九曜の日
「ずっと心配していたのですよ、
「あ……あ…………っ。ああ…………っ!? あが……っ」
「これ……突然空が……?
吐いた。
さっきまでの暖かさも、嬉しさも、楽しさも。
僕を包んでいたなにもかもが一瞬で途絶えて、僕はエリカさんと一緒に楽しく食べたせっかくの料理を、目の前の道ばたに全部ぶちまけた。
僕とエリカさんの前に現れた、まだ二十代後半に見える一人の女性。
純白の布に、鮮やかなオレンジ色のラインが引かれた法衣。
見た人がみんなその美しさに目を奪われる、暖かなお日様のような笑顔。
そして対峙する僕たちを見下ろす、染み一つない青一色の空と赤く燃える太陽。
全部……全部あの時のままだ……。
なにも変わらない。
僕が
「お……〝母さん〟……っ。どう、して……っ?」
「お母さん……? この方が、小貫さんの……?」
「なぜ……? この世に我が子の身を案じない母がどこにいましょう……。ごめんなさいね……これほど長く貴方を探してあげられなくて……っ」
ゾッとした。
僕の目の前でその女性は――――〝僕のお母さん〟は、ポロポロと大粒の涙を流して笑ってた。
その涙は嘘じゃない。
そんなことはわかってる。
この人は本当にこの二年間、僕のことを心配して、探していたんだ。
もしかしたらもう見つけていたのかも知れないけど……こうしてやって来れなかったこともきっと凄く悲しくて。心の底から僕との再会を喜んでる――――。
だから。
だから逃げなきゃ。
すぐに逃げないと駄目だ。
早く逃げなきゃ、〝エリカさん〟が殺される――――!
「さあ……私たちの家に帰りましょう。〝
「この人……っ。小貫さんのお母様も、六業会の……!?」
笑って、涙を流して、そうしてそっと……僕に白くて綺麗な手を差し伸べてくれる母さん。空は青くて、太陽は暖かで。僕は生まれてからずっと、何度も何度もその母さんの手を握り返してきた。
けど――――。
けどもう駄目だ。
僕はもう、〝その手を触れない〟。
目の前が赤く染まる。
僕の早まりすぎた鼓動が体中の毛細血管を圧迫して、肺は酸素を僕の体に供給できなくなる。
「小貫さんっ!? どうしたんですか小貫さんっ! しっかりして下さいっ!」
「に……にげ……えり、か……さん……っ。にげ……てぇ……っ」
呼吸も出来ずにその場にうずくまった僕に、エリカさんは自分が汚れるのも構わず必死に支えようとしてくれた。
でも駄目だ、もうそんなことしなくていいんだ。
僕のことなんて放っておいて、今すぐここから逃げて。
そう言いたかった。
それなのに、声が、出ない……っ。
いつもの戦いの前の発作なんて比較にならない。
指一本動かせない。
赤く染まった視界がぐるぐる回って、その向こうで僕とエリカさんに一歩一歩近づいてくる母さんの姿が見えた。
「まあ……一体どうしたのですか鈴太郎? そんなに苦しそうにして……やはり下界の食事は、〝神聖な貴方の血〟には馴染まなかったのですね……。なんて可哀想な子……」
「貴方は、一体何を言って……。まさか……貴方が小貫さんに何かしたんですか……っ!?」
「……? 貴女は?」
近づいてくる母さんの気配の異常さに、エリカさんが僕を庇うようにして身構える。そんなエリカさんの姿を見た母さんは不思議そうに首を傾げて、まるで品定めするようにエリカさんを見つめたんだ。
「――――私はエリカ・リリギュラ。小貫さんの友人ですっ!」
「鈴太郎のお友達……? あらまあ、それはそれは…………随分と仲が良いように見えたものだから……」
やめて。
お願いだからやめて下さい。
殺されちゃう。エリカさんが死ぬ。
お願いだから動いて、動いて、僕の体――――ッッ!
「フフ……フフフフフ……ッ! アーーーーハッハッハッハッ! 愚かなり……〝円卓の小娘〟。他の者ならいざ知らず、鈴太郎の母であるこの私をそのような虚言で欺けると思うてか……? 今この時も、貴様から犬畜生の如き薄汚れた円卓の臭気が溢れ出しておるわ…………ッ!」
「っ!?」
波よ――――ッ!
瞬間。僕はありったけの力で僕とエリカさんを波紋で覆う。
そしてそれと同時、目も開けられないような光が辺り一帯全部を包んで。
僕とエリカさんはとんでもない衝撃で、たっぷり数十秒も空中に飛ばされる。
凄い衝撃と熱が、何もかもを吹き飛ばす。
「小貫さんっ!?」
「に、逃げて……っ! 逃げて……っ。エリカさん……っ! 母さんは〝違う〟んだ……! 母さんには、絶対に勝てない……っ!」
「そんな……っ!?」
波紋に包まれたまま、どこかの地面に叩き付けられる僕とエリカさん。
そこで僕たちの視界に飛び込んできたのは、沢山の石造りの寺院が建ち並ぶ〝異界〟だった。
だ、駄目だ。
もう完全に、〝母さんの領域〟に呑まれてる――――。
母さんは、まだ六業会の名乗りを〝していない〟。
それなのに、これだけの力を……!
「ああ…………なんて可哀想な鈴太郎。母と離れている間に、貴方の神聖な血にたかる〝蛆虫共〟が、身の回りに這い寄って来ているのですね。きっとその小娘も、私達に流れる〝神の血を宿した子を成す〟ために、友などと言って色目を使っているのでしょう……?」
「な、なにをっ……!? こ、の……ッ! さっきから黙って聞いていれば…………勝手なことをッ!」
「だめだ……っ! やめて……お願いだから、逃げてエリカさん……ッ!」
まだまともに動くこともできない僕を背に立ち上がると、エリカさんはもの凄い怒気を込めた声で母さんを射貫く。そしてそれと同時。エリカさんの長い二つの三つ編みがぶわりと浮かび上がり、一瞬で周囲の温度が急上昇する。
エリカさんの背後に青白い火柱が上がって、その炎を割るようにして〝燃え上がる篝火に祈りを捧げる少女〟の
「〝逃げる〟ですって……? ハッ! 小貫さんを置いて……? 私だって侮辱されて……ッ!? こんな状況で……この私が逃げるわけないでしょうッッッッ!」
アバーーーーーーー!?
やっぱりイイイイイ!?
やっぱりエリカさん、こういう所
「フフ……威勢だけは良いこと」
でも、そんなエリカさんの怒りを受けた母さんはただ笑うだけで。
だけど静かに、ゆっくりと両手を掲げて印を結んだんだ。
「我は〝日曜〟。万象一切を照らし、見出す者――――」
母さんの背に燦々と光り輝く
そしてそこに描かれる〝九柱の神様〟の内、中央の上段に位置する神様が母さんの体に重なる。
それは太陽と金。
そして火を司る九曜の最高神――――〝
月を司る僕の〝
「我が子を穢す
「死ぬのは貴方ですッ! 焼き尽くしてやる……ッ!」
「っ……エリカ、さん……っ!」
対峙する太陽と蒼炎の竜。
息をするのも難しい灼熱の世界。
僕はなんとか二人の名乗りに僕の名乗りも間に合わせて――――今も自分の中から溢れ出す、おぞましいトラウマを抑えるために大きく息を吐いた――――。
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