04話.[美味しくないよ]
「駄目だ……」
あれから一週間ずっとハルカの機嫌が悪いままだった。
それどころか攻撃も仕掛けてくるから怖い存在だと言える。
ご飯をちゃんと食べてくれていることだけは幸いかな、と。
「それに最近は全く活動もしていないし……」
加藤さんが全く誘ってこないんだ。
その話をしても「あー」とか「今日は」とか言って躱される。
もしかしたら荒谷君になにかを言われて辞めることにしたのかもしれない。
ただ、仮にそうなっても前に言った通り仕方がないと片付けることができる。
だが、それならそれではっきり言ってほしかった。
「にゃ~」
「よしよし」
こうやってしゃがんでぼけっとしていると猫が勝手にやってきてくれるという点はいい点だと言えた。
ハルカはあんな感じだし、すぐに帰っても意味はない状態だからありがたい。
「元気に生きてくれよ」
意地悪な存在に見つからないように頑張ってほしかった。
そうすれば病気とかを患わない限りは元気よく生きられることだろう。
ご飯の問題は人間の僕には分からないぐらい大変だろうけど……。
「ねえ」
「わっ、い、いつからいたの?」
気づいたら知らない女の子が立っていた。
加藤さんと地野さんには妹さんがいるわけではないから全く知らない人ということになる。
まだ十七時半とかだからこんな時間になにやっているの? とはならないが、どうして話しかけてきたのかがまるで分からなくて固まることになった。
ちなみに彼女は気にした様子もなく「いま来たところだけど」と答えてくれた。
「猫、私も触りたい」
「うん」
特に怖がって逃げてしまうということもなく、彼女にされるがままだ。
野生で生きている身としてはいいのかどうかは分からない。
「可愛い」
「そうだね」
「でも、もう駄目だね」
「え?」
「ほら、あんまり触ると駄目でしょ?」
なんだ、そういうことか。
確かにその通りだから下ろしたらゆっくりと歩いていった。
「猫、触りたかったんだ」
「そうなんだ、じゃあ丁度よかったね」
いまのこの中途半端な状態の僕からしたら本当にありがたいことだった。
無理やり抱いたわけでもないし、足の上に座ってきていたのもあの子の意思だから問題ないと思いたい。
でも、なんか温かさがなくなった瞬間に悲しくなってしまったという……。
「名前教えて」
「立端哲義って名前なんだ」
よく端、というか、外とかにいるから合っている気がする。
義理堅いとかそういうことではないから名前は合っていないけど。
彼女は「そっか」と言って先程の猫みたいに歩いていった。
いつまでも外にいたところで仕方がないから帰って休むことにした。
「ふぅ」
いまは食事の時間より入浴している時間の方が好きだ。
温かくて気持ちがいいので、ついつい長時間になってしまうところだけは微妙な点だと言えるかもしれない。
それになんでもそうだが、複雑さとかがあるときはさっさと寝てしまうのがやはり一番なんだ。
「大丈夫だよね」
ちゃんと食べているし、水だってちゃんと飲んでくれている。
ソファの上で丸まって寝ているから電気を消して二階に移動して、まだ二十時にもなっていないのにベッドに転んで目を閉じた。
余裕がなくなっているのかもしれない。
だからいちいち小さなことで引っかかって駄目になってしまう。
荒谷君とかと楽しそうに話している加藤さんを見ていると普通のことなのになんでだろうと考えてしまうときがあるんだ。
「誰だろう……」
連打されて無視できるような勇気がなかった。
「あ、よかった、起きててくれてて」
「か、加藤さん?」
こうなってくると起きててよかったとしか言えない。
とりあえず上がってもらって、飲み物を渡しておいた。
ハルカは僕以外なら全く問題ないのか早速足の上で丸まっているという……。
「いきなり来てごめんね」
「大丈夫だよ」
「最近、活動していなかったことについて話したかったんだよ」
