第11話斯く斯く然然なのです(3)Por tal y cual razón】
「じゃ、話してちょうだい」
前子さんの旦那さん、アントニオさんが書斎にこもり、送って行くよと言ってくれた孝行息子のラファエルさんも自分の部屋に戻っていった。
私は、リビングで前子さんと対峙している。
今の状況を話すだけなのに異様に緊張している。心の中では、早く起こしてくれ、Penpenと思っている。が、もう逃れようがない。私は重い口を開いた。
「あの、ランチと夕食、ごちそうさまでした。美味しかったです」
まずは、礼儀として食事のお礼を言ってから、本題に入った。
「あの、変な話しですが、これ、私の夢ですよね?」
「はい?夢って、何が?」
前子さんが気色ばんでいる。
「koukoさん、まずは私の思ったことを話すはね。あなたはちゃんとした方だと思うの。礼儀をわきまえているし、受け答えもしっかりしているわ。私の中では、きちんとしているお嬢さんだと、今も思っているの、不思議だけれど。だからこそ、そうよ、だからこそよ。あなたは、ユーロの持ち合わせがないだけでなく、宿泊するホテルもない。急に思い立って、あと先考えずに来ちゃったというには無理がある。あなたは、何者なの?一体、何の目的で、Sevillaにいるの?」
そういうと、キリッとした表情の前子さんは、座り直して私の顔をじっと見つめた。
『これ夢でしょ?』
私はこの状況に大いに戸惑っていた。話せと言われたって、自分の夢の中なのだ。何をどう話せというのだ。第一、夢っていうのは支離滅裂なのが普通じゃなかったっけ?あり得ないことの連続でさぁ。それを、理路整然と話せっていうのは、難しいよ、前子さん!
けれど、私の葛藤なんて前子さんが知る由もなく、『言いなさい』という圧を送ってくる。
急に思い立って来たわけでもないし、いやいや、来ようなんて小指の先ほどにも思っていなかった。ましてや目的なんてあるわけがない。
しかし、ここは話さなければ前子さんの追求から逃れられないだろう。さっきは、遮られてしまったけれど、何をどう言おうが、これほど端的に自分の考えを伝える言葉はない。だから私は、断固とした姿勢でもう一度、繰り返した。
「私は、これは自分の夢の中だと思っています」
「💢💢💢」
前子さんの表情が、一気に曇るのがわかる。この後に及んで、何を言ううのかという思いだろう。でも、私は、そんな前子さんの様子を無視して話しを続ける。
「玄関を出たらトゥリアーナ橋だったんです」
「玄関出たらサトウのご飯じゃあるまいし・・」
かなり苛立った様子でボソッと前子さんが呟いた。
わぁ、怒ってると思いながらも『それを言うなら玄関開けたらだろう』と、頭の中で思わず突っ込んでしまう。
「本当なんです。本当に買い物に行こうと思っただけなんです。なのに、玄関を出たら、理由は分からないけれど、気がついたらトゥリアーナ橋に立っていたんです。最初は驚きましたよ、流石に。でも、今朝はPenpen、うちの猫なんですけど、Penpenに起こされて早起きしちゃったから、きっと朝のテレビを見ながら寝ちゃったんだなと思うしか、理由が思い当たらないんです。こんなにリアルな夢なんて、生まれて初めてで、夢を見始めてから時間も結構経っていると思うけど、でも、夢と考えるしかないんです。その他に、理由が思い当たらないんです」
「koukoさん、そんな突拍子もない嘘をつくなんて、理解できないわ。どうせなら、もう少しましな嘘はなかったの?」
「嘘じゃないんです。本当に私、買い物に行こうと家を出たら、Sevillaだったんです。信じられないのはわかります。私だって、困ってるんですから。早く、目が覚めないかとさえ思っています」
「koukoさんは、あくまでも夢の中だと言い張るのね。じゃあ、この世界は、あなたが作り出した夢の世界で、私たち家族は、あなたが作り出した夢の世界の住人ってことなの?では、あのバルのカマレロも、あなたがすれ違った人たちも、全員、夢の中の住人なのね?」
前子さんの言葉に、そういうことになるのかと、妙に納得してしまう。
「でもね私は、日本での生活も、アントニオと出会った時のことも、結婚してこっちに来た時の両親の寂しそうな顔も、ちゃんと覚えているし、話すこともできる。私は自分が生きてきた過去を振り返ることができるのよ。でも、その過去も、あなたが作り出した架空のものだというの?」
前子さんの言葉に、私の確信が揺らぎ始めている。確かにここが私の夢の中だとすれば、前子さんの思い出も、その存在も、架空ということになるのだから。
「夢じゃないのなら、どうして私、ここに居るんだろう」
これが現実なら、私はSevillaに空間移動しちゃったということになる。では、どうやって私は日本に戻るのか?いや、その前にPenpenだ。夢だと思っていたから気にしていなかったけれど、あれから半日以上、時間が過ぎている。お腹を空かせて、人間がご飯を出してくれるのを待っているはずだ。
今日、何度目だろうか。わからないけれど、今日一の『どうしよう』が、頭の中をグルグルしている。
私の困惑が伝わったのだろうか。ふと気がつくと、前子さんから圧が消え、やさしい表情に戻っている。
「あなたは猫ちゃんに起こされて早くに起きたから、朝のテレビを見ながら眠っちゃったと思っている。そして、この状況は、夢だからだと思っていると。そういうことね?」
私は前子さんの言葉にうなずいた。
「頭からkoukoさんの話しを否定するつもりはないけれど、だからと言って信じるだけの根拠もないわ。ただね、あなたの夢の中説には賛成できないの。だって私もラファもアントニオも実在しているのよ。私たちには積み上げてきた歴史があるの。あなたも写真を見たでしょ?あれは一部だけれど、私たちが現実の世界で生きてきた証よ」
前子さんが言っていることは正論かもしれない。確かにそうだと思っている自分がいる反面、『じゃあ、どうして私はここにいるの?』という当たり前の疑問が湧いてくるのも仕方がないことだろう。
「まずは、夢なのか現実なのか。それを確かめる必要があると思うの」
「確かめる?どうやって、ですか?」
「はい、これ」
そういうと、前子さんは自分の携帯を差し出した。
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