神の樹


「フフ……円卓が造りしこの軌道エレベーターは、奴らにとっての生命線。月で太極様と戦い続ける〝彼の者〟を、母なる大地へと帰還させる道しるべ……」


 のたうち、あっという間に天井を突き破って空へと昇る巨大な根。


 僕も詳しくは知らないけど、軌道エレベーターは地面から上に伸ばすんじゃなくて、空から地面に向かって垂らす糸みたいなものなんだって。

 普通に考えれば、そんな細い糸を支えにこんな大きな根っこが生えていける筈ない。


 でも、破壊された天井から垣間見えた夜空には、まっすぐに紅い月目掛けて伸びる〝光の柱〟が確かに輝いていたんだ。


「なんだ、あの光……!?」

「なんでなの母さんっ! いつもみんなを巻き込まないように戦う母さんが、どうしてここまで!? アマテラスの周りにはまだ沢山の人もいるし、エレベーターの上にだって、ターミナルで作業をしてる人が残ってるはずなのに……っ!」

「ええ、ええ……。勿論知っていますよ鈴太郎りんたろう……貴方はとても優しい子。我ら六業会ろくごうかいの大義のため、無辜の民が犠牲になる。そのようなことは、決して耐えることは出来ない程に……。だからこそ私は、太極様への奉納も貴方には〝教えなかった〟。でもね――――」


 僕の叫びを聞いた母さんは、悲しそうに笑った。

 そしてそれ同時、母さんを中心として、シュクラさんとシャニさんを含めた三人の姿がふわりと浮かび上がる。


「――――たとえ多くの民を犠牲にしたとしても、それでも我らはやらねばなりません。そうしなければ、この世界そのものが〝円卓によって殺されてしまう〟。そして、それを防ぐために……今もあの月で〝彼の者〟を抑え続けている太極様の御本尊に、この地上に住む〝人々の命〟をお届けするのです……!」

「とはいえ……それをすればどう軽く見積もっても〝五十億人くらいは死ぬ〟だろうねぇ……ああ、いやだいやだ」

「だがしかしッ! この地が死の星になるよりは遙かに良かろうッ!? 大願に犠牲はつきものだからな! ハッハッハ!」

「な、にを……っ。何を、言ってるの……っ!?」


 五十億……っ!?


 そんなに大勢の人が、僕が助けられなかった〝あの子たち〟みたいに、この化け物に食われて死ぬっていうの!?



 馬鹿げてる――――っ。



 もし母さんが言うように、本当に円卓がもっと恐ろしいことを企んでいるんだとしても……それを止めるために、そんなに大勢の人の命を犠牲にするなんて、絶対に間違ってる……っ!


「チッ……そういうことかよ! お前ら六業会は、月にいる〝ナニカを殺す〟のが目的で……! そのためなら誰が死のうがお構いなしってわけだッ! とんだ正義があったもんだなッッ!? ええッ!?」

「フン……どうとでも言うが良い、殺し屋殺しよ……! 我ら六業会の戦士たちを、円卓は自らと同じ〝殺し屋〟だと言う。確かにそうであろう……しかし、我らが殺すのはお前たちの母……! あの月に封じられし、〝円卓の根源を殺す〟のだ……ッ!」


 円卓の根源を殺す。その言葉と同時に母さんが放ったもの凄い気迫を受けて、僕は思わず後ずさる。


 でも、確かに僕は母さんから〝教えられていた〟。

 あの空に浮かぶ月が、二つに割れた理由を。



〝虐殺の二月〟。その最終局面。



 二十年前に起きた円卓と六業会の最後の戦いで、円卓の母と太極様は激しく争い、月に昇った。そしてその戦いによって月が二つに割れたんだって。


 月がいつでも紅いのは、今もあそこで〝太極様〟と〝円卓の母〟が血を流して戦い続けているからだって、僕はずっとそう教えられてきたんだ。


「さあ、行きますよシュクラ、シャニ。我らが偉大なる太極様の道行きに従い、彼の地での決戦に加勢するのです」

「良かろう! ロボの最終決戦は月面と決まっておるからなッ! くぅーー! 血が騒ぐっ!」

「こうなっちゃったら仕方ないねぇ……。ところで、月の土も俺の言うこと聞いてくれるのかな? そうじゃなかったら先に帰って良い?」


 母さんの太陽とシュクラさんとシャニさんの曼荼羅まんだら。三つの紋様が輝き、やがて空に昇る根に寄り添うようにして飛んでいく。


 駄目だ。

 

 今の僕にはまだ分からないことだらけだけど、それでも、このまま母さんとこの化け物を行かせるわけには――――!


