第5話 魂の叫び

 

「げぇえ!! あぶ、あぶぶっ、あぶねぇって!! うぉおい!! デューッ!!」


 パッと見る限り10mや20mじゃきかない高さ。

 そんなところから落ちたら当然ただじゃ済まないだろう。


「なにしてんだっ!! 危ないから降りて来ぉいデュー!!」


 しかし揺れるヤードリフトの上で危なげなく立っているデューは、こちらの呼び掛けに気付くと「ニッ!」と笑いながら前方の空中を指差した。


 その先には………船員たちから放たれている矢を余裕綽々といった様子で避けながら飛翔し、時折り火の玉まで吐いているワイバーン。


「ま、まさか……」

「てりゃっ!!」


 今度は制止する間もなく宙へ飛び上がったデュー。


「グガァァアアアア!?」

「うぉっ……とと!! やった、乗れたぞ!!」


 驚くべきことに飛翔するワイバーンが近づいてくるタイミングに合わせて、その背中の上にデューは飛び乗った。


「マジかよっ!!」


 俺の叫びは奇しくもワイバーンの気持ちと同じだったに違いない。


 背中に張り付いた何者かを振り落とそうと、これまでとは打って変わって忙しなく翼を羽ばたかせるワイバーン。


「ニッシッシッ! こっからはオイラの番だな!! いっくぞぉ〜〜っ……う、っらぁああ!!」


 人間なんて丸呑みしそうなブっとい首に脚を巻き付けながら、デューはワイバーンの首や頭のあたりへと拳を撃ち落としはじめる。


「ま、まさか効いてんのか?」


 どう考えても飛竜ワイバーンとデューじゃ体重ウェイト差があり過ぎるだろう、なんて思ったけど。


「うぉらっ!! っでやぁ!! ごっ……るぁあっ!!」

「グキャアッ!! グゥフッ!……ピギュルャッ!!」


 裂帛の気合いと共に放たれるデューの拳に合わせて、明らかにワイバーンは嫌そうなリアクションをしている。


 もはや船上から射かけられる矢など気にする余裕もなく、あっちこっちへと不恰好な飛び姿を見せているワイバーン。


 船の甲板にいた船員たちも、ワイバーンの尋常じゃない様子に気が付きはじめたようだ。


「おいっ! なんかワイバーンがっ!」

「ああ、誰かが上に乗って暴れてんぞ!!」

「いいぞ!! やっちまぇえ!!」


 オッサンどもの野太い声援に応えたわけでもないだろうが。


 その刹那デューの拳の先あたりが、煙を突き破って差した太陽の光を反射して煌めいた。


「まぶしっ……って、鉄の爪?」


 遠目に見たデューの拳には、鋭利な刃物のような爪が数本生えているように俺は見えた。


「破ァッ!!!」


 一際鋭い雄叫びを上げたデューが、目にも止まらぬ疾さで爪を一閃。



 グル………ギャアァオオオォォアァ!!!!!



 一瞬の間をおいたのち、思わず耳を塞ぎたくなる苦悶の絶叫とともにワイバーンの右翼がその背中からバッサリとズレ落ちた。


 ビシャビシャと音が聞こえるほどの出血が降り注ぎ、甲板が赤く染められていく。さらには斬り落とされたデカい翼が『ビタァッン!』と落ちてきて、当たり一面を血溜まり地獄に塗り替える。


(ぐひぃいい!………エ、エグすぎる……)


 片翼を根元から失ったワイバーンは鮮血を撒き散らしながら、それでもなおフラフラと宙に漂っていた。


 だが、その首のあたりへと再度振るわれたデューの容赦ない攻撃。翼竜は再び血の雨を降らせながら、ついにその巨体を急降下させはじめた。


「う、海へ落ちるぞ!!」


 誰かの叫び声が聞こえる。


 しかし海へ墜落する寸前に「よっ!」と暢気な掛け声をあげながらあっさりと船へと舞い戻ったデュー。


 その直後、とんでもない水飛沫を上げながら海の藻屑となって沈みゆくワイバーン。まるで山のように巨大な氷塊が海へと雪崩れ落ちる映像を見てるような、いやそれ以上のド迫力な光景が目の前で実際に起こっていた。


