07話.[動いているよね]
「立端っ、すぐに開けてっ」
「え、わ、分かった」
連絡先を交換していたのにこれが初めてそれが役立った瞬間だった。
開けてみたら物凄く慌てた感じの彼女がいたから中に入ってもらう。
それからなんか落ち着いてほしくて温かい飲み物を渡しておいた。
「……変なのに追われててさ」
「えっ」
「はぁ、まさか私が対象に選ばれるなんて思っていなかったわ」
というか、もう二十一時を過ぎているのになにをやっているのかと言いたいところだった。
そりゃそんな時間に出歩いていたらそういうリスクだってつきまとうわけで。
もちろんそんなことをしたその人間が一番悪いが、自分にも原因があったということを分かった方がいい。
まあ、そんなことは言わないけどさあ……。
「今日は泊まってもいい?」
「え、着替えとかは……」
「もうお風呂には入っているから」
「分かった、それなら客間に布団を敷くよ」
「待って、まだ後でいいわ」
ふぅ、こちらも少し落ち着こう。
ソファに座って足をゆっくりと伸ばした。
いまはなにかを言われたくないだろうから黙っていた。
誰かが来ているときにここまで静かなのは初めてのことだと言える。
気まずいとかそういうことはなかったが、ハルカは既に部屋でゆっくりしているのもあって他のことをすることもできずにいた。
「悪かったわね、いきなり来て」
「大丈夫だよ」
「荒谷の家とかに比べたらあんたの家の方が行きやすかったからさ」
「地野さんを守らなければならないということを考えたら荒谷君の家の方がよかったかもしれないね、力だって強いからさ」
もっとも、追われていたわけだから距離次第ということになる。
そもそもどこら辺から走ってきたのかが分からないから言っておきながらなんだがそっかとだけ言っておくのがベストだった気がした。
迷惑とか勝手に判断されても困るし、そこは気をつけなければならない。
そうでなくても現在の状態は普段とはやっぱり違うわけだからね。
「……どうせなら文菜の方がよかったとか思っているでしょ」
「えっ? いや、そんなこと思ってないよ」
「そりゃそうよね、文菜はこんな時間に出歩いたりしないもんね」
「ちょっと待って、本当にそんなこと思ってないからさ」
余計なことを言わなければよかったと後悔したがもう遅い。
なにが相手を不安にさせてしまうのか分からないから余計に黙っているしか……。
ただ、ここでハルカが下りてきてくれたから助かった。
こういうときこそ可愛い存在に触れていたら安心できることだろう。
僕の言葉なんかより遥かに価値がある。
不安にさせてしまうだけの僕なんか寧ろここから消えた方がいいぐらいだ。
というわけで、ともできなかった。
なんにも力になれないが黙って存在していようと決めた。
「にゃ~」
「……あんたは本当に優しいのね」
ちょっとソファから移動する。
いまはとにかく安心できる存在と一緒にいてほしい。
僕は椅子に座って壁を見たり天井を見たりしていた。
喋りかけるだけが全てではないが、黙っていることが相手のためになっているのかどうかを延々考えていた。
これだったらまだ強制的に客間で休んでもらった方がよかったと思う。
ある程度時間が経過してからハルカに行ってもらえば完璧だったんだ。
「た、立端」
「どうしたの? って……」
気づいているのか気づいていないのか彼女は「八つ当たりしてごめん」と謝ってくれたが、正直、それどころではなかった。
指摘するとまた怒られてしまうかもしれないから黙って綺麗なタオルを取ってきて渡しておいた。
すぐに戻ったから見てないアピールもできたはず……。
「馬鹿よね、こんな時間に出ておきながら被害者面して、こうして優しくしてくれたあんたにも八つ当たりしてさ」
「僕は頼ってもらえてよかったと思っているよ、理由がどうであれね」
友達としてすら好かれていなかったら候補にも挙がらないだろうから。
でも、今日みたいな理由で頼ってくるのはもうなしにしてほしい。
危ないから行動するにしても朝にするか、信用できる人間に来てもらってからするとかにしてほしい。
泣き顔なんて見たくない、それが仲良くできている相手なら尚更のことだ。
「今日はもう寝させてもらうわ」
「うん、ゆっくり休んでよ」
布団を敷いてから部屋に戻ってきた。
久しぶりにハルカがいないから少し寂しいが、甘えてばかりではいられないということで片付けておいた。
一瞬加藤さんに連絡しようかとも考えたものの、説得力がない気がするから電源を落として部屋の電気を消した。
加藤さんや荒谷君だったらどういう風に接したんだろう。
寧ろ多く話しかけることでごちゃごちゃ考えさせないようにしたんだろうか?
