今日からまた


「あの……これからは、悠生ゆうせいさんのこと……〝悠生〟って、呼んでも良いですか?」

「ぶ……っ!?」


 満天の星空の下。


 突然、永久とわは意を決した表情で俺にそう尋ねた。

 永久のその言葉を聞いた俺は一瞬で動悸息切れめまいに加えて全身の体温が限界を超えて高まるのを感じた。


 い……今、永久はなんて言った……? 俺のことを悠生と呼びたい……?

 そ、それはつまり……これからは俺のことを呼び捨てに……ッッ!?


 いや……ッ! 落ち着け拳の王ッ! ま、まだそうと決まったわけじゃない……!

 クールだ。〝拳の王ロード・フィスト〟として鍛え上げた鋼の心でクールに――――!


「あの……駄目、ですか?」

「だ、駄目じゃない……! た、ただ呼び方が変わるだけだしな……っ! だが、その……ど、どどどどどど、どうしたんだ……? いきなりそんな……っ」


 よ、よし……! クールに返した……! 

 返せたはずだ……ッ! 俺は狼狽えていない……ッ!

 

 俺は胸を満たす喜びと驚きでひっくり返りそうになるのを必死で抑えながら、恐らく真っ赤になっているであろう顔を永久に見られないよう、俯き気味に答えた。


刃の王ロード・エッジ〟を倒してから三日が過ぎていた。


 再び円卓からの逃避行を始めた俺と永久は、周囲への被害を出さないために、草木もまとも生えていない荒れた山脈地帯の一角を進んでいる。

 

 既に夜も遅い。


 都会とは違う澄み切った夜空には星が輝き、寒さを凌ぐために起こした焚き火の明かりが俺と永久を照らしていた。


「実は私……! 悠生さんのことが大好きになってしまったみたいなんです……っ!」 

「ぶふぉ――――ッ!?」


 その永久の言葉は、今まで俺が受けたどんな強烈な一撃よりも効いた。

 比喩でも大げさでもなく、魂がどっかに飛んで行きかけた。もしかしたら本当に死んでいたかもしれない。


 い、いや……もしかしたら今の言葉は俺の聞き間違い、幻聴かも――――。


「私……悠生さんのことが好きです。悠生さんのことを見ていると、もっと近くにいたいって……我慢できなくて……。誰かを好きになるって、こういう気持ちだって……本で読んで知ってるんです……っ」

「永久……」


 なんてことだ……。

 永久の発した女神のようなその言葉は、俺の幻聴なんかじゃなかった。


 永久が……俺のすぐ傍に座る、超絶可愛く尊く神々しくて死ぬほど優しい少女が、俺なんかのことを好きだと……そう、言っていた。


 なら、俺のやるべき事はただ一つ――――!


「俺も永久が大好きだ……! 初めて会った時に伝えてから今も……! いや……あの時よりもずっと君が好きだ……!」

「はい……っ! ごめんなさい……ずっとお返事できなくて……っ!」

「そんなこと……永久がここにいてくれれば……っ。それで……!」

「一緒にいます……これからもずっと……! もう、絶対に離れませんから……っ!」


 恐る恐る……けれどまっすぐに俺を見つめて身を寄せてくれた永久を、俺もまた戸惑いながら……彼女の小さな体を壊してしまわないようにそっと抱きしめた――――。


 その時に感じたぬくもりを。

 あの時に感じた飛び跳ねたくなるような喜びを、俺は死んでも忘れない。


 永久がくれた。

 永久と出会っていなければ、決して知ることのなかった命の意味。


 その意味を守るために、俺は今日も永久と二人で生きている。

 

