第4話 アタックフロムザスカイ

 


「弓だ! 弓で撃ち落とせ!! これ以上、火炎弾ファイアーボールを喰らったら……」



 ズゥガァァアアッーーッ……!!



「ゔぃぎゃあぁあああっ……!!」

「ク、クリーズゥ!! ああっ、クリーズがやられちまった!! 船長ぉお!! クリーズがぁ!!」

「うるせぇ落ち着け!! いいから今は弓をガンガン射ちやがれ!! 早く堕とさねぇと俺たちもまとめてお陀仏だぞ!!」

「それより水だ!! 誰か水持ってこい!! 消火が先だ!!」



 船員の誰にも見咎められことなく、甲板に辿り着いた俺の視界へと飛び込んできた燃え盛る炎。

 その炎の隙間を縫うように、弓矢や水桶を持った船員たちが大声で叫びながら右往左往している。


 俺は甲板と船室を繋ぐ出入り口のあたりに立っていたハドリーを見つけてすぐに声をかける。


「ハドリー! 何が起きてるんだ! それにデューは!?」

「……………」

「おいっ、なに見て………」


 無言のまま空を仰ぐように見ているハドリーの視線の先。

 そこには。


「………へ?」


 船を焼く炎によって空の半分は灰色の煙に覆われている。

 その煙を引き裂きながら鳥のような翼を持ったナニかが飛んでいる。

 ただ鳥にしてはデカすぎる。そして体の表面を覆う質感も羽毛にはとても見えず、むしろ爬虫類の鱗のようだ。


 そう、それはまるでゲームや漫画の中にしか存在しないはずのーー


「ド、ドドドド、ドラゴン!!!?」



 グルゥアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!!!



 腹に響くような咆哮が周囲を揺らす。

 さらによく見ると、一本一本が俺の拳より大きそうな乱杭歯の隙間から、チロチロと残り火のようなものまで漏れ出ている。


(オイオイオイオイオイオイィぃぃィイ!!!)


 オイしか出てこないほどテンパった俺の横で、いまだに表情を崩さないハドリーが口を開いた。


「ゴリョウ、あれはドラゴンではなく飛竜ワイバーンです。同じようなものと思っている人も多いようですが、正確にはまったく違う種族です。そもそもドラゴンと違ってワイバーンは………」


 なんか豆知識みたいなこと言ってるがまったく頭に入ってこない!! そりゃそうだ! どんな奴だってドラゴン? ワイバーン? どっちでもいい!! ドラバーン君に近い席でお勉強に集中なんてできるわけがない!!


「お馬鹿!! そんなこたぁ今はどうでもいいんだよ!!」

「むっ、馬鹿はどっちですか。そもそもあなたが間違ったことを……」

「だぁぁああまらっしゃい!!」


 とにかく今は自分たちの安全を! その前にデューはどこいった?


 煙で染みる目を必死に凝らしながら少年の姿を探してみる。するとデューは見当たらないが、俺のことを捕まえて檻へと閉じ込めた犬耳のオッさん、もとい船長の姿が煙の先で見て取れた。

 ついでにバッチリと目があってしまう。


「お、おい、そこのオマエ!! なんでここにいる!? 檻からどうやって出た!? それにその女は誰だ?」


 今ごろになって俺とハドリーの存在に気がついた犬耳船長が、まるで掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。


 ああ、くそっ!!

 こんな時に。いいからほっといてくれっつーの!!


 俺はハドリーを背中で隠すように移動しながら、船長に向けた手の平をブンブンと動かす。


「待て待て! 船長!! 今そんな事気にしてる場合じゃないでしょう!?」

「あぁ!? んなこたぁ分かってるが……ちっ、くそ!! おい、テメェ、一つだけ確認させろ!」

「いいけど、俺の名前はテメェなんかじゃなくってゴリョウだって捕まったとき教えたろ!」


 テンパり過ぎて俺の方こそ今すべきじゃない事を言ってる気もする。が、もはやこの状況で何が正しいのか判断した上で言葉にするなんて器用なマネは到底無理な話で。


「うっせぇ知ったことか!! このワイバーンの襲撃、まさかテメェらが絡んでるなんてこたぁねぇだろな!?」

「はぁぁぁああっ!? あんなおっかねぇ生き物を自由に操れるんだったら、もっと肩で風切りまくって闊歩するような人生歩んでるわ!!」

「んだとぉ! 男なら誰にも頼らず堂々と歩いてみせんかい!!」

「はい、でーたぁーー!! そういう理想論振りかざす感じのお説教!! 人間は機械じゃないんですぅ!! 感情と思考と行動のあいだには、それぞれしかるべき距離があるんですぅ!!」

「そういう事を………ぐぬぬっ、今は言ってる場合じゃねぇだろうが!!」

「だから最初っから俺はそう言ってるでしょうが!!」


 俺と犬耳船長で睨み合うこと数瞬。

 だがいまだ白煙と怒号が飛び交う船上で、そんな事を引っ張っている余裕が無いことは互いに百も承知だった。


「ちっ……まぁテメェみたいな腰抜けがワイバーンを操れるわけがねぇのは分かった。邪魔だから船の奥にでもスッこんでろ。それに、こんだけ騒げばクィナの沿岸警備隊もそろそろ救援に来てくれんだろうしな」


 人のことを勝手に臆病者チキン扱いした犬耳船長は、もう用は済んだとばかりにクルリと踵を返して、また船員たちを指揮し始めるのだった。


 色々と言い足りない気持ちもあったが、ひとまず今は無駄な疑いを掛けられずに済んだことで良しとしよう。というか、クィナが何か分からんが救援も期待できるってことだし。


「ハドリー、とにかく今はデューをさがさないと」

「いました」

「おっ、見つかった? いったいどこに……」


 ハドリーの白く細い指先が示した先は、船の帆柱マスト頂点あたり。


 メイン帆柱マストから横に伸びるヤードリフトのうち、最も高い位置の先端に我が友……デューは颯爽と立っているのであった。

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