頼むからいま言うのはやめてほしいとまで考えて、どうせいつか終わるのであればさっさと終わらせてほしいと考え直した。
「実はこの子が影響しているんだよね」
「ハルカが?」
「うん、だって必死に探さなくても立端君の家に行けばこの子と会えちゃうからさ」
長い時間歩く必要もなくなる。
別にハルカであれば頑張る必要もない、いまから懐いてもらおうとする必要もね。
でもそうか、やる必要があるのかと考えてしまったのか。
「ここで毎日活動することになっても僕は構わないよ、付き合うと決めたのは自分なんだからね」
どっちにしろ終わった後に送らなければならないから正直どこでもよかった。
というか、彼女が続けるということならいまも言ったように付き合うだけだ。
いまはひとりでいることになる方が問題だと言えるからどんどん誘ってほしい。
「それにここなら地野さんも来てくれるかもしれないからさ」
「そっか、そういえばそういう約束だったよね」
「うん、付き合うと言ってくれているからね」
あとはハルカが落ち着くかもしれないという狙いがある。
もしかしたら大好きなふたりを連れてこなくなったから常に不機嫌なのかもしれないと気づいた。
女の子だが女の子の方が好きなそれを満たせばこれまでみたいに仲良くやっていけるかもしれない。
いや、そろそろいい加減仲直りできないと困るんだ。
食欲とかも消え失せていくからどんどんガリガリになっていくし……。
「にゃ」
「ハルカちゃん?」
「来てほしいって言っているんじゃないかな」
いまはなんでもいい、どうせ猫後なんて分からないんだから勝手にそういうことにさせてもらえばいい。
少しの間彼女は考えているような感じで黙っていたが、少ししてから「分かった」と言ってくれたのだった。
「よかったねハルカ」
加藤さんを送って帰ってきた後にもう大丈夫だと安心して近づいてみた。
でも、何故か不機嫌のままで……。
「痛いよっ」
こちらを引っ掻いてからどこかに行ってしまったのだった。
「なんだそれ、リストカットか?」
「違うよ、最近は飼い猫の機嫌が悪くてね」
「へえ、現実と一緒であんまり好かれないのかもな」
って、結局どっちも現実だよ……。
まあでも、最近の様子を見るとそもそも好かれていなかったのかもしれない。
足の上で寝ていたりしていたのはご機嫌取りというか、ご飯を用意させるためだけにしていた可能性がある。
いまとなってはああいう態度でも用意してくれると分かったわけで、きっとよくなることはないんだろう。
いい点は加藤さん達が来ているときには出さないことだった。
「愛でるどころか嫌われてんじゃねえか」
「うっ」
今日徹夜で考えてきたことは元気ならそれでいいということだった。
つまり、仲直りすることはもう諦めているということになる。
だって仕方がない、あの状態で近づいたってハルカにとってストレスにしかならないんだから。
僕だって痛い思いを味わいたくないからなるべく不干渉を貫くんだ。
「つか、更に弱々しくなってないか?」
「そんなことないよ」
なにをするにしても中途半端なことは分かっている。
だからハルカに関することだけは極端にやってやろうと決めているんだ。
「哲義」
「ん? あ、きみはこの前の」
「ちょっと来て」
この学校の学生だということは分かっていた。
そういうのもあってベタに驚いたりせずに対応することができた。
何故こうしてまた来たのかは分からないから待つしかできないけど。
「哲義の家には猫がいるの?」
「うん」
「触りたい、行っていい?」
「大丈夫だよ、それなら放課後に案内するよ」
「大丈夫、哲義の家は知っているから」
結局目的地は変わらないから一緒に帰ろうと約束をした。
なんというかひとりにするとふらふら歩いて心配になるからというのはある。
あとはやっぱりわざわざ別行動をする必要がないからだった。
「もうひとり参加する? 沙莉ちゃんじゃなくて?」
「うん、同級生の女の子なんだけどさ」
年下か年上かとは考えていたものの、まさか同級生だったとはね。