 その景色を唖然とした表情で見守りながら、脳みそフル回転で今起きている出来事を頭の中で咀嚼しようとする俺。


 もはやここが地球じゃないってことは、疑うのも馬鹿らしいほどに確実だ。トラックに轢かれた覚えも、腰の低い神様からチートを貰ったわけでもないのに。


(少しは仕事しろよっ……テンプレ)


 そんな筋違いの愚痴を思い浮かべてる俺を尻目に、ワイバーンを退治した立役者へと船中の視線が集まる。


 しかし当然のことながら、密航者であるデューが知られている訳もなく。みな一様に「アイツ、誰だ?」みたいな感じで喜んで良いのやら、どうしようか戸惑っているようだった。


「はぁ〜っ!! やっばいドキドキしたわ!! おーい、ハドリー! ゴリョウ! オイラ勝ったぞ!!」


 その場の空気にまったく気づいてない、興奮冷めやらぬといった口調のデュー。


 だが血塗れで凄惨なその姿と子供っぽいテンションとのギャップが俺の中で消化しきれなくて、咄嗟に「ゴリョウ? どいつだ?」みたいに後ろを振り向いて誤魔化そうとしてしまう。


 しかしハドリーがそりゃあもうガッツリと俺の方を見ながら「行きましょう」なんて言うもんだから、あっさりと『俺はゴリョウじゃないフリ作戦』を諦めてトボトボとデューの元へと向かうことに。


「おいゴリョウ、その小僧はテメェの仲間ツレか?」


 いつの間にか近くにいた犬耳船長が俺へと問いかけてきた。

 するとなぜか俺の代わりにデューが元気よく答える。


「ゴリョウはオイラの友達だ!」

「だそうっす……あぁ、それと小僧じゃなくてデューね、この少年の名前は。ついでにこっちの美少女ちゃんはハドリー」


 なんか色々と考えるのはもう諦めて、無心のままデューのセリフを補足する。


 密航者側から一方的な自己紹介を受けた犬耳船長は少し面食らったようだが。しばし思案気に俺、デュー、ハドリーと順繰りに見渡した後にこう言った。


「ふん、一応礼は言っておこう。助かったぞ、デュー」

「どういたしまして!」

「…………なんつうか、調子の狂う小僧だな」


 犬耳船長の気持ち、めちゃくちゃ分かるわ。


 と、勝手に気持ちが通じあったところで。俺はこの機を逃さないように、疲れた頭に鞭打って船長へと提案を持ちかける。


「で、船長。ひとつご相談がありやんすけど」

「なんだ急に揉み手なんざして気色の悪りぃ……まぁだいたい予想はつくけどよ」

「ゲッヘッヘ、さすが旦那!」

「おおかたワイバーン退治の報酬代わりに、テメェらの密航を見逃せってなところだろうが」

「グヒヒ、察しが良くって助かりまんがな」

「ムカつくから、それやめろ………譲歩出来るもんも出来なくなりそうだわ」


 なんか交渉する時に変なキャラを付けたくなるのってなんでだろうね?


「やめます、やめます! じゃあ………?」

「とりあえず官憲に突き出すのは勘弁してやる」

「いよっ、さすが社長!! 大海の如きそのデカい器にこのゴリョウ、まっこと感服致した次第であり申す!!」

「そうか。そんなに臭いメシが食いたいなんて奇特な奴だな」

「わー、嘘! 冗談ですって船長〜!!」


 あっぶねぇわ。ほんとこの世界。


 とは言え、ひとまずは危機を乗り切ったと考えて良いのではないだろうか?