それとも、こんな時間に出ていたことを駄目だとちゃんと言ったんだろうか?
どちらも僕にはできないことだった……って、いや違うか。
どうなるのか分からなくて、怖くて、時間経過でどうにか変わってくれるのを待とうとしてしまうんだ。
「やめよう」
考えたところでもう変わらないことだ。
明日も学校があるからと寝ることに集中したのだった。
「荒谷君、ちょっといいかな?」
「もう連れて行く気満々だよな」
「ちょっと来てよ」
本人から許可も貰っているから問題にはならない。
ちなみに全て説明したら「は? なに馬鹿なことをしてんだあいつ」と呆れたような顔になっていた。
……ああいうときにはこれぐらいの態度でいてもらえた方が楽だったのかな。
「ただ、俺は部活があるから動きようがないぞ、それこそ帰宅時間とかを合わせていたら本末転倒だからな」
「確かに……」
「お前じゃ駄目なのか? 家まで送ることぐらい何回もしてんだろ?」
「そうだね、放課後になったらすぐに帰ってもらえばいいか」
「夜に出歩かなかったら大胆なことなんてその不審者もできねえよ」
よし、それならそうしよう。
もっとも、本人が受け入れてくれるかどうかは分からないけど。
「――ということなんだけど」
「え、じゃあハルカに触れないってこと?」
「しばらくは十八時までには家に帰るべきだと思う」
「なんだ、それならいいわね」
「うん、加藤さんにも活動時間を三十分ぐらいに減らしてほしいと頼んでくるよ」
彼女が無理になったばっかりに次は加藤さん、みたいな流れになっても嫌だからこれでいいはず。
そもそも寝てしまうことが多いから家で休んだ方が絶対にいい。
「待って」
「ん?」
これはまた複雑そうな顔だ。
いいわねと言っていたのになにか引っかかることでもあったんだろうか?
活動もできるし、自分を守ることもできるわけで。
「それはいいでしょ、あの子は活動したがっているんだから」
「ふたりに気をつけてほしいんだ、また現れるかもしれないからしばらくは加藤さんにもそう行動してもらおうと考えたんだけど」
「私のは自業自得よ、私のせいで活動時間が短くなったら嫌でしょ」
当日によって終わる時間がそれぞれ違うというのも問題点だった。
この前みたいに残ったりすると十八時を普通に過ぎてしまう。
帰ってとも言いづらいからそういうところも微妙な点だと言えた。
「そんなことないよ、加藤さんがそんなこと――」
「あんたはいつから文菜になったわけ? あの子だってね、なんでもかんでも言えるわけじゃないのよ?」
「いや、それでも加藤さんがそんなことを言うわけがないからね」
確かにこれは勝手な押し付けかもしれない。
そういう存在であってほしいという願望かもしれない。
彼女が言うように、本当は我慢していることも多いのかもしれない。
だが、友達のために動ける存在でもあるんだ。
そういうことがあったと聞いてなにもしないわけがない。
一ヶ月ぐらいしか関われていなくても見てきたのであればそう考えるはず。
「どうしたの?」
「地野さんから聞いてよ」
いまはとりあえずまた離れることを選んだ。
言うか言わないかは分からないが、加藤さんは結構鋭いから隠しておくのは無理なんじゃないかと想像してみた。
どうなっても僕は地野さんに合わせるつもりでいるから問題はない。
「ちょ、ちょっと立端君! どうして昨日言ってくれなかったのっ」
「加藤さんだけを贔屓しているわけではないと地野さんに分かってほしかったんだ」
「元々立端君は私だけに優しいわけではないでしょ?」
一緒に付いてきていた地野さんを見てからそう言ってきた。
僕としてはそれも事実だからそうだねとしか言えなかったことになる。
「加藤さんも協力してほしい」
