03話.[なにやってんだ]
「お前が文菜や沙莉の近くにいたらふたりの価値が下がるんだよ」
「僕がいたってあのふたりの価値は下がらないよ」
だってこれまでも普通にいたのに周りの人はふたりの周りに集まっているからだ。
それを僕より近くで見てきたはずなのに分からないなんてちょっと冷静ではないとしか思えない。
僕憎しで本当に大切なことを見落としていたら意味がないという話だった。
「これだけ敵視してくるってことは加藤さんのことが好きなの?」
「は?」
「放課後の活動を無駄扱いしてきたのもそういう理由なのかなって」
「意味分からねえわ、なんであのふたりもこんなのといるんだろうな」
加藤さんは部活仲間だからで、地野さんは加藤さんの友達だからだ。
それ以上でもそれ以下でもない、心配しなくてもなにも変わらない。
別に午前中とかは彼の方が過ごせているんだ、いちいち気にする必要もない。
「荒谷君も猫に触れてみたらどう? そうすれば少しはカリカリしなくて済むよ」
「猫になんて触れるぐらいなら文菜の頭でも撫でた方がマシだな」
「それならそうして落ち着きなよ、無駄に敵視しても疲れるだけだよ」
理由がどうであれ無駄だなんだと言い切ってしまっては駄目だ。
自分がそうされたときのことを考えた方がいい。
真面目にやっているときに関係ない人間から「サッカーなんで無駄でしょ」なんて言われたら嫌だろうに。
そもそもほとんどがプロになれずに終わっていくんだから無駄、なんてことを言われる可能性だって結構高いんだからね。
「そもそもお前のせいなんだが?」
「それこそ君からすればカスみたいな人間でしょ? なのにどうしてそんな人間を敵視するのかという話だよ」
使えねえ野郎がいるな、程度で終わらせておけばいいんだ。
というか、それぐらいの余裕を持っていてほしいと思う。
こちらに少しも隙を与えないように、絶対にあれの真似をするのは不可能だと考えられるぐらいの存在であってほしかった。
「お前って苛められていても気づかなそうだよな」
「幸い、悪口を言われる程度で終わってきたからね」
「堪えたりしねえのか?」
「嫌だけど、他の人が言われているところを見るよりはいいかな」
ハルカに触れられるのが一番ではあるが、正直、寝ているハルカを見られるだけでもそういうのはどこかにやることができる。
運動能力などは残念でも翌日に持ち込まないというのはいい点だと言えた。
ごちゃごちゃ考えたところで過去のことは変わらないんだから仕方がない。
それより今日も楽しめるようにと行動した方が遥かにいいだろう。
「Mなのかもな」
「誰かが責められているところを見たくないんだよ」
ただ、悪口程度ならともかく物を隠すとかそういうことにまで発展してしまうと対応しきれなくなってしまうけど。
だって買ってもらった道具などを隠されたり捨てられたりしたら流石に流すことは僕にだってできない。
どうなるかは分からないが、少なくとも自分の目の前に持ってくるまでは引っ付いて離れない自信がある。
「ま、確かにそうだな」
「だからさ、無駄とか言ってあげないであげてよ」
「……そのことについてはもう謝っておいた」
「え、そうなんだ?」
「まあ、言い過ぎたのは確かだから……」
そうか、あのときは僕がいたからか。
加藤さんと地野さんのふたりだけしかいなかったら優しい荒谷君に戻ると。
そうでもなければ彼の周りに人が集まるのはおかしいという話になってしまうし、これは少し僕が悪かったのかもしれない。
確かに奇跡みたいなもので、いつ終わるか分からない関係だからなあ。
「ごめん、だけど加藤さんが来ているのはあくまで部活仲間だというだけだから」
「セクハラとかしねえなら別にいいぞ」
「し、しないよ」
変なことを言ってきてもこれまで完全にスルーしてこられたんだから。
簡単に揺れたりしないようなところもいいと思う。
もし僕がそういう人間だったらあのふたりが継続して来てくれるようなことはなかったはずで。
「意外と平和に終わったわね」
「あれ、もしかして聞いてたの?」
「最初は煽っていたから荒谷は怒鳴るかと思っていたわ」
「冷静になれば大人な対応ができるんだよ」
僕だって冷静ではないときは馬鹿みたいなことをしてしまうから気をつけなければならない。
だから荒谷君には僕みたいにならないように常に冷静でいられるようにしてほしいかなと。
「あんたってああやって動ける自分格好いいとか思っていそうよね」
「え」
「この前言いたかったのはそれよ、でも、今日ので我慢できなくなったの」
え、あれは格好つけていることになるの?
