二人
瞬間。
俺の視界が鮮血に染まり、同時に気絶しかかる程の激痛が俺を襲った。
『――――貴方は、誰?』
無機質かつ無感情な声。
それは弧を描く地球を眼下に臨む俺の腕の中から。
そう、たった今俺が〝鋼の王〟から取り戻した最愛の妻――――
『〝あの人〟はどこ――――? 貴方は違う。あの人じゃない。貴方は誰?』
「っ……がぁ……っ!」
眼下の地上へと落ちていく俺に抱きすくめられたまま、永久の姿をした〝ナニカ〟が首を傾げて俺に尋ねる。その存在に一つだけ永久と明確に違う点があるとすれば、今この時、彼女の瞳はまるで頭上に輝く割れた月のように〝紅く〟輝いていた。
「が……ぐ……ッ! と……わ…………!」
『あの人はどこ――――? 私が愛した、あの人はどこにいるの? 貴方を殺せば、あの人に会えるの?』
紅の瞳を不思議そうに俺に向け、穏やかに尋ねながら俺の体をより深く抉り抜くナニカ。
ナニカによって傷つけられた俺の肉体は〝
当たり前だ。
元はといえば俺たち殺し屋の力は全て、この〝ナニカから生まれた力〟。俺たち殺し屋がどんなに超常の力を誇ろうが、こいつにかかればそんな力になんの意味も無い。
こうなることは予想していた。
鋼の王に連れ去られた永久は、既に機動要塞ノアの内部でこのナニカをその身に宿すための術式を施されていた。本来なら月面にある〝聖域〟でなければ行えない筈の手順を、遠隔で行えるシステムをノアは備えていた。
そして、鋼の王との戦いで俺が発現した〝神の拳〟としての力。
それはこのナニカの視線と注目をこの戦場へと呼び寄せ、彼女の力の収束を早めた。そしてナニカはまんまと永久の体へと滑り込み、こうしてこの場へと現れたってわけだ。
端的に言えば最悪の事態だ。
だが、あの場で鋼の王を確実に倒し、永久を救うにはああするしかなかった。
そして、俺だってなんの勝算もなくこんな賭けに出たわけじゃない――――!
『どうしてあの人は私を迎えに来てくれないの――――? 私は、ずっと一人で待っているのに、どうして――――?』
「さ、あな……。まあ……同情は、するさ……一人は……寂しいよな…………。俺、にも……よくわかる…………」
『寂、しい……? 私は……寂しい…………?』
永久の姿をしたナニカが貫く俺の胴体が、徐々に形を保てずに〝塩の結晶〟となって崩れていく。激痛と魂ごと吸い出されるような喪失感が俺を襲い、今にも俺の命の灯が消えかかる。だが――――。
「だから……俺は約束した……っ! もう君に、寂しい思いはさせない。絶対に……永久を一人にはしない……!」
『と、わ……? 〝違う〟……私は、〝私の名前〟は――――』
胴体の真芯を貫通するナニカの腕。
俺はそれに構わず、さらに深く、強く。最愛の妻の細い体を抱きしめた。
それと同時、俺の拳に刻まれた〝神の拳〟の
そう。永久が持っていた神としての力。
今、その〝半分〟は俺の中にある。
円卓の奴らは今も必死こいて永久を追い続けているが、実は既に永久は一人では〝
俺と永久。二人が揃って初めて完全となる神の力。
そしてそれは、ナニカがどう足掻こうと、どちらか〝片方への浸食〟では完全には〝復活できない〟ことを意味している。
たとえナニカが神に等しい力を持っていても、単体である以上〝俺たち二人を同時に掌握する〟ことは出来ないってわけだ。
俺は永久の、永久は俺の。
互いに互いを守り、制御する者として繋がる。
それが俺と永久が愛し合い、誓い合った神の力の支え方だった。
まるで共鳴するように、互い違いに広がる二つの閃光の放射。
それは鼓動のように一定のリズムを刻みながらも、やがてその歩調を合わせ、完全に同一の輝きへと混ざり合っていく。
永久の体から紅い輝きが消え、何かを探し求めるようにして月へと流れていく。
「遅くなって悪かった……迎えに来たぞ、永久……」
『ア――――アア――――? ゆ、う……せい――――っ?
「ああ、そうだ……待たせてごめんな、永久……」
そして遠ざかるナニカの気配と入れ替わるようにして、俺の良く知る永久の暖かな匂いとぬくもり、そして優しさが戻ってくる。
「う……うう……! うあああああ――――っ! ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ! また私のせいで……いつも、いつも貴方が……傷ついて……っ!」
「そんなことないさ……一番辛いのは永久だ。俺はなにがあろうと永久を守る。今までも、そして、これからもずっとな」
「悠生……っ」
すでに普段通りの黒へと戻った永久の瞳から、ぽろぽろ大粒の涙がこぼれ落ちる。
一度は消滅寸前まで行った俺の傷が、暖かな永久のぬくもりに癒やされていく。
俺と永久は互いに固く抱きしめ合いながら、赤熱し始めるノアの残骸と共に青い大地に落ちていく。
そうだ、俺はこのぬくもりのためならなんだってする。
なんだって出来る。
たとえ相手が神だったとしても。
たとえ全てを消し去る破滅だろうと。
永久のためなら、俺はいつでもこの拳を握るだろう。
「み、見つけた! 見つけましたっ! 悠生っ! 永久さんっ!」
「クックック……ッ! り、リア充……! キラキラリア充! クヒ……ッ!」
抱きしめた永久の肩越しに広がる瞬く星の海。
幾重にも重なった波紋に乗ってこちらへとやってくる
永久の暖かさをより味わおうと、静かに瞳を閉じた――――。
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