「当たり前だよっ、それにそういう人がいると分かったら怖いし……」
「うん、ちゃんと送っていくからさ」
残念ながら地野さんは嫌そうな顔をしていたが、それでも加藤さんがこう言ってくれているんだからと分かってくれるはずだ。
これでとりあえずは一ヶ月ぐらい様子を見よう。
とにかく夜に外にいるようなことにならなければそれでいいんだ。
そうしたら荒谷君も言っていたように手出しすることもできなくなるから。
あとは家にまで来るような物凄く非常識な人間ではないことを願うしかない。
「立端、あんたちょっと来なさい」
「分かった」
怒られるかと思えばそうではなく、違う方を見ながらだったが「あんがとね」と言ってくれた。
別にありがとうと言ってほしくてしたわけではないものの、こういうところが本当にいいところだと感じている。
「つかあんた露骨すぎ、明らかに文菜を優先しているじゃない」
「いやほら、加藤さんなら絶対にああ言ってくれると思ったからさ」
「それって願望の押し付けじゃない、本当なら私が我慢すればいいと思っているかもしれないわよ?」
「ないない、加藤さんじゃなくてもそれはないって分かるよ」
まあ、もし言うことを聞いてくれなかったら別々に送っていただろうなと。
誘ってくれれば付き合うと言ったのも僕だ、それを守らないで他のことを優先していたら悪く言われても当然だから。
だから「当然だよ」と言ってくれたのは本当にありがたいことだった。
「……つか、昨日のは忘れてよね」
「できるかどうかは分からないけど、そうできるように頑張るよ」
「はぁ、まさか涙が出るなんてねえ……」
「泣きたいときは泣けばいいよ、怖い思いを味わったら誰だってそういう風になるんだから」
それは恥ずかしいことには該当しない。
ただまあ、そうではなくて僕の前でだったから嫌なんだろう。
だからこちらは忘れる努力をすればいい。
相手が嫌がることを嬉々としてやるような人間ではないんだ。
「格好つけ野郎」
「え、これは格好つけているわけではないでしょ」
「された側からすればそう見えるのよ、馬鹿」
「えぇ」
今日はもうそういうモードになってしまったから諦めるしかなかった。
「ねね、耳の感触ってどんな感じだった?」
「え? あくまで普通だけど」
隠す必要がないからそのまま説明しておく。
というか、いちいち聞かなくてもまた戻ってきたそれに触ればいいと思う。
やっぱり彼女は耳とかを出している方がらしいので、なんか嬉しく感じている自分もいた。
「へー、触り慣れているんだね」
「え゛、そんなことはないけど……」
「そうなの? あんなに上手に沙莉ちゃんの頭を撫でていたのに?」
「あれは無理やりそうされただけ――」
「でも、触れたよね?」
ちなみにいまは彼女を送っている最中だった。
地野さんの自宅の場所的に必ずこうなるからその点は気にならない。
でも、今日みたいな感じだと困ってしまう。
「そもそもさ、仮に追われていたとしても真っ直ぐ立端君を頼るところが怪しいんだよね。だって家に逃げ込みたいという状況なら私の家でもよかったよね? 立端君の家まで走るよりよっぽど近いよね」
「正直、どこにいて、どこから追われたのか分かっていないからね」
仮に自宅を出てすぐだったということなら僕の家の方が近いことになるんだし、そもそも終わってしまった話だからどうしようもなかった。
ひとつ言えるのはいい対応をできたわけではないということだけ。
あと、危険なことに巻き込みたくないという気持ちがあったはずなんだ。
「それになんかふたりを包む雰囲気が甘々だし……」
「え、あれを見てそう感じたの?」
「……あんなのただ素直になれてないだけじゃん」
「そうかなあ……」
僕より長く一緒にいるから分かるということなんだろうか?
