神の拳
「やあ。ようこそ、〝
「すぐそこの〝階段で転んで〟な。今時バリアフリーもなってねぇ欠陥要塞だ。一から作り直した方がいいぞ」
エリカと対峙したホールの先。
先ほどのホールとは完全に趣の違う、荘厳な礼拝堂を思わせる要塞の最深部。
そこには古風な金属製の椅子に腰掛け、優雅にワインを楽しむ〝
「暫く会わない間に悪趣味になったな。女の扱いがなってない」
「君の言い分はもっともだ。レディ・トワへのこの仕打ちは謝罪する。全ては、円卓への忠義故――――君も知っている通り、彼女を救い出したいのならもう〝あまり時間はない〟よ」
聖人のように磔にされた永久の姿に、俺の怒りが一瞬で爆発しかかる。
だが――――だが俺はその怒りを鎮めるでもなく、まだ出番じゃないとばかりに押さえつけると、ギリと奥歯を鳴らして歩みを進めた。
怒りには適切な吐き出し方がある。
無闇やたらと暴走させても、逆に永久を助けられなくなるだけだ。
「聖域まで連れて行かず、とっくに〝ここで始めてた〟ってわけか。人の妻をなんだと思ってやがる」
「それは違う。確かにレディ・トワは君の妻かもしれないが、同時に我々円卓に属する殺し屋全ての〝母〟となる女性でもある。そのどちらもが、偽りなき真実なのだよ」
一歩一歩。ふらつく足取りで広大な礼拝堂へと進み出る俺を、スティールの落ち着いた深いバリトンの声が迎える。
そのバリトンとは別に、広大な礼拝堂には古びた〝典礼音楽〟が流れていた。どこかにレコードでも置いてあるのか、音色には僅かなノイズが乗り、辛気くさい室内を〝より一層カビ臭く〟彩っている。
まるで暖かな陽光のような神々しい光が頭上から射し込み、体の半分ほどを炭化させた俺を照らした。
「なぜあの場で俺を見逃した?」
「あのような決着、まさかこの私が望むとでも?」
エリカの炎によって焼け、今の俺はただれて禿げ上がったゾンビみたいな有様だろう。永久を助けに来た白馬の王子様の姿としては、随分とショッキングな見た目の筈だ。
対してスティールはそんな俺の姿を見て笑みを浮かべる。
まるで、俺の姿を見ただけで全てを理解したかのように。
「フフ……どうやら君は〝子守は苦手〟のようだ。レディ・トワと結ばれたのならば、いずれ子も生まれるだろう。少しは勉強しておいた方がいいだろうね」
「あいつはもう子供じゃない。俺がいなくても……立派に一人で歩いて行けるさ」
スティールが手に持ったワイングラスを静かにテーブルの上に置き、ゆっくりと立ち上がる。俺から見て三段ほど高くなったステージ状の台座の上、〝老人から若者へと〟一瞬にして姿を変えた〝鋼の王〟が立ち塞がる。
「君がエリカ君との戦いで予想以上のダメージを負ってしまったのは残念だが、君とてそれは覚悟の上でのことだろう。既に借りは返した。今度こそ心ゆくまで、全力でやらせてもらうよ」
「――――受けて立つ」
瞬間。鋼の王の後方に〝燃え盛る高炉の前で聖剣を鍛える男〟の
対して、俺の名乗りはこの要塞に突入した時に済ませてある。
炭化し、一切の感覚を失った右足を擦るようにして後方へ。まだ僅かに動く左半身を前に突き出すと、俺は静かに半身の構えを取る。だが――――。
「なあ、スティール……お前はさっき俺との〝貸し借りは終わった〟と言ったが、俺はあの時お前に見逃されたことを真面目に感謝してるんだ。おかげでエリカの毒もなんとかなったし、こうして永久を助けるチャンスも出来たわけだからな」
「ほう……? ならば、まさか君はまだ何か私に返礼があるというのかね?」
それは俺の本心だった。
はっきり言えば、俺はこの目の前のクソジジイが嫌いじゃない。
どこまでもクソ真面目。俺とは何もかも正反対なように見えて、円卓時代は誰よりも気が合った。そんな鋼の王への俺からのせめてもの礼儀。そして永久を――――俺の最愛の妻を絶対に救い出すという決意を込めて、俺は拳を握りしめる。
「〝見せてやる〟よ……! お前が見たがっていた、俺の全力って奴をな――――!」
刹那、俺の全身から赤熱の閃光が迸る。
炭化した肉体がまるでひび割れるように砕け、一瞬にして完全な姿へと立ち返る。流石にこれだけ永久に近づくと、この力の強さも桁違いだ。
そして握られた俺の拳。
その拳から放たれた灼熱の放射が〝輝く太陽と放射状に広がる陽光。そしてその輝きを優しく抱きしめる女神〟を描いた聖像を顕現させる。
その下に刻まれる文字。
その名は〝
〝
「なんだと……ッ!? 馬鹿な……!? その力は……我らの〝主〟だけが持ち得るはず……!? なぜ……!? なぜただの〝王に過ぎない〟君が……!?」
「だろうな。俺一人じゃこんな力は使えなかった。全部……永久が俺にくれた力だ」
俺の胸の最奥。
無限に沸き上がる魂の炎が俺の鼓動と血流を後押しする。
俺の左右の拳はまるで太陽そのものを握りしめたような眩い閃光を放ち、それは礼拝堂全域を突き抜け、その先で待つ永久の美しい横顔を照らした。
「さあ、俺の妻を返して貰うぞ。〝
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