別にそれでなにか不都合なことがあるというわけではないが、なんとなく勝手に意外だと感じている自分がいた。
関わってみなければ分からないというのは本当みたいだ。
「そもそも地野さんとは最近話せてないからね」
「あれ、そうだっけ?」
「うん」
彼女や荒谷君とは話しているから問題はないだろう。
寧ろそっちとも距離を置いていなくてよかったとしか言えない。
そうなった理由は間違いなくあのときの発言が関係していると思う。
そう考えると荒谷君が言っていたことはなんにも間違ってはいないことになると。
「じゃあハルカから嫌われてもなにもおかしくないな」
ということで片付けておいた。
放課後まで授業に集中して、放課後になったら校門のところであの子を待っていたのだが、
「来ないね」
「そうだね」
一時間が経過しても現れることはなかったということになる。
これだとあれだから加藤さんに鍵を渡して引き続き待っていることにした。
申し訳ないがこのまま待たせておくのも申し訳ないから仕方がない。
「あ、いた」
「どこにいたの?」
「校舎内を探してた」
「校門で集まろうと話をしたはずだけど……」
まあいい、さっさと家に行くことにしよう。
結構大人しく付いてきてくれたから
家に着いたら既に加藤さんの足の上でハルカが休んでいたからその点も安心できたということになる。
まあ、流石に大好きな人達に攻撃的な態度でいるわけがないよねという話だ。
「なんか悲しそう」
「僕が?」
「ううん、あの子」
あんなに寛いでいるのに?
なんなら加藤さんももう少しで寝てしまうんじゃないかというぐらいうとうとしているのに?
彼女は結構引っかかるような言い方をするから困ることがある。
「哲義は飼い主なのになにも分かってない」
「……近づくと攻撃されるから仲良くするのは無理だよ」
そりゃ人間関係と一緒で仲良くできるのが一番だ。
ただ、それもまた一方通行では意味がないんだ。
その状態で頑張ったところで「なんだこいつ」といった顔で見られるだけ。
だったらなにも動かない方が結局双方にとっていいんじゃないかと、正当化しようとしてしまうんだ。
「名前は?」
「ハルカだよ」
ちなみにこの名前を考えたのは自分だった。
僕は女の子ということと元気いっぱいなあの子を見てハルカという名前に決めた。
正直、響きが可愛いからとかそんな理由が大きかったんだけどね。
「ハルカ、こっちに来て」
元々、この家に来た人の近くにはすぐに行く子だから驚きとかもなかった。
彼女はそのままハルカを抱いてリビングから出ていく。
その間にこちらは加藤さんに謝罪をしておいた。
「あれっ、ハルカちゃんがいなくなってる……」
「すぐに戻ってくるよ」
飲み物を用意したら一旦制服から着替えるために部屋に移動した。
ベッドの誘惑を切り捨て、すぐに着替えて一階に戻ろうとしたときのこと。
「にゃ」
扉を開けたらハルカがそこにいて硬直した。
また攻撃されるんじゃないか、その場面を見られて面倒くさいことになるかもしれないと考えている間に彼女はこちらの足に体を擦りつけてきた。
「ハルカ……?」
触れようとしてみても攻撃してくることはなく、久しぶりに抱き上げることに成功してしまったという……。
一体これまでの時間はなんだったんだろうと考えた瞬間に涙が出てきてしまい、とてもじゃないがいま戻れるような状態ではなくなってしまう。
「ハルカは嫉妬していたんだよ」
「うわあ!? み、見ないでっ」
「別に泣いたって格好悪くないよ」
そうはいっても同級生の女の子に泣いているところを見られるのは恥ずかしいよ。
真顔だからこそ余計にこちらに精神ダメージが入るんだ。
「……って、嫉妬?」
「うん、人間にね」
「え、それってもしかして加藤さんとかに?」
「そうだよ、哲義があの子やもうひとりの子を優先してばかりいるからだよ」
いやまさかそれは……。
僕はあくまで外にいる猫に構っているからだと考えていた。