悠生ゆうせい! 僕と一緒に……っ!」

「分かってる……! こんなモン見せられて、放っておけるかよッ!」

「もちろん私も行きますよっ! 悠生と一緒なら、どこにだって!」


 僕が振り向いて言う前に、そこにいた悠生は力強く僕に頷いてくれた。

 悠生の治療を終えた永久とわさんもやる気満々って感じで、僕に向かってにっこりと笑ってて。


小貫こぬきさん! マスター! 私も……っ!」

「エリカさん……」


 そしてそれを見ていたエリカさんも、僕たちに向かってそう言ってくれたんだ。だけど――――。


 この時、僕は少し躊躇してしまったんだ。

 なんでかって……エリカさんは〝九曜〟でもなければ〝王〟でもない。


 だから、エリカさんの力は母さんにも、さっきまで戦っていたシャニさんにも通じていなかった。


 エリカさんは確かに凄い力を持ってはいるけど、ここまでとんでもなく危険な状況で、本当に彼女を連れて行って良いのかって……そう思ってしまったんだ。でも――――。


「……ああ、頼む。なにせ相手は〝木の化け物〟だ。遠慮なんかしないで、全部燃やして良いぞ」

「っ……! はい……! ありがとうございます、マスター……っ!」

「悠生……」


 でもその時。悠生は迷わずにそう言って、エリカさんの小さな肩をぽんと叩いたんだ。


 そして悠生にそう言われたエリカさんは、僕がまだ一度も見たことがないくらいの心からの笑顔で頷いて……もしかしたら、少しだけ涙も浮かべていたかもしれない。


 エリカさん……悠生にああ言われて、本当に嬉しかったんだ……。


「エリカならやれるさ。足りない分は、〝俺とお前〟で補ってやれば良い。そうだろ、鈴太郎」

「……うん。分かったよ、悠生!」


 そうか。そうだよね。


 悠生は、もう昔みたいにエリカさんを置いていったりしないって決めてるんだ。

 エリカさんと向き合って、ちゃんと信じるって……そう決めてるんだね。


 なら、僕がやることは一つだ。

 

〝エリカのことを見てやって欲しい〟


 あの時君から頼まれた〝依頼〟はまだ終わってない。

 そして、僕だってこれからもっとエリカさんと仲良くなりたいから!


「やるぞ――――! 奴らを月には行かせねぇッ!」

「やりましょう、悠生っ!」


 そしてその瞬間。互いに隣り合った悠生と永久さんが同時に燃えるように輝いた。

 母さんのとは違う、僕たちを暖めてくれるような太陽の放射。


 その閃光の向こう側。


 四枚の翼状に力を放出する永久さんと、〝輝く太陽と放射状に広がる陽光。そしてその輝きを優しく抱きしめる女神〟を描いた聖像イコンに〝Divine Fistディヴァイン・フィスト〟の文字を刻み込んだ悠生が現れる。


 そうして二人は互いに頷き合うと、そのまま一条の光になって空に昇っていく。


 なら、僕も――――!


 僕の心の中に渦巻くうねり。そしてそのうねりに導かれた白い月の光。


 印を結んだ僕の背に、ただ〝一人の神様〟が描かれた大きな曼荼羅まんだらが浮かび上がり、それは僕と一つになって、三日月に輝く光輪の形になって顕現する。


月天星宿王ストリ・ソーマ


 それはみんなの光を受けて自覚することが出来た、大切な僕の力。


「よし……! 僕たちも行こう、エリカさん!」

「はいっ!」


 そう言って僕が差し出した手を、エリカさんは小さな手で握り返してくれた。

 

 崩壊する大地。

 崩れる空。

 月に向かって伸びる大きな木の根。


 まるでこの世の終わりみたいな光景の中。僕とエリカさんはしっかりと手を繋ぎ、眼下で瞬く街の光と、空に浮かぶ星の光の狭間を駆けていった――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る