波と炎


「なるほど……お主はすでに〝円卓えんたくを抜けた身〟というわけか。どうだ? この場で今すぐ我ら六業会ろくごうかい帰依きえするというのであれば、悪いようにはせぬぞ」

「次代の王候補なんて持て囃されていた〝鬼火ウィル・オ・ウィスプ〟の小娘……どうやら、円卓を抜けたというのは本当だったようね?」


「くっ――――!」


 見えた。


 バーナースラさんをやり過ごして上のフロアに戻った僕の目に、円卓と六業会、それぞれ別々の殺し屋に囲まれたエリカさんと、そのエリカさんの背に庇われた、十数人の偉そうな感じの人たちの姿が飛び込んでくる。


 この仕事が始まる前。

 事前の打ち合わせで、〝エリカさんの力〟については僕も把握してる。


 エリカさんの力は〝炎を操る〟。


 悠生ゆうせいからも聞いてるけど、エリカさんのそれはとても強い力で、同じような発火能力を持つ殺し屋とは比べものにならないほどらしい。


 けど、エリカさんの炎はあまりにも強すぎて、それこそ彼女が全力で戦わなくても回りの建物や人が勝手に燃えてしまうほどなんだって。


 そう――――今回のこの仕事、エリカさんの力とは凄く〝相性が悪い〟。


 だって、人的被害や建物の被害を減らすのが、今回の仕事の目的だったんだから。


 自分の持っている能力と、山田さんから渡された依頼の内容がかみ合わないってことは良くある。いつもなら、詳細を確認した後すぐに仕事をキャンセルして、他の殺し屋殺しに譲ったりも出来るんだけど……エリカさんはそうしなかった。


 だから今回、エリカさんは逃げ遅れた人たちの誘導を、最終的な保護と避難は僕がやることになっていた。


 今、僕の目に映るエリカさんの周囲には点々と小さな炎がいくつも浮かんでいる。きっとあれで皆を守っていたんだろうけど、それは見るからにエリカさんの全力じゃなかった。だから――――っ!


「はぁあああああ――――!」

「な――――っ!?」


 この戦場に名乗りはいらない。


 六業会が出した〝広域宣戦〟を受諾した時点で、僕の力が殺し屋のルールに縛られることはない。


 足下に展開した波紋を滑らせ、一気に加速してエリカさんと殺し屋たちの間に割って入った僕は胸の前で印を結ぶと、広げた両手の先に何十個もの波紋を連ねて一本の丸太みたいにしてみせる。


 突撃と同時。滑り込む勢いを乗せて僕が両手で振り抜いた〝波紋の棍〟は、一番手前にいた六業会の殺し屋に直撃する。


 僕が攻撃用に生み出す波は、それそのものが衝撃の塊。


 それを叩き付けられたその殺し屋は、まるで竜巻に飲み込まれたみたいにぐちゃぐちゃに回転。その勢いでホテルの壁まで貫通して、どこか遠くに飛んでいく。


「ごめんエリカさんっ! 怪我はないっ!?」

「小貫さん……っ!? ご無事で良かった……心配していたんです……っ」

「遅くなって本当にごめん……っ! でも、もう大丈夫だから!」


 合流も遅れて……最初の打ち合わせ通りに出来なかったのは僕なのに……。

 それなのにエリカさんは、僕を心配するような声を最初にかけてくれたんだ。


 その言葉があまりにも優し過ぎて……また泣きそうになっちゃう……っ。


 でも……僕はまだ鼻水も涙も拭き切れてない情けない顔をエリカさんに見られたくなくて……彼女に背を向けたまま、声を上げてエリカさんに答えた。


 そして僕はフロアの床からふわりと浮かびながら、一気に波紋を展開してエリカさんとその後ろの人たちを包む。よし――――これでひとまずは安心かな。


「殺し屋殺し……単独ではなかったか」

「ちょ、ちょっと待って! お願いですから聞いて下さい! 僕と彼女はこのホテルに集まった人たちを守るようにと言われて来たんです! 六業会はともかく、円卓の皆さんの邪魔をするつもりはありませんっ! だから――――!」


 そう、そうだよ!