僕的には全く甘い雰囲気は感じられなかったけど。
もしそういう感じになったらまず僕自身が気づかないわけがないからね。
非モテであったのは事実だが、鈍感というわけではないんだ。
「なんか複雑なんだよね」
「ちゃんと活動するよ、地野さんばかり優先するわけじゃないよ」
「……別に部活のことで複雑になっているわけじゃないし」
足を止めてしまったからこちらも止まるしかなかった。
彼女はこちらを見たまま黙っている。
見られたまま黙られているとなにかがついているんじゃないかという気持ちになるからやめてほしい。
「三人で集まっていても沙莉ちゃんとばっかり喋っているよね」
「それは加藤さんが寝ちゃっているからだよ」
「うっ、で、でも、起きていても沙莉ちゃんとか珠花ちゃんを優先するじゃん」
「あー……完全にそういうことがないとは言えないかな」
「ほらー! やっぱりそうじゃん!」
つまりこれは……妬いているということなのかな?
別にモテモテな人間というわけでもないんだから心配しなくていいのに。
寧ろ喜んで相手をさせてもらうのになにを不安になっているんだろう?
「……好きだからなの?」
「人としては好きだけど」
「はぁ、なんでこういうときにそう答えてしまうんですかね」
友達だから動いてあげたいと考えているだけだ。
その先のことを考えたところで意味がない。
これまでのことで発展することはないと分かっているから。
多分、こんなことを言っているが求めてくることはないだろう。
ショックを受けたりなんかはしない、その方が自然なことで。
だからもし、もし今回は違うということなら驚きすぎて一日ぐらいは寝られなくなると思う。
飽きずに僕と関わってくれる不思議な存在だし、まあ、なにかが間違った結果そうなっても……。
「女の子として好きだから優先しているのっ?」
「違うよ」
「私にも?」
「うん、いまは友達だから動いてあげたいと考えているだけだよ。でも、いや、なんでもない」
考えるのと言うのとでは全く違う。
こんなのそれこそ願望というか、自惚れというか、気持ちが悪い妄想野郎だ。
「言ってよ」
「……もし加藤さんが求めてくるようなことがあったら僕は……」
「でも、それって沙莉ちゃんから求められても同じってことだよね」
「……そうだね、これまでは誰からもそういう意味で求められなかったからさ」
僕だってそういうことに興味がある。
ただ、自分を分かっていたからそういうのを表に出してこなかっただけで。
女の子特有のことかもしれないが、こちらを揺らすのが上手いというか……。
つまり、もう少し考えて発言や行動をしてもらいたい、ということだった。
「なんか不安になっちゃうなー」
「もちろん、こんなのは妄想みたいなものだから」
結局、今回もなにもありませんでしたで終わるんでしょうよ。
それでも現時点では友達でいられているんだからそれで満足しておくべきだ。
求めすぎるとそれすらもなくなってしまう。
「立端君って実は自分を守るために動いているよね」
「うん、そうだね」
保険をかけておけば断られても仕方がないと片付けられるかもしれない。
直接否定されたらそりゃ引っかかり続けるだろうが、なんかそうした場合だとその期間も減るような気がして繰り返している。
これじゃあ一緒にいる身としては安心できないよね。
なにかがあった際には自分を守ることだけに集中しそう、そういう風に考えられてもおかしくはない。
なので、馬鹿だからこんなことを言ってしまうんだと答えておいた。
せめて友達ではいたかったが、離れたいなら自由にそうしてほしかった。
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