事実、触れてきた日なんかはすぐに怒ってきたから。
だからそんなことを言われてもいまいち信じられない、が、彼女と関わってからハルカが戻ったのも事実だからごちゃごちゃになって落ち着かなくなってしまった。
「あのー……」
「あ、加藤さん」
「私を放置してふたりで盛り上がるのはやめてください」
「そういうのじゃないよ」
とりあえずハルカを抱いたまま一階に戻ることにした。
もう色々引っ込んでしまったから恥ずかし死するようなことはないんだしね……。
「文菜」
「わっ、びっくりしたっ」
ふぅ、少しずつ戻して冷静に対応できるようにしなければならない。
やはり余裕がないと駄目だ、ちゃんと寝ないと駄目だ。
そうしないと楽しいことも楽しめなくなってしまうから。
「ハルカは文菜や沙莉に嫉妬してる」
「えー!? なんで私達に……?」
「飼い主を取られるかもしれないという不安からだよ」
今度は彼女の足の上で丸まっているハルカを見て本当かなあ? と不安になった。
もしそれが本当であれば、新しい女の子を連れてきたことでまた攻撃されるかもしれないからだ。
それに元々お客さんが来ているときは大人しい子だから……。
「え、というか……」
「最近は仲良くできていなかったんだ」
「……なんで言ってくれなかったの?」
「ほら、最近は一緒にいることもあんまりなかったからさ」
楽しんでいるところにそんなことを言われても困るだろう。
加藤さんを気に入っている荒谷君がまた暴れても嫌だったし、僕としては黙って活動するときだけ付き合うというスタンスでしかいられなかった。
「沙莉にも隠してばっかりだから話せなくなったんじゃないの?」
「違うよ、地野さんには加藤さんが心配だから来てくれているだけだよねと言った結果だよ」
「はー!? はぁ、立端君は優しいけど馬鹿だなあ」
優しいけど馬鹿ってかなり悪く言われている気がする……。
い、いいさ、どうせ高校を卒業したら会わなくなるんだから。
社会人になったらそれぞれのことに集中して過去の人のことなんてあっという間に忘れることだろう。
いや、それどころか三年生になったらもう就職活動とか受験勉強とかで忙しくなるからそのタイミングでかもしれない。
「哲義は馬鹿、なんにも分かってない」
今度は別の意味で泣きそうだった。
どうしてこう真顔で言い切ってしまうのか。
加藤さんも特にフォローしてくれるわけでもないし、なんならうんうんと頷いてしまっているぐらいだし。
「もういいよ……」
「だけどもう大丈夫、ハルカも分かってくれたから」
「……まあ、昨日までならこんな距離感でいたら攻撃されていたからね」
「これからはもっと相手をしてあげてね」
とはいえ、毎日寝る時間までは必ず相手をしていたんだけどな……。
なんならベッドで一緒に寝ることさえあった。
寧ろ不機嫌になったことで逆効果というか、本末転倒になってしまっているというか……。
「ハルカも飼い主に似ちゃったのか――」
「しゃー!」
「ご、ごめんってっ」
今日はゆっくりしてからふたりを送って戻ってきた。
ソファに寝転んでうとうとしていたらハルカが乗ってきて一安心。
頭を何度も撫でて、その温かさを味わって。
「舐めても美味しくないよ」
あのふたりばかりを優先していたわけでもないのになにをしているのか。
一応、こちらのことを気に入ってはくれていたということか。
もしハルカが喋ることができたらどういう風に話すんだろう。
地野さんみたいに~よという話し方かもしれないし、加藤さんみたいに~だよという話し方かもしれない。
また、人間になれるとしたらどういう顔になるんだろうか?
「少し寝るよ、おやすみ」
十分温かいから風邪を引くこともない。
また、縛り付けているわけではないから彼女は自由に行動できるわけだしね。
でも、できればずっとこうして座っていてほしかった。
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