第六話

共に背負う光


 降り続く雨はいつまでたっても止まなかった。


 あの日。永久と共に〝刃の王ロード・エッジ〟に追い詰められた俺は、それでも拳を握ることを止めなかった。


 永久とわと約束したから。


 俺が今まで目を逸らし続けて来た全てと向き合うと。

 もう二度と、俺自身の心を曇らせることはしないと。


 永久に支えられた俺の心は燃え上がり、それまで遙かに離れていた刃の王と俺との力量差を大幅に縮めた。だが――――。


悠生ゆうせいさん……っ! もう……もう止めて下さい…………っ! もう……私が皆さんのところに戻りますから……っ!」

「駄目だ……ッ! 円卓に戻れば君は殺される……! まだ……俺の拳は砕けちゃいない……ッ!」


 だがそれでも、奴の力は〝俺を上回った〟。

 奇跡は起こらず、コミックや映画のような逆転の策は俺には無かった。


「どうして……? どうしてそうまでして、私なんかのために…………っ!?」

「君を、死なせたくない……! 君は絶対に……! こんなところで死んで良いような存在じゃない……ッ!」


 そうだ。

 俺は彼女を――――永久を守ると約束した。


 そして、もう誰に恥じることもなく。

 ただ俺の信じるままに、真っ直ぐに生きる。


 俺はそれだけを思い、その血塗れの拳を握りしめていた。


 ――――――

 ――――

 ――


「さあ、俺の妻を返して貰うぞ。〝鋼の王ロード・スティール〟――――!」


 荘厳な礼拝堂の光全てを押し返し、俺の拳から放たれた灼熱の陽光が輝く。


 自分で確かめたことはないが、恐らく今この時、俺の黒い瞳は〝かつての永久と同じく〟金色に輝いているのだろう。


「馬鹿な……!? まさか、君は既に〝神の近似値アヴァター〟が持っていた力を取り込んでいたというのかね……!? 〝器〟でもないただの人間がそんなことをすれば、君という存在は……!」

「違うなスティール……! たとえ器として生み出された永久だろうと、こんな〝酷い力〟を勝手に渡されて平気なわけがあるかよ……ッ! 永久はこの力のせいでずっと苦しんでいた……! あの紅い月から注がれる〝奴〟の視線に、たった一人で耐えてきたんだ! だから――――!」


 視界が奔る。


 拳のみならず、体も感覚も、何もかもを閃光と化して繰り出された俺の一撃。

 反応も出来ずにそれを受けたスティールの硬質の肉体がゴムボールのように弾かれ、砕ける。


 音も、光も全ては置き去りにした。


 まるで鋭利な刃物が大気そのものを切り裂くような鋭い高音が一帯に鳴り響き、目も眩むような閃光と、礼拝堂に極大の破砕をもたらす凄まじい衝撃波が巻き起こる。


「ガアアッ!? なん、たる――――ッ!? 私の、鋼が――――!?」

「永久が一人でずっと背負い続けたこの力は、俺も一緒に背負ってやる! それが――――この俺の覚悟だ!」


 赤熱し、超常の輝きを帯びた俺の拳が万を超えてスティールの全身に叩き込まれる。打撃を受けたスティールの体を構成する金属が一瞬にして赤錆び、ボロボロと砂になって衝撃と旋風の渦に呑まれていく。


神の拳ディヴァイン・フィスト〟となった俺に殺し屋の超常は通じない。

 たとえそれがどんな力だろうと無効化し、打ち砕く。


 更には永久が持つ万象再生の力すら行使可能な今の俺は、〝全てを砕き、全てを癒やす〟正に神の如き拳を振るうことになる。


 だが、敵であるはずのスティールすら危惧するように、この状態は俺にとっても負担が大きい。



〝貴方は誰――――?〟

〝もっと、貴方を見せて〟

〝早く、私の傍に来て――――貴方の光を、私に見せて〟



 燃え上がる神の拳を振るう俺の魂に、〝聞き覚えのある少女の声〟が響く。


 チッ……〝もう見つけやがった〟か。

 当たり前だが、この力を使う度に〝俺に気付く〟のが早くなってやがる。

 

