第二章 小貫鈴太郎
第一話
月と太陽
初めて
たしか、僕がまだ十五歳くらいの頃だったと思う。
「まさか、こんな所で〝九曜〟の一人とかち合うなんてな」
「っ……! 弱き人々の命をもてあそぶ、円卓の殺し屋め……!」
その時の悠生は、まるで血に飢えた狼みたいに怖くて、鋭くて。
ただ彼の前に立つだけで、僕は息苦しさを我慢しないといけないほどだった。でも――――。
「それ以上この街で酷い事をするのなら……! この〝
でもあの頃の僕は、今ほど迷ってはいなくて。怯えてもいなくて。
何も知らなくて。知らないからこそ戦えて。
きっと僕は、皆を苦しめる悪者を倒すヒーローなんだって、そう信じてた。
「我が心は波――――! 押せば引き、引けば返す無窮の因果――――!」
僕が結んだ印を呼び水に、僕を中心にした一切の音が消える。
外部の干渉から切り離されて、僕のことをいつも見守ってくれている神様との繋がりが深くなる。
僕の背に九柱の神様が描かれた〝
でもあの時。そんな僕を見た悠生は、凄く〝嬉しそう〟に笑ったんだ。
あの時の悠生の顔は今でもはっきりと覚えてる。とっても怖かったから。
「――――受けて立つ」
瞬間。僕めがけて突き出された悠生の左拳がもの凄い光と熱を出した。
思わず目を閉じそうになるほどの輝きの向こう。
そこには〝輝く太陽と放射状に広がる陽光〟そして〝
〝太陽〟
〝月〟を司る僕とは正反対の――――触れれば火傷してしまいそうな程の灼熱の輝き。それはきっと、僕には絶対に背負うことができない熱。
目の前に迫る悠生の熱に圧倒されながらも、僕はあの時、確かにこう思っていた。
〝羨ましい〟って――――。
――――――
――――
――
「よし、こんなもんか? みんな食って良いぞ!」
「わーい! 待ってましたぁ!」
「これが日本の鍋という物ですか……! いただきます……っ!」
「ま、待って待って! そんな焦らなくて良いからね!? なんなら僕が皆の分も取り分けてあげるから……っ!」
広々とした明るいリビングダイニングに、僕たち四人の明るい声が一斉に響く。
ここは殺し屋マンションの悠生と
僕――――
そしてテーブルを挟んだ僕の隣には、長い銀髪を三つ編みにして、好奇心全開で目の前の鍋を見つめるエリカさんが座っていた。
「悪いな鈴太郎。招待した側なのに手伝わせちまって」
「いいよ悠生。エリカさんもまだお箸に慣れてないみたいだし……エリカさんはなにか苦手な食べ物とか、アレルギーとかあるかな?」
「苦手な物……ですか。それなら〝ナットウ〟ですね……! あれは絶対に人の食べ物ではないと思うんです……っ!」
「なるほど!? でも大丈夫、納豆は普通の鍋には入ってないからね! っていうか納豆鍋とか日本人でもなかなか食べないからね!」
「ええっ? そうなんですか? 私、実はこの前〝納豆鍋〟作ってみたんですっ! 悠生はとっても美味しいって言って食べてくれましたっ!」
「フッ……永久が作ってくれた物はなんでも最高に美味しいからな……!」
「いやいやいやどう考えてもおかしいよねそれ!? 味噌汁ならまだしも鍋に納豆入れたら味も匂いも全部納豆になるよね!? 君の味覚愛が重すぎて狂ってないそれっ!?」
思わずツッコミを入れてしまったけど、こうして改めて見ると本当に悠生は変わったと思う。
初めて会った時みたいな鋭さは全然ないし、なにより僕が思い出すだけで怖くなるような、〝あんな笑い方〟はきっともうしないんだろうなって。
悠生と二人で全員分の食材を取り分けながら、僕はそんなやりとりを悠生と気軽に出来ていることに、なんとも言えない穏やかな気持ちになってくる。
〝あの悠生〟が……僕が知る中でも一番ってくらいに怖くて、殺し屋らしい殺し屋だった悠生が、今では大切な奥さんと一緒に僕たち皆を家に招待して、鍋パーティーを開催するなんて……っ!
「……なにいきなり泣いてんだお前は?」
「うぅ……! やっぱり人って変われるんだね……っ! あの悠生がこんなに穏やかに……! それがなんだか嬉しくて……っ!」
「ふっふっふ……それはですね
「くすっ……確かに、以前のマスターは冷たいというより、ちょっと拗ねているような……苛立ちを心の中にため込んでいるように見えました。当時はわかりませんでしたけど、あれは思春期だったのですね……っ!」
「ぐっ……! 思春期とか言うなよ……どんどん過去の俺が恥ずかしい奴になっちまう……っ」
僕たちからそう言われた悠生は恥ずかしそうに顔をしかめると、丁寧に具を並べた取り皿を隣の永久さんに優しく渡す。
ほんと……凄く変わったよね。
悠生と永久さんの二人が円卓から執拗に追われてるのは知ってる。
二人の事情も大体は聞いた。
この前の〝
それまで円卓がどのくらい二人に本気なのかわからなかったけど、あれで僕もようやく二人が背負っている物の重さが理解できた気がする。
出来れば、力になってあげたいな――――。
今の二人を見ていると、〝こんな僕でも〟いつかは変われるかもって……そう思えるから。
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