 ――――――

 ――――

 ――


「よう、サダヨさん。今日も元気そうだな」

「おはようございますっ、サダヨさん!」

「クヒッ……! 来た来た……ッ! キラキラリア充が来た……ッ! おはよう……ッ!」


 朝の陽に照らされる殺し屋マンションの前。


 いつもと変わらず白いワンピースにサンダル姿で箒を振り回すサダヨさんに、俺と永久は明るく声をかけた。


「クックック……! こんな時間に二人でお出かけかい……ッ? リア充……! 圧倒的リア充……ッッ!」

「〝出迎え〟だよ。ようやくオーナーの許可が下りたんでな」

「はいっ。今日からいらっしゃるってご連絡があったんです。ね、悠生っ」

「クヒッ……!? 今日から……ッ!? それならアタシも知ってるよ……ッ! なんたってアタシはこのマンションの管理人だからね……ッ! 確か――――」


 俺と永久の話で思い出しように頷くサダヨさん。だがその時。サダヨさんの細い肩の向こうに、俺は良く知った〝少女〟の姿を見つける。


「マスター! それに永久さんも……っ!」

「エリカさんっ! おはようございますっ!」

「相変わらず真面目な奴だな、時間ぴったりだ」

 

 挨拶に手を振る俺たち三人の前。そこに小走りで駆け寄る小さな四角い革鞄だけを持った三つ編みの少女――――エリカ・リリギュラ。


 エリカはまだどこかぎこちない笑みを浮かべながらも、まだ寒い路上で白い息を吐きながら、おずおずと俺たちに手を振って見せた。



 あの戦いの後――――エリカは円卓に戻らなかった。



 エリカとは色々話した。


 俺がエリカと一緒にいた二年間の間で交した言葉の何倍も。

 まるで互いにすれ違っていた時間を埋めるように、摺り合わせるように。


 当然、俺はエリカの決断を尊重するつもりだ。


 罪滅ぼしって訳じゃ無いが、こっちでの生活や、円卓からの報復への対処にもできる限り協力すると伝えてある。


 かつての俺が出来なかったことや、目を逸らしてしまっていたこと。

 そしてそこから繋がっている、今の俺と永久の日々。


 俺はそのどれからももう逃げたりはしない。

 そして、エリカはもう自分の足で歩みを始めている。


 そんな彼女がまだ俺を必要としてくれているのなら、俺は俺の出来る範囲で今度こそ彼女と向き合おうと、そう決めていた。


「マスター……永久さん……! それにサダヨさんも……。あれだけのことをした私を信じて……こうして受け入れて下さって、本当にありがとうございます……っ。その……今日から、またよろしくお願いします……っ!」

「ははっ。そう畏まるなって言ってるだろ? こっちこそよろしくな、エリカ」

「ですですっ! 実はなんとっ! 今日はエリカさんの歓迎会の準備もしてあるんですよっ! 今夜は私達のところで食べていって下さいねっ!」

「…………はいっ」


 ぺこりと頭を下げるエリカの手を、真っ先に取ったのは永久だった。


 そして満面の笑みを浮かべて自分を見つめる永久に向かい、エリカもまたはにかむような笑みでこくりと頷いた――――。




〝殺し屋殺し〟


 それは殺し屋によって何億という命が消え、今も消え続けている世の中で、殺し屋を殺す殺し屋の呼び名。


 だが、そんな俺たちも元はといえば殺し屋だ。

 この手で多くの命を奪い、償いきれない程の罪を重ねてきた。


 だが、だからこそ――――。


 だからこそ、もう二度と今から前に進もうとする奴の灯を消したりはしない。

 

 俺だって、永久だって。


〝あの時〟は今のエリカのように、誰かの手を取ることを恐れていたのだろうから。




 天をつくような摩天楼がどこまでも建ち並ぶ東京都心。

 殺し屋の暴威によって、廃墟と化した瓦礫がそのビル街のすぐ傍に広がる。


 空には昼でもはっきりとその姿を見ることが出来る〝二つに割れた紅い月〟。


 きっと、この世界がかつての姿に戻ることはもうないだろう。


 だが、たとえこんな酷く壊れた世界でも……懸命に日々を生きる奴らがいる。

 俺たちはそんな奴らの営みに混じり、確かに手を繋ぎ、今日を歩いて行く――――。





☆☆☆☆☆


ここまでお読み下さり本当にありがとうございます!!

これで殺し屋殺し、第一章は終わりです!


次回からは第二章となり、新展開となりますので、ぜひ引き続きお楽しみ頂ければ幸いです!!


執筆の励みになりますので、☆やフォロー、応援コメントなどなんでも気軽に頂けますととっても嬉しいです!!頑張ります!!

  

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