その過去は振り切れず


「今日はありがとうございました」

「僕の方こそ。エリカさんのお仕事には暫く僕も一緒に入るから、気になることがあったらなんでも相談してねっ」

「はい……」


 食事を終えた帰り道。


 冬の夜。立ち並ぶビルの間を吹き抜ける風はとても寒かったけど、美味しいお料理と、エリカさんと過ごした楽しい時間に僕はすっかり良い気分になってた。


 車の行き交う大通り沿いを歩きながら、僕は隣を歩くエリカさんに笑いかけた。

 エリカさんはまだどこか考え事をしているようだったけど、それでも以前よりずっと柔らかい雰囲気で、僕の言葉に頷いてくれた。


 はわわ……う、嬉しい……! 

 なんだかわからないけど、凄く嬉しいっ!


 この雰囲気のせいかはわからないけど、僕の体はぽかぽかに暖まりっぱなしだった。


 エリカさんが凄く良い子だっていうことを知れたのも嬉しかったし、そんな彼女が僕に少しだけ気を許してくれたのかもって感じたのも嬉しかった。


 六業会ろくごうかいを抜けた後――――独りぼっちになって、どん底だった僕に出来た最初の友達が悠生ゆうせい永久とわさんだった。


 あの時は二人だって大変で、まだ殺し屋マンションの存在も知らなくて。


 でも、それを切っ掛けに僕はまた色んな人と繋がることが出来た。

 サダヨさんや山田さん、あおいさんや他の殺し屋マンションのみんな。


 近所のおばさんや、コンビニの店員さんとだって今の僕は笑顔で挨拶できるんだ。

 

 全部――――もう二度と手に入らないと思ってた。

 こんな僕に、そうする資格なんてないんだって、ずっと思ってた。


 でも――――。


「私……皆さんのことを誤解していました」

「誤解?」

「はい……殺し屋マンションの皆さんからすれば、円卓を抜けたばかりで、しかも一度皆さんを裏切った私は、もっと警戒される……疑われて当然の存在だって……」


 賑やかな駅前を離れて、少しずつ静かな住宅街に変わる道の途中。

 エリカさんはぽつりとそんなことを言った。


「でも……そうじゃなかったのかなって、小貫こぬきさんとお話しして……こうして初めてお仕事を受けて思ったんです……」


 そうじゃなかったって……どういう意味だろう?


 でも僕がそう尋ね返すより先に、エリカさんはずっと俯き気味だった顔を上げて、前をまっすぐに見つめた。


「小貫さんもマスターも……他のマンションの皆さんも。生きるために必死で頑張っていて、そのための決断の結果に責任を持っている……そう感じたんです」

「……確かにそうかも。いくら殺し屋マンションが殺し屋の集まりだって言っても、円卓や六業会に比べると凄く小さいし……自分が引き受けた仕事の結果は、他の誰も庇ってなんてくれないから……」

「それなのに……私は皆さんから〝どう見られているのか〟ばかりを気にしていました……もしかしたら、そのせいで皆さんへの失礼もあったかもしれません……」

「それは無理もないよ……同じ立場なら、僕だって気が気じゃなかったと思う。けどエリカさんの言う通り、あのマンションの皆は凄いから……」

「はい……そう思います」


 殺し屋の世界は甘くない。


 そして、そんな殺し屋の世界に横やりを入れる〝殺し屋殺し〟の活動はもっと厳しい。


 心に負い目を抱えて、周りの目ばっかりを気にして……それでずっと生きていけるような世界じゃない。


 なんの後ろ盾もない殺し屋マンションの皆だからこそ、それはどの殺し屋よりも良く分かってる。


 こうして初仕事を終わらせて、エリカさんもそれに気付いてくれたんだね。


「あ、あのさ……っ! 他の皆がどう思ってるかは分からないけど……。少なくとも僕は、こうしてエリカさんとお友達になれて凄く嬉しいし、良かったなって思ってる……出来れば、これからも仲良くして欲しいなって……」

「小貫さん……」

「僕も……ここに来てからずっと皆に助けて貰ってるから。悠生や永久さんには勿論だし、サダヨさんにも、オーナーにも……だから、本当に何かあれば遠慮せず頼って欲しいんだっ。ただ、その…………やっぱり悠生に比べると、かなり頼りないかもしれないんだけど…………」


 や、やった……!?

 僕でも年上らしい、ちょっとかっこいいことが言えた……っ!?


 い、言えてるよね……!?


「クスッ……そうさせて頂きますね。ありがとうございます、小貫さん……」

「う、うんっ! そうしてっ! できる限り頑張るからっ!」


 なんだかエリカさんはおかしそうに笑ってるけど……でもきっと良い意味の笑いだと思うっ! 多分っ!


 そうなんだ。


 僕は嬉しい。

 とっても嬉しい。


 悠生と友達になって、永久さんとも、殺し屋マンションの皆とも一緒に暮らせて。


 そしてまた、今度はエリカさんっていうとっても素敵な人ともお話できて、仲良くなれるかもしれなくて。


 そんな、人として当たり前のことが、僕にはたまらなく嬉しくて。


 これからもずっとこうしていたいって――――そう思ってるから、あんなに怖くて大変な殺し屋殺しの仕事も頑張れるんだ。


「でも、さっきも言いましたけど貸し借りみたいなことは駄目ですからっ。ちゃんと私も、小貫さんの力にならせてくださいね?」

「はわわ……! も、もちろんですっ!」


 二人で帰る冬の道はとっても暖かで。

 ずっと続いて欲しいなって。


 いつの間にかそんなことまで考えてた。


 六業会の殺し屋として〝あんなこと〟をしてきた僕に。

 それが許される訳なんてないのに――――。


「ああ……ようやく見つけましたよ、鈴太郎りんたろう。暫く見ない間に、とても立派になりましたね……」

「えっ――――?」


 その時、突然夜が終わった。


 さっきまで確かに夜だったはずの景色が、一瞬で青空の広がる昼間に変わる。


 抜けるような空の青が、夜の黒を塗り潰す。

 二つに割れた紅い月だけが、青空の中でも不気味に輝いたままで。


 そしてそれとは別に、まるで有名な画家が描いた油絵みたいな〝燃える太陽〟が、僕とエリカさんの頭上に現れていた――――。


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