第6話 絶望

 「ちくしょう……こんな数のワイバーンなんて相手に出来ねぇぞ」


 ワイバーンの大量出現によって船上が絶望に包まれそうになったその時、犬耳船長のダミ声があたりに響き渡った。


「テメェら! 諦めるんじゃねぇ!! アレを見ろっ!」


 怒鳴りながら犬耳船長が指した陸側の海。

 そこには5隻ほどの帆船が、こちらへ向かって颯爽と海を駆けてくる姿があった。


「あれは!」

「クィナの沿岸警備隊だ! やったぞ、救援だ!」

「見ろ! ウェスタリア海軍も一緒にいるぞ!!」


 この船と同じような3本マストの船が4隻。そしてそれより二回りは大きく、さらには王冠と交差する曲剣の旗紋はたを掲げた無骨な出立ちの巨大な船が1隻。


 目一杯に帆を膨らませながらグングンと近づいてくるその頼もしい姿に、先ほどのお通夜みたいな雰囲気から一変、割れんばかりの歓声が湧き起こる。


「援軍? 助かった……のか?」


 俺にはワイバーンと人間の戦力彼我がどれくらいあるのか皆目見当もつかない。だから正直なところ軍船を含むと言っても5隻程度の船が救援に来たからといって、即座にアッパーなテンションをぶち上げることは出来なかった。


 そんな俺の様子に気づいたのか、犬耳船長が俺にだけ聞こえるような声でボソリと呟く。


「海軍船に優秀な魔法士隊がいるか、気まぐれな黄金級の冒険者なんかが乗りこんでりゃ余裕かもしれねぇが……正直どっちに転んでもおかしくねぇだろうな」


 気持ちを立て直しつつある仲間たちには聞こえないようにしたのだろう。


「じゃあ……」

「だがどの道ただの商船でしかない俺たちに出来ることは何もねぇ。むしろいても邪魔になるだけだ。それに少なくとも俺たちだけなら港町クィナに逃げ込める可能性は出てきた」

「……………」

「なんか引っかかってそうな顔だな? それじゃアレか? 俺たちも残って、一か八かあの飛竜どもの群れん中へデューを放り込んででもみるか?」


 流石にそれは冗談としても笑えない。

 そうして俺との話しは終わったとばかりに、犬耳船長は仲間たちに再び指示を出し始めた。


「おい、マールゥ!! まだ自力帆走は出来るんだよな!?」

「ヘイ船長!! いつもの半分以下の速度にはなっちまいやすが!」

「十分だ! レクター! 救援にきた警備船にこっちの面倒は見なくていいと伝えろ!」

「了解、船長!」


 犬耳船長の指示を受けたオッサンの1人が、救援に来た船に向かって手旗信号を送り始める。すると5隻の船はこちらに向けていた進路を僅かに変え、ワイバーンの群れへ向かって真っ直ぐに突き進みだした。


 それを確認した後、犬耳船長が出発の合図を出す。


「野郎ども!! 今のうちにズラかるぞ!!」

「アイアイサー!!」


 俺たちを乗せた船は、ボロボロになった帆を掲げながら港町クィナに向けて動き出した。


 ◇


 もどかしいくらい、ゆっくりと進んでいく我らが犬耳船長の船。


 その脇を派手な水飛沫を立てた5隻の武装船が通り過ぎて行った。ただ武装船といっても、甲板側面に人が隠れるほどの大盾が装備されてたり弓兵がたくさん乗り込んでいるだけのようだが。


(やっぱり大砲みたいなのは無かったな)


 まぁ『やっぱり』なんて言ってみたけど、大砲の有無や船の形を見て『地球で言ったら何時代あたりか』なんて頭に浮かぶような特技は持ってないんだけどね。


 ……いや、ほんとチートは無いし、知識も無いしさ。

 俺ってなんでここにいるんだろ? もしもーし、テンプレさーん、息してますかー?


「デュー、それにゴリョウ」


 すると唯一の美少女枠テンプレ要素であるハドリーから俺たちを呼ぶ声が。


「ん、どうした?」

「今すぐに船から脱出した方が良いかもしれません」

「え?」


 脱出ったって今さら感ない? それにワイバーン達は……

 あっ、ちょうど武装船と奴らの戦いが始まった!!


「ハドリー、密航の件だったらもう話しを付けてあるから大丈夫だぜ? それに、ほら! 船長はああ言ってたけど、武装船の人たちもワイバーン相手にけっこう張り合ってるんじゃない? おっ、なんかシールドみたいなのが火を防いでんぞ!! あれってもしかして魔法か!?」


 俺はハドリーへの返事もそこそこに、地球では決して見ることの叶わない戦いを一瞬足りとも見逃すまいと懸命に目を凝らす。


「ゴリョウ、もっと上を見てください」

「上? ああ、まだ上空で待機してて参戦してないワイバーンも……」

「もっと上です」

「もっと?」


 言われるままにワイバーン達の群れより、さらに上を見てみる。が、特に何も変わったようなところは見当たらない。


 まったく、こっちは忙しいんだからもっと直接的な言葉で言って欲しいところなんですけど。やっぱり理不尽なくらい顔立ちが整ってて気後れしちゃうような美少女なくせに、ハドリーも中身はよくいる女みたいな察してちゃんってこと……


「デュー」

「ほらゴリョウ、もっとこのくらい上だって!」

「へぎゃーっ!!」


 デューの手によって『グイィイッ!』と頭を後ろに引っ張られた俺。これではもはや真上を向くくらいの角度である。


「し、死ぬっての!」

「同感です。アレにこの船が狙われたなら」


 同感? アレ?


