうと、テメエの都合で殺しをするクソ共は――――!」

「――――私たちが潰しますっ!」


 でも、そのプラットフォームが伸び続ける根に呑み込まれそうになったとき。僕とエリカさんに先行していた悠生と永久とわさんが、全く同時に光を発したんだ。


「はぁああああああ――――ッ!」

「たぁああああああ――――っ!」


 まるで、そびえ立つ〝木の山〟みたいな太極の根。


 その根の先端に、閃光になって加速した悠生の拳と、翼を広げた永久さんが撃った極太の光の渦が突き刺さる。


 それを受けた根はまるでもがくようにのたうって、音を伝播しない筈のこの宇宙空間にも響くおぞましい絶叫を上げたんだ。


「チッ……! 一発じゃ駄目か。さすがにしぶといな……!」

「な、なんと……!?〝拳の王〟のやつ、太極に傷を与えたというのかっ!? あの力、まさか本当に……!?」

「いやいやいや、さすがに冗談キツいでしょ? どうすんのスーリヤ様、あの二人……まんま〝円卓の母と同じ属性〟っぽくない?」

「やはりそういうことですか……ですが、狼狽えることはありません。すでにしるべはここにある。我らの力で太極様を更なる高みへ――――!」


 高く高く飛んだ僕たちの目の前で、悠生と永久さんの攻撃を受けた太極の根は一気に色を失って真っ白に。ボロボロと剥がれて、石灰みたいになって真空の闇に流れていく。


 けどそれを見た母さんたちは三人揃って印を結んで根に力を注ぐと、今度はアマテラスのプラットフォームを避けるようにして、また月に向かって太極の根を伸ばし始めたんだ。


「シュクラ、シャニ。〝あの二人は危険〟です。未だ太極様は生命を吸い上げるまでに育っていない。一秒でも多く時を稼ぐのです」

「良かろうッ! ならば拳の王よ、今度こそ私と戦って貰うぞ! ブラフマーV、宇宙戦仕様ハイパーバーニアだッッ!」

「じゃあ俺は〝土を呼ぶ〟ので少々お待ちを……って遠いなぁ!?」


 再び月に向かって成長を始める太極の根。


 そしてその周囲に、さっきとは違う形のロボットに乗り込んだシュクラさんと、印を結んでとんでもない力を集め始めるシャニさん。として地上とは比べものにならない程の灼熱を宿した太陽を掲げる母さんが立ち塞がる。


 これ……きっと母さんにとっても、悠生と永久さんの力は予想外だったんだ。

 なら僕たちがやることは、二人を援護すること――――!


「エリカさん!」

「はいっ!」


 根に大ダメージを与えた悠生と永久さん目掛け、攻撃を仕掛ける母さんたち。

 それを見た僕とエリカさんは加速の勢いを緩めずに割って入ると、エリカさんの力を受けて〝灼熱に燃え上がる〟二十七個の星を展開。シュクラさんの弾丸や母さんの太陽を止めるように叩き付ける。さらに――――!


「私の炎は……ここからですッ!」

「さっすがエリカさんっ! なら、私も合わせますよーっ!」


 僕の展開した二十七個の星。その一つ一つから、エリカさんが操るとんでもない熱量の蒼い炎が炸裂する。


 それはシュクラさんの操るロボットの軌道を先読みして塞ぎ、印を結ぶシャニさんに襲いかかる。そしてその炎の壁を突き破って、永久さんの紅い光の渦が母さん目掛けて奔ったんだ。


「ハッハッハ! ようやく戦いらしくなってきたではないかっ!? 人型ロボットの力、思い知らせてくれるっ!」

「あちち……っ。い、今のはヤバかった……本当に死ぬかと思った……!」

「鈴太郎っ! まずは〝こいつらを黙らせる〟! やれるか!?」

「やるよっ! 絶対にやってみせる!」


 そうだ。太極の根はまだみんなの命を吸ったりしていない。

 さっきも、母さんたちの力を与えられて再生してた。


 なら、今はまず母さんたちを先に倒さなきゃ!


「フフフ……果たしてそう上手くいくでしょうか?」


 渦を巻くエリカさんの蒼い炎。

 その向こう側で、永久さんの紅い閃光を躱しながら母さんが笑う。


 乱戦が始まる。


 月を目指して伸び続ける巨大な根に沿うように、渦を巻くように僕たちは飛ぶ。


 エリカさんの炎と僕の星の光。その渦を抜けてシュクラさんの巨大ロボットが飛び出す。そしてそれと同時に、シュクラさんは辺り一帯にミサイルと光弾の雨を降らせ始める。


 エリカさんはその攻撃を燃え上がる炎で焼き尽くし、爆炎の中を突き抜けた悠生の拳がシュクラさんの操るロボットが持つ大きなレーザーブレードとぶつかって、そのまま押し砕く。


 永久さんが連続して撃ち続ける紅い閃光は、母さんが生み出した巨大な太陽の熱と激突、目も眩むような閃光の華を咲かせて拡散。黒い闇に溶けていく。


「我は〝月〟! そして〝星辰〟の極に座する者――――!」


 その隙に僕は戦場に集まる力を月輪の錫杖しゃくじょうに集める。


 大きく回り込むような軌道を描く星の光の道の上を滑って、戦場の死角に飛び込む。そしてそのまま、永久さんの攻撃を受ける母さんの背後から錫杖を叩き付けようとしたんだ。けど――――!


「そして鈴太郎。光輪を背に、〝神の言葉を聞いた〟のは貴方だけではないのです――――」

「っ!?」


 けど、僕の攻撃は母さんに当たる寸前で止められていた。


 母さんは印を結んだ片手で永久さんの力を抑え込み、もう片方の手に僕の持つ錫杖と似た、杖頭に燃え盛る〝日輪の輝きを宿した錫杖〟を掲げて受けきっていたんだ。


「いつぶりでしょうか? 私が下界に住む〝人々の命を気にすることなく〟力を振るうのは。少なくとも鈴太郎……貴方の前では一度も見せたことはありませんね……?」

小貫こぬきさんっ、危ないっ!」

「が……はっ!?」


 一瞬だった。


 僕の収束した月輪の錫杖と、母さんの日輪の錫杖。

 母さんの錫杖から燃え上がった熱が僕の月を一瞬で焼き尽くす。


 どんな力でも受け止め、収めることが出来る筈の僕の月。

 それが、母さんの見せた〝本当の太陽〟に砕かれたんだ。


「この、力……っ! これが、本当の母さんの……!?」

「ところで……ソーマ様は一体どのような事を貴方に吹き込んだのでしょう……? 深いお考えあってのこととは思いますが、お戯れにも困ったものです……」


〝太陽〟


 砕かれた月をなんとか繋ぎ止めて、降りかかった母さんの炎を鎮めた僕の前。

 そこにある母さんの太陽は、本物の太陽みたいに全てを照らしていた。


「我が身に宿るスーリヤ様は、今この時も太極様と共に〝彼の者を殺せ〟と……そう私に説き続けています。その意味……身をもって知るがよい、〝月天星宿王ストリ・ソーマ〟よ――――!」


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