 俺はデューとハドリーの2人に、この船ではもう隠れずにいて良い事を伝えながら、少し満足気に思った。


 なんせ密航者と疑われて捕まってた件も、ワイバーンに襲われてあわや大惨事といった件も、どちらも解決したのだ。


 あとはそうだな。異世界転移ですべき事は、数多くのWeb小説テンプレを見てきた俺にとっては、もはや神が定めし未来予想図を持ってるが如く明確である。


 なぜ俺がこの世界に来たかを知り、俺の中に眠っている(予定の)チートが目覚めて最強になり、地球の知識(必要に応じてウ◯キペディアが一語一句漏らさず頭に浮かんでくるはず)で商売ウッハウッハ成功して大金持ちになって、美少女たちに言い寄られて(参ったな、でも誰も泣かせたくないし皆んなが幸せになるために)仕方なくハーレムを作ることだけだ!



 ………………………。



 一歩も進んでねぇな! おい!!

 色々あった気がするのに、まだスタート地点みたいな?

 いやむしろ町どころか陸にすら辿り着いてないってそれ以下じゃない?

 もしかして俺Tueeeeツエーーー系じゃなくて、俺Tureeeeツレーーー系なのか?

 そんなジャンルあるのか知らんけど。


 だいたい、よく見りゃそこら中が血塗れで気色悪りぃ上にクセェし、よく見ないようにしてっけどワイバーンに焼かれた死体みたいなのがチラホラ視界に入ってぶっちゃけ吐きそうだし!


 俺は湧き起こる魂の叫びを、もはや声に出さずにはいられなかった。



「うぉぉおおおおっ!!! おウチかえりたぁいよぉぉおおおおぉっ!!!」



 ………よおぉ〜〜〜


 ……おぉ〜〜


 …ぉ〜



 混じりっけの無い純粋で、ありったけの雄叫びが大海原に木霊こだまする。


 これにはデューや船長どころか、あのハドリーまでちょっとビックリしたのか、こちらに向けた目を丸くしているようだ。


 ふふ、そんなにジックリと見てくるんじゃあないよ。

 ゴリョウさんホントはもう穴があったらムーンサルトかましながら一目散に飛び込みたいくらい恥ずかしいんだから勘弁してやって!



 …ぉ〜


 ……おぉ〜〜



 こんな時に限って木霊こだまのやつが無駄に良い仕事しやがるぜ。学校の遠足とかで山登りした時とかはイマイチな………


(ちょっ、ちょ待てよ!? なんで反響する山もないのに木霊なんて……?!)



 ……ォオオッ



 ぞわり、と背中を這い寄る悪寒。

 本能的にそちらへ振り返る。


 すると水平線に近い空。

 その青色を侵食するかのように、黒い点が蠢いていた。


「あれ……は?」


 見る見るうちに黒い点は夥しい数へと膨れ上がりながら、この船へと向かってくる。



『グァァォ!!!』『ルロロァッ!!!』『ギュルァァ!!!』『グギァァォアアアッ!!!』



「ワワワワ、ワイバーンの大群!!?」


 それは数十匹にも及ぶ飛竜ワイバーンの群れだった。


 一匹退治するのですら、この船が半壊しそうなほどの被害を受けたのだ。それがあの数に襲われたなら……


 身の毛のよだつような咆哮が近づくにつれ、どんどんと絶望感が深まっていく。


「ゴリョウ、今お家に帰りたいって叫んでたけど……」


 ワイバーンの群れに目を向けたままデューが言う。

 常に元気溌溂な少年にしては珍しく、その表情は少し強張こわばっているように見えた。


「もしかしてアレ、お迎えだったりする?」


 そうそう、ウチって割と過保護でさ。


「なわけねーだろ。少なくともデュートモダチに紹介出来るような知り合いじゃあなさそうだ」

「そっか、残念」

「……ほんとにな」

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