 強制的に向けられた視線の先。

 頭上にはいつの間にか、黒々とした不吉な雲が陣取っていた。


 その幾層にも重なった黒雲の狭間はざまでは鋭い紫電しでんが飛び交い、さらには時折り『ボゥォオオ』とこちらを不安にさせるような、青白い明滅めいめつが繰り返し浮かんでは消えていく。


「………っ!?」


 見ているだけで息が苦しくなる。

 ワイバーンの群れにすら感じなかった圧倒的な禍々まがまがしさ。ナニかがかいる。

 間違いなく超弩級ちょうどきゅうの存在が。



「ゴリョウ。あれの通称は颶風雲テンペスタ・ヌーベス。ワイバーンとは違う、正真正銘の……」



 ハドリーが何かを言っている。



「《龍の巣》です」



 その言葉と同時だった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!



 大気を震わす咆哮を合図に黒雲が割れる。

 現れたのは、いっそ荘厳さを感じるほどの巨体。


(りゅ、龍の巣って言ったのか? ってことは、こ、これがドラゴン……)


 ビリビリとした物理的な痺れが皮膚の上を走る。

 ワイバーンとは比較にならないどころか、まさに格の違う威圧感。


 広げられた両翼により空は覆い隠され、辺り一面に影が落とされる。その影よりも濃い暗闇を纏ったかのように不気味な龍鱗。さらには青と白の光の筋が幾何学的きかがくてきな模様を描くように、からだの至るところで煌めいている。


 余りにも幻想的で、これ以上ないくらい非現実的な光景。

 心に沸き起こるのはワイバーンに感じるような恐れではなく、もはや人智の及ばぬ超越存在への畏れ。


 船を動かすために忙しなく動いていた船員たちも今やその手を止めて、俺と同じようにただただ上を向いて目を丸くするのみ。


「ば、馬鹿な………古龍ヴェイタス・ドラゴンだとっ!!!」


 この雄大なるドラゴンは、この世界に住む犬耳船長達にとっても常識外の存在だったらしい。


「ヴェ、古龍ヴェイタス・ドラゴン? せせ、船長の知り合いなら、お、お帰り願えないか聞いてもらえない?」

「馬鹿言うな! ドラゴンは人がどうこう出来る存在じゃねえ……しかも見ろ、あのとんでもねぇ神魔紋タトゥーオブデイを、ありゃ相当な格の古龍だぞ!!」


 分からん事だらけだが、なんかヤバそうなのだけは伝わってきた。


 そのドラゴンはというと、俺たちを助けにきた武装船へと向きながら、ゆっくりとその巨大なあぎとを開く。


 と同時に全身を覆った青白い光の幾何学模様が一際強く輝いた。


「っ!! ふ、伏せろぉぉおおおお!! ドラゴンブレスだっ……!!」


 ドラゴンの口から溢れ出たプラズマ化した熱線。

 刹那、射線上にいた五隻の武装船やワイバーンがぜながら蒸発し、跡形もなくこの世界から消え去る。


 余りの威力に縦横に歪んで見える空間。

 そして爆音を轟かせながらすり鉢状すりばちじょうに凹んだ海。


 離れていた俺たちも爆風のような衝撃波に巻き込まれ、人は転がり、船は瞬く間に嵐の中に放り込まれたかのように翻弄される。


「ぐ、あっ…………」


 視界の半分が赤く霞む。転んだ拍子に俺も額を強く打って、そこからかなりの出血を強いられたようだ。


 こいつは……とんでもなくヤバすぎる。

 この世界の事は何も知らないのと同然だが、このドラゴンが尋常でないことは間違いない。むしろこんなのがゴロゴロいたら人間はまともな文明なんて築けないだろう。


 武装船やワイバーンどもを文字通り一息で塵に変えたドラゴンは、その巨体を翻したかと思うと、今度はついに俺たちへ向けて降下してきた。


(もしかして、っつうかやっぱりって言うか………次の標的は俺たちってことか……)


 迫り来る圧倒的な質量が尋常じゃない焦燥感を煽る。

 あのドラゴンブレスとかいうのを喰らったら……いやそれどころかあの巨体に船を小突かれただけでコッチは呆気なくジ・エンドになる自信がある。


 もはや気のせいでもなく、爛々らんらんと輝く細長い瞳孔どうこうを持つ巨大な瞳がこちらを見据えていた。凶暴性だけでなくどこか知性を感じさせるその深紅の瞳は、まるで見ているだけで魂が擦り減らされていくような感覚を与えてくる。


(これは本気で死んだか……)


 もう逃げることも隠れることも不可能。

 悔いの残りまくる人生ではあったが、せめて痛くしないで、と俺の中の乙女チックな部分が心中で祈るように願ったその時。



 ーークスクス、うふふ



 場違いな笑い声が聞こえてきた。



「クスクス……ダメだよアルヴァーナ? この船にはまだ用があるんだから」


(なんだ? 和服………の女?)


 それはまるでこの恐ろしいドラゴンを隷属させるかのように、その頭上で佇んでいる妖しい少女があげた笑い声であった。

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レザボア・ブルース @rcrues

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