 

 今回の依頼……僕たちと円卓は厳密に言えば敵じゃない!


 こうやって話せば、今僕たちを囲んでいる沢山の殺し屋の半分くらいは味方になってくれるよね――――!?


「フン……馬鹿なことを言うんじゃないよ。アンタはそうでも、そっちの小娘は円卓を抜けたばかりの〝裏切り者〟――――見逃す理由なんてないんだよねぇ?」

「我ら六業会の使命の邪魔をするのならば、円卓だろうと殺し屋殺しだろうと、全て滅ぼすのみ……ッッ!」

「アバーーーーーッ!? やっぱりそうなるんですかあああああっ!?」


 ぎゃああああああ! 駄目だったああああああ!?

 やっぱり六業会も円卓も殺し屋って血の気が多すぎるよおおおおおっ!


「さあ、我らに真っ先に首を刎ねられたいのはどちらだ?」

「アハハハ! ここにいる奴ら全員、円卓の恐ろしさを教えてやらないとねぇ!」


 そう言うと、円卓と六業会の殺し屋は僕とエリカさんの前で殺気を全開にして身構える。今さっき僕が一人吹き飛ばしたけど、二人の肩越しにまだ何人かの殺し屋がこっちに向かって来てるのが見えた。


 でも――――。


 でも実は、きっとこうなるだろうなってことは、僕もエリカさんもちゃんと予想してたんだ――――!


「じゃあ、仕方ないね……っ! エリカさん、打ち合わせ通りにお願い!」

「はい――――! 私の炎、〝貴方に委ねます〟――――っ!」


 瞬間。


 それまで何も無かったはずのフロア全体が蒼く染まる。


 それは炎。

 全力になったエリカさんが発現させた、彼女だけが持つ蒼く燃える炎だ。


 す、凄い――――っ!


 こんなに凄い炎を操れるなんて……!

 エリカさんが円卓の〝王候補〟だったっていうのも納得だよ――――!


 それは、きっと僕たちが普段目にする赤い炎の何百倍も熱い炎なんだと思う。

 それはまるで、全てを飲み込む蒼い竜みたいで。


 こんな炎がいきなり現れれば、ホテルなんて一瞬で全部吹き飛ぶはず。

 でも、そうさせないのが僕の役目だ――――!


「波よ――――っ!」


 僕は即座に両手で印を結び、エリカさんの炎を包むように、覆うようにして波を起こす。明確な指向性を持って起こされた波は炎から出る熱に渦を起こし、一瞬で細く速く、鋭く伸びる〝蒼いライン〟に変わる。


 なんでも飲み込む竜みたいだった炎が、細く研ぎ澄まされた炎の槍になってフロアを奔る。まず目の前の二人が蒼い炎に包まれて、次いで向かってきた殺し屋が。さらに僕が感知できていた、このフロアにいる他の殺し屋もまとめて全部燃やし尽くす。



 勝負は一瞬。



 僕の波によって導かれたエリカさんの灼熱の炎は、数秒でこのフロア全体を駆け巡り、戦闘中だった殺し屋の殆ど全員を戦闘不能に追い込んだ。


「私の炎がこんなに鋭く……っ! これが小貫さんの力なんですね……っ」

「ふええぇぇ……な、なんとかなったぁ……っ」


 じゅうじゅうと白い煙が充満するホテルの通路。


 辺りから聞こえてくる波紋から、ひとまずピンチを乗り切ったのを確認した僕は、ぺたりと尻餅をついてほっと溜息を一つ。


 僕は今度こそエリカさんに鼻水だらけの顔を見られないように、胸ポケットからハンドタオルを取り出して、急いで顔を拭いた――――。



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