僕の正体


〝ありがとう、お兄ちゃん〟


 あの日。あの時。


 固く〝禁じられていた〟、僕が戦場で助けた人たちに会いに行くという行為。

 どうしてそれをしようと思ったのかはわからない。


 激化し続ける円卓との戦い。

 助けても助けても目の前で失われていく命。

 完全に根付いてしまった殺し屋のビジネス。


 もしかしたら、そういう色々なことに疲れていたのかもしれない。


 ふと……僕はちゃんと皆の為に戦っているんだって。

 誰かの笑顔を守っているんだって、そう確認したくなっただけだったんだ。


「どうして、みんなの波紋がこんなところから……?」


 今から思えば、その時におかしいと思っていれば良かったのかもしれない。


 記憶を頼りに、みんなの残した波紋を辿って僕が着いたのは、各地にある六業会の拠点の、その中でも最深部。九曜の僕でもそう簡単には入れない、とても重要な区画だったんだ。


 その区画では、僕たち六業会を束ねる大師――――太極様と、その太極様に直接祭祀を任されている、九曜の中でも別格の二役。


 僕の母さんである〝九曜の日〟と、僕たちの筆頭である〝九曜の木〟。

 このお二人にしか、区画の意味は知らされていなかった。


 ついにその区画の目の前まで来てしまった僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 おかしい。絶対におかしい。


 さっきまで正しく届いていたあの子たちの波紋が〝乱れてる〟。


 そしてその波紋の励起は、僕が今まで一度も感じたことがないような、まるでこの世の物ではないような、そういう波だった。


 もし見つかったら、母さんに怒られるかな?

 

 それでもあの時の僕は、まだうっすらとそんなことを考えていた。


 その時。目の前で僕と区画を隔てていた大きな扉が、僕にとって二度と後戻り出来ない分岐点になっていたなんて――――考えてもいなかったんだ。


「え――――?」


 でも、そんなことは当時の僕には知る由もなくて。

 あの子たちの波紋の異常を感じ取った僕は、すぐにその目の前の扉を開けたんだ。


 そこにあった〝モノ〟――――。

 それは、とてつもなく大きな〝木の根〟だった。


 中央にはその木の根を奉るように組み上げられた祭壇が。


 祭壇の周りには大きな神様の像が並んでて、どうして光っているのかわからない紫色の明かりが広い部屋を照らしていた。そして――――。


「あ、ああ……!? あああああ……っ!?」


 いた。


 確かにみんなはそこにいた。

 

 僕が助けた。

 助けたと思ってたみんなが。


 戦いが終われば、またあの村で家族と暮らせるって、そう信じていたみんなが。


 その大きな木の根に体を突き刺されて。

 まるで植物が水を吸い上げるようにして、その体から命を奪われながら。


 数え切れないくらいの人の中に混じって、〝干涸らびながら生かされていた〟。

 

 それを見た僕は、最初は円卓が攻めてきたんだと思った。

 僕たちが大切にしている祭壇や、そこに一度避難させた皆を、円卓が襲ってきたのかもって。


 でも――――。


「なに……? これ、なんなの……!? なんで……なんでこんなものが、僕たちのところに……!? いや、違う……! 今はそんなことより、早くみんなを助けなきゃっ!」


 もしその根が僕の思ったとおり円卓の攻撃だったら。

 僕はあのままヒーローでいられたのかもしれない。


 その時の僕は、まだ自分で動くことが出来て。

 まだ息のある人を急いで助けようって、すぐに身構えたんだ。


「やらせない……ッ! みんなを放せ……この化け物ッッ!」

「まあ……? これは……何事ですか鈴太郎っ!?」

「母さん……っ!?」


 即座にソーマ様の力を降ろしてその根を破壊しようとする僕の背後。

 そこには僕と同じように驚いた声を上げ、目を丸くする母さんがいた。


「大変なんだ母さんっ! 僕たちの大切な祭壇に、いつの間にかこんな化け物がいて……! お願い、母さんも力を……っ!」

「まあ……何を言っているの鈴太郎? この場におわす〝このお方〟こそ――――私たちに力を与えて下さっている、大師、〝太極様〟なのですよ? 太極様の〝お食事〟を邪魔することは、決して許されません……」


「え…………?」


 そこから先のことは、今でもはっきりとは思い出せない。

 

「いいのですよ鈴太郎…………貴方は、何も知らなくて良いのです……。貴方は月。私という太陽に照らされて輝き、私という〝太陽がなければ生きていけない〟。ただそうあれば良いのです…………さあ……いつもそうしているように何も考えず、母の元にいらっしゃい……ね?」


 ただ、はっきりと覚えているのは。


 いつもと変わらない、優しい笑顔で僕に手を差し伸べる母さん。そして、その時の僕に〝助けて〟って……今にも消えそうな声で助けを求めた〝あの子〟の姿。


 いつだって優しい、大好きだった母さんの手。

 何度も握って、僕を安心させてくれた温かな手。


 でも僕は。


 あの時、僕が取ったのは。


 今にも無くなってしまいそうな……冷たく、ボロボロに干涸らびて、それでも僕に〝助けて〟って――――そう言った、あの子の手だったんだ。


 あの子を抱きしめて。

 無我夢中で、死にものぐるいで母さんの領域を砕いて。


 走って、走って、走って。

 大声で泣き叫びながら、何もかもから逃げ出した。


 せめて、この子だけでも助けるんだ。


 そうじゃないと、僕が今までしてきたことは。

 今まで僕がやってきたことは。


 だたそれだけを何度も繰り返して。


 そうして――――。


 気付いたときには、僕が抱きしめていたあの子はもう……動かなくなってて。

 何度呼びかけても冷たいままで……二度と目を覚ますことはなかったんだ。



〝みんなを苦しめる円卓の殺し屋め! 絶対に許さないっ!〟



 僕は、何をしていたんだろう。


 二度と目を覚まさない小さな命。

 いくら抱きしめても、もう還らない命。


 奪ったのは僕だ。


 この子だけじゃない。


 今まで助けたと思っていた、万を超えるかもしれない数のみんな。

 僕は、あの人たちをあの根の胃袋に送る〝死神〟だった。


「ああ……あああああ……ああああああああああああああああああああッッッ!」


 いつの間にか降り出した滝のような雨の中。


 もう消えてしまった小さな命を抱きしめながら、僕はただ狂ったように叫ぶことしかできなかった――――。





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