 俺の体から溢れ出る膨大な力の奔流は、今もすぐさま〝奴〟に吸い上げられている。


 遙か直上。二つに割れた紅い月から、奴がじっと俺を見つめているのを感じる。

 奴が手招きしているのを感じる。


 俺の心を、力を――――存在そのものを喰らい尽くそうとするその強烈な圧力。

 紅く輝く二つの瞳が、闇の中で俺が堕ちて来るのを待っている。


 この誘いに俺が抗えなくなれば、それは俺が俺では無いナニカに変わり果てることを意味している。まあ、大体どうなるのかは想像がつく。


 つまり、この力の行使は俺と奴の距離を縮め、俺を人ならざる存在へと誘う悪魔の力ってわけだ。けどな――――ッ!


「砕ける物なら砕いてみろッ! 俺も永久も、お前らの思い通りになるつもりはさらさらない――――!」

「なんという覚悟……! 見事だ、〝拳の王ロード・フィスト〟――――いやさ、〝神の拳ディヴァイン・フィスト〟よ……! だが、私とてこのままでは終わらん――――ッ!」


 突如、閃光の拳によってその全身を崩壊させつつあったスティールの四肢が軟体と化して四方へと伸びる。それは暴風のような俺の力によって荒れ果てた礼拝堂をぶち抜き、その〝先〟へと到達する。


「君は越えてはならない一線を越えてしまった……! こうなってはもはや友としてではなく、〝主〟に付き従う理の守護者として君と戦おう……! この……〝王〟の名にかけて……ッ!」

「いいだろう、見せてみろ……鋼の王!」


 炸裂。そして凄まじい衝撃が全てを穿ち抜く。

 遙か後方に永久を残したまま、俺と鋼の王は機動要塞ノアの隔壁、階層全てをぶち抜いて加速上昇。一瞬にして甲板まで貫いて空中へと飛び出す。


「っ!? ゆ、悠生っ!? 君……その力は……っ!?」

「クヒッ!? あ、ああああ……!?」


 もはや重力すら振り切って飛翔した先。


 今もノアの甲板上で必死に戦いを続ける鈴太郎りんたろうとサダヨさんの姿をちらと見た俺は、僅かに笑みを浮かべる。


 あの後も上昇を続けていたノアはすでに青い空を抜け、眼下の地球は丸く弧を描く輪郭と、その先に見える太陽の輝きを俺の視界に映し出す。まあ、端的に言うと宇宙空間に近い場所まで来ていたらしい。


『オオオオオオオオオ――――ッ! これは……これは、私の最後の賭けだよディヴァイン・フィスト……! 私はノアの内部で力を解放することを恐れていた! そうなれば、私は要塞を構成する金属全てを喰らい尽くし、もはやレディ・トワを〝聖域〟へと連れて行くことは不可能になるからだ……! だが、こうなっては私も覚悟を決めよう! ここで私と君の決着を着けようじゃないか――――ッ!』


 青く輝く地球と漆黒の宇宙。

 

 二つの色の狭間を飛翔する俺の眼前に、機動要塞ノアと自分自身を結合させ、〝全長数百メートルの巨体〟へと今も成長を続ける鋼の王が現れる。


 直下の機動要塞ノアが大きく傾き、スティールに船体を喰われたことで駆動部が破損、爆炎と閃光が瞬くように炸裂し、要塞はその機能を失ってゆっくりと落下を始める。


「ハッ! 知ってるかクソジジイ。日本じゃな……〝先にデカくなった方が負ける〟って決まってるんだよ――――!」


 俺は拳に永久から手渡された神の火を握りしめ、目の前に立ち塞がる鋼の王目掛け、加速した――――。


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