天への道


『そうだよ。それが私の……いや、〝君の力〟だ。どうか、その力で〝彼女〟を助けて欲しい』


 ま、待って下さいっ! 


 貴方は一体……ううん、貴方の言う〝彼女〟って、誰のことなんですかっ!?

 僕が突然こんな力を使えたのも、その人が関係してるんですかっ!?


『――――かつての私たちには、〝彼女を滅ぼす〟より他に術がなかった。けれど……それは本来私たちの誰一人として〝望んでいなかった〟道――――君は数多の巡りの果てに、再び〝彼女と共に戦う〟ことを選んだんだ』


 一緒に戦うって……。

 でもそういえば……さっき聞こえた〝女の人の声〟。

 

 あの声……もしかしなくても、〝永久とわさん〟の声に……。


 前に悠生ゆうせいから聞いた、永久さんの出自と境遇。そして元々は永久さんが持っていて、今は悠生と永久さん二人の中に分けられてるっていう凄い力。


 僕の内側から響くその〝誰かの声〟を切っ掛けに、僕の中で幾つかの推測が束になって集まっていくけど……それはどれも僕の想像の範囲を出る物じゃなかった。


『大丈夫。きっと、答えは君の道行きに――――』


 閃光の収まった先。さっきまでずっと寄り添ってくれていた〝誰かの気配〟が遠ざかって、やがて何も感じなくなる。


 後に残ったのは少しの寂しさと、懐かしさだった。


 きっとその人は、僕が生まれるよりずっと前から、僕のことを見守ってくれていた。最後に残されたその言葉に、僕はそんな夢みたいな事をうっすらと考えていた。そして――――。


「マスターっ! 小貫こぬきさんも、お怪我は……!?」

「エリカさんっ! 僕は大丈夫、ただ悠生ゆうせいが……」

「俺も問題ねぇ。この程度の傷、唾でもつけときゃ治る」

「だめーーーーっ! 悠生はまたそんなこと言って! 傷から汚れが入ったらどうするんですかー!? 私がすぐに治しますから、じっとしててくださいっ!」


 倒れた母さんを前に立つ僕と片膝をついた悠生のところに、炎を解除したエリカさんと、まるで空から舞い降りた天使みたいな永久さんが駆け寄ってくる。


 僕は隣にやってきたエリカさんを安心させようと笑って……悠生の方は、怒った永久さんに平謝りする羽目になってた。でも、二人がこうして僕たちの方に来れたって事は――――。


「うむっ! 〝よくやった〟ぞソーマ! スーリヤではないが、私から見てもお主の力は見事としか言いようがない! まさか本当にその身に神を宿し、光輪を顕現させるとはっ!」

「いや……久しぶりに本気で驚いちゃったよ。まさか、ここまで〝太極様のお言葉通り〟になるとはねぇ……」

「……っ!」


 その時。太陽を砕かれて倒れた母さんを庇うように、シュクラさんとシャニさんが僕と悠生の前に降り立ったんだ。それはいいんだけど、僕が一番に驚いたのはシャニさんの言葉だった。


〝太極様のお言葉通り〟だって――――?

 それって、どういうことなの?


「なんだお前ら……その女を倒されたってのに、まだ何か企んでるってのか?」

「やるというのなら受けて立ちます……! 私もまだ燃やし足りませんのでっ!」

「そうですよっ! 何が来たって、私たちは負けませんっ! ちゃんとロボットにだって乗せて貰うんですからっ!」


 永久さんに治療される悠生を庇うように、僕とエリカさんはシュクラさんとシャニさんの前に立ち塞がる。けどなんだろう……二人から殺気というか、戦う気を感じない……?


「ええ……そうですね。やはり……全ては太極様のお導きのままに。これでこの架け橋に、全ての力が〝揃いました〟」

「母さん……っ」


 そしてそんな僕たちの前で、僕の一撃を受けて太陽を砕かれたはずの母さんが、まだまだ余裕を感じさせる様子でゆっくりと立ち上がってきたんだ。


「改めて……おめでとう、鈴太郎りんたろう。やはり貴方は私の子、そして六業会ろくごうかいの至宝。たとえこの先六業会がどれほどに力を増したとしても、貴方という〝器〟がなければ、全ては徒労に終わるでしょう……」

「そういうことだソーマよ。お主は立派に務めを果たしたぞっ! お主が望むと望まぬとに関わらず……だがなっ!」

「だから言ったじゃんねぇ……? 本当に〝俺たちが指定したこの場所〟で戦うのかってさ……」

「何、これ……っ? 悠生、小貫さんとエリカさんもっ! 気をつけて、下から何か……すごく大きな何かが来てます――――っ!」


 永久さんが必死で叫んだ。

 その瞬間だった。


 僕たちが立つ地面が一気に砕けて、裂けて盛り上がった大地の裂け目から、とんでもない大きさの〝木の根〟っこが飛び出してきたんだ――――!


「おいおい……なんなんだこいつは!? 太陽の次は木の化け物かよ!?」

「うっ……!? こ……これ……っ! これ……っ!?」


 知ってる。


 僕はこの根を〝知っている〟。


 あの日以来、一度だって忘れたことなんてない。


「ああ……っ! ようこそおいで下さいました、〝太極様〟……! 日のスーリヤ、金のシュクラ、土のシャニ。我ら三九曜、万事整えて御身のご来訪をお待ちしておりました……っ」

「ハーーッハッハッハ! 良い良い! 今日はいつもにも増して活きが良いではないかっ! お主も嬉しいのだなッ!」


 太極様。

 

 軌道エレベーターアマテラスの基部を食い破ってその場に現れたのは、母さんがそう呼び、僕がずっと正義の神様だと信じていた六業会の頂点。


 そして、罪もない人々を……。

〝あの子たち〟の命を吸っていた――――〝化け物〟だッッ!


「これを……っ! この化け物を、〝ここに呼ぶ〟のが母さんの目的だったの……!?」

「フフフ……ええ、そうですよ鈴太郎。我ら六業会が軌道エレベーターの掌握を第一義として掲げていたことは貴方も知っているでしょう……? それは、決して私達自らがあの月に近づくためではありません……」


 崩れ去る大地。崩壊する建物。


 現れた巨大な根の怪物は、はっきりとした自分の意思を持ってアマテラスの基部に絡みつき、さらに上へ――――アマテラスが伸びる空の果てへとぐんぐん伸びていく。


「本当に……心から愛していますよ鈴太郎。日の光、肥沃な土。恵みを施す貴き金。そして……それらを抱擁する〝月の光〟。太極様が根を張るために必要な要素は、貴方の覚醒を持ってより高みへと至ったのです――――!」


 のたうち、全てを呑み込んで天へと伸びていく根。


 呆然とする僕たちの前。母さんはとても嬉しそうに笑って、もう一度その背に太陽を輝かせながら両手を広げた――――。




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