第三話
二人のお祝いに
「うわぁ、美味しそうっ! エリカさん、今日は好きなだけ食べていいからね!」
「あ……その……はい。ありがとうございます……」
僕はそう言って、目の前に運ばれてきた美味しそうなお料理を早速スマートフォンのカメラでパシャパシャする。後で
でも、なんだかエリカさんの反応が薄い気が……体調でも悪いのかな?
――――エリカさんの初仕事から一週間が過ぎた。
結果から言えば、あのアマテラスでのお仕事は成功。依頼主からの査定も八割を越えたらしくて、エリカさんはしばらく日本で暮らすのに不自由ないくらいの報酬を貰えた。
山田さんからの依頼詳細には〝九曜〟が来るかもって書いてあったけど……結局あの夜、あの場に九曜の肩書きを持っている殺し屋は〝現れなかった〟。
僕が最初に戦った、バーナースラさんがあの時の
そうしてなんとか依頼を済ませた僕は、あの場でうまく出来なかったお詫びと、エリカさんの初仕事成功のお祝いを兼ねて、こうしてちょっと高めのお食事に誘ったんだ。
ただ――――。
「攫われた皆さん……どうなったのでしょう……」
「あ……やっぱり気になる、よね」
大喜びでカリカリに焼かれたパンに手を伸ばした僕に、浮かない顔のエリカさんはそう呟いた。そっか……それで反応が薄かったんだ……。
実は、あの時僕たちが直接護衛しなかった〝アマテラス建造推進派〟の議員さんたち――――つまり、円卓の息のかかった人たちは、殆どが六業会に攫われてしまった。
あの場で僕とエリカさんが一緒に倒した殺し屋は、実はもう目的を果たした後の、掃討戦のメンバーだったみたい。
僕とエリカさんが助けた人の中にも何人か議員さんは混ざっていたんだけど、円卓の指示に従って会場で待機していた大勢の議員さんは、全員が六業会の手に落ちてしまったんだ。
議員さんたちを殺さずに攫う。標的を殺すのが殆どの円卓の殺し屋だったエリカさんには、確かに不思議かも知れない。
だけど……実は僕には、今の六業会のしたいことがなんとなくわかる。
「それなんだけどさ……エリカさんが円卓を抜ける前って、円卓と六業会の力関係ってどうだった?」
「…………かなり〝拮抗していた〟と思います。だって、円卓は〝
「だよね……そしてそれに加えて、円卓はついこの間、〝
「それは……っ。じゃあ、まさか……!」
そうなんだ。
実は、今の円卓はもの凄く〝弱ってる〟。
円卓と六業会の戦いは、この二十年ずっと円卓が優勢だった。
でも、二年前に悠生が
そしてこの前の〝鋼の王〟との戦い――――。
悠生にその自覚があるのかは分からないけど……実は彼はこの二年の間に、たった一人で円卓の戦力をガタガタにしてしまったんだ。
い、一応……六業会も〝僕〟が抜けてはいるんだけど……。
はっきり言って円卓の被害に比べれば全然だと思う……うん。
「きっとこれから、六業会の動きはどんどん激しくなると思う。二十年前に円卓が現れてから今までで、ここまで円卓が弱体化するのって多分初めてだから……」
「そうだったんですね……」
「で、でもさっ! まずはお料理を食べようよ! 心配なのはわかるけど、せっかくだし……っ!」
「むぅ…………」
あれ……?
エリカさん、まだなにか気にしてるのかな?
円卓と六業会の動きは確かに気になるけど、もうそこを離れた僕やエリカさんには直接介入することはできないし、どっちが勝ってもあまり変わらない……と思う。多分――――。
「あっ、お金のことなら大丈夫だよ? 今日はこの前のお詫びだから、全部僕が…………」
「…………〝それ〟ですっ! 私、さっきも言いましたよね? 食事のお支払いは、ちゃんと私も半分出しますのでっ!」
「ええええっ!? そ、そこ!?」
「どうして驚くんですかっ!? それにお詫びなんて……そういうのも結構ですっ! 私と小貫さんの二人でお仕事をして、それが上手くいった……そのお祝いじゃ駄目なんですか……?」
うっ……!?
射貫くような、訴えかけるようなエリカさんの視線と言葉に、僕は思わず手に取ったパンを落としそうになる。
「私だって、危ないところを小貫さんに助けて頂いてます……っ。お返しをしたいのは、私も同じなのに……」
「え、エリカさん…………」
「〝凄く嫌〟なんです……っ。仲良くなった方や、これから仲良くなれるかもしれない方に……貸し借りみたいなことをされるの……っ」
とても頑なに、でも一生懸命に訴えかけるエリカさんの蒼い瞳。
そんな彼女の姿を見た僕は、この前聞いたエリカさんの言葉を思い出していた。
〝私は、まだ一度もマスターのお役に立ててない――――〟
そっか……だからエリカさんは、悠生とのこともあんなに……。
そして、きっとそれは悠生にだけじゃない。
エリカさんは、僕みたいにまだ会ったばかりの相手との付き合い方も、凄く真剣に考える人なんだ。
確か、エリカさんはまだ十六歳だったっけ……。
前に悠生は、エリカさんと〝ちゃんと向き合えなかった〟って凄く辛そうな顔をしてたけど…………確かに、こんなに真剣に人と向き合おうとする子から目を逸らしたりしたら、ああなっちゃうかも……。
「うん…………わかったよエリカさん。じゃあ、今日は今から僕とエリカさんのお仕事成功祝いにしよっか! お金も半分ずつでさ! それでいい?」
「…………はい。その方が嬉しいです」
僕はすぐに切り替えてそう言ったんだけど、エリカさんはそこでまた恥ずかしがるように、どこか気まずそうに僕から目を逸らしたんだ。
もしかしたら、また暴走しちゃったとか考えてるのかな?
も、もしそうならかなり……というか相当にかわいいけど……。
「あ……このスープ美味しい……」
そうして、ようやくお料理に口をつけてくれたエリカさん。
僕はそんな彼女の姿にうんうんと頷いて笑うと、今度こそパンをちぎってぱくりと食べた。
でも――――。
エリカさん……やっぱり悠生のこと、まだ好きなのかな……。
僕は自分でも気付かないうちに、そんなことを考えていた――――。
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