加藤さんの同性である彼女がするのならともかくとして、異性の僕がするのは問題行為になりかねないと?
ま、まあでも、本人に
「あ、いた! もう、なにふたりでこそこそしているのさー!」
「立端がまた格好つけていたのよ」
「誰になにに対して?」
「間違ったわ、荒谷を煽っていたの」
「えー! 立端君はそんなことできないと思うけど……」
煽っているつもりも微塵もなかった。
でも、見ていた彼女がそう判断するのであればこれも気をつけようと決めた。
「いたよっ」
「そうだね」
外で活動する日の方が多かった。
そうなると地野さんは参加してくれないからもう少しぐらいは僕の家で活動する日を増やしてほしいかなとハイテンションな彼女を見つつそう考えた。
ただまあ、ほぼ僕だけしかいないあの空間に簡単に異性を上げてしまうのは問題と言えるから難しい。
「そーっと、そーっと」
猫は気配とかに敏感だから既にこちらに気づいていた。
もう体だけは逃げる気満々だから触れることはできないだろうなと考えていた自分だったが、
「にゃ~」
「おお」
意外にも自分から近づいてきて彼女の足に体を擦りつけていた。
ハルカに怒られないためにもこちらは見るだけに留めておく。
……こうして近くで見ていると触れたくなってしまうのが恐ろしいところだ。
「さすがにお腹は触らせてくれないか」
「それはそうだよ」
外でいるからにはもう少し警戒心を持っていてほしいと思う。
なにかに襲われてしまったらあっという間に弱ってしまうことだろう。
人間的には可愛い存在に触れられてよかったという感想しか出てこないが、自分を守るために行動してほしかった。
「ありがとね」
「律儀だね」
「猫ちゃんにもそうだけど、立端君にも言っているんだよ?」
「どうして?」
渋々付き合っているとかではないんだから勘違いしないでほしい。
こうして見られるだけでも疲れが吹き飛ぶから寧ろ感謝しているぐらいだ。
あの辞める発言は彼女が暴走しがちで付いていけないときもあったから言っただけで、落ち着いたいまとなっては辞める必要なんかなくなったんだ。
「だってこうして付き合ってくれているでしょ? 一生懸命探したけど部員になってくれたのは君だけだったからさ」
それは彼女が探すことをやめてしまったからだ。
もしいまも継続して探していたら猫が好きな人が現れる可能性がある。
犬派などもいるからどうなるのかは分からないが、募集しているような雰囲気を感じられなかったら近づくことはしづらいはずで。
「付き合ってくれているのは地野さんもそうだよ」
「確かに馬鹿にしないでいてくれた、か」
「うん、それだけで十分だと思うよ」
興味を持ってくれなんて言うつもりはない。
他人の頑張っていることを否定するつもりもない。
だからこそ、こちらのしていることを否定してほしくなかった。
いいんだ、犯罪行為をしているとかそういうことではないんだから。
猫からしたらあれだが、無闇に餌をあげたりしているわけでもない。
なにより、学校が認めているんだから外野がなにかを言ったところで意味がない。
「にゃ~」
「ありがとう」
猫にもしたいことがあるからこれは仕方がないことだ。
でも、触れられたことで満足したのか彼女はいい顔をしていた。
「ジュースでも奢るよ、いつもお世話になっているから」
「ありがとう」
自動販売機で買ったばかりの飲み物は冷たくて美味しかった。
加藤さんと地野さんのふたりといるときは特に息苦しさも感じない。
まあ、特に話したことのないクラスメイトと比べたらそうなるに決まっているか。
「そういえば荒谷君を煽ったって本当なの?」
「地野さん的にはそういう風に見えたみたいだね」
感情的にならないようにだけ気をつけているが、それ以外は自分らしく対応することしかできない。
語彙があるわけでもないし、言い合いで勝てるような能力を有していないからそういうことになる。
平和な感じで終われたのは荒谷君のおかげだ。
どうしようもなく言葉で追い詰められてしまったら黙ることになっていた。
「喧嘩しているところを見たくないからやめてほしいかな」
「うん、僕だって喧嘩なんかしたくないからね」
そうやって気をつけていてもどうなるのかはそのときにならないと分からない。
もしかしたら自分らしく過ごしているだけで不満を抱く人が現れるかもしれない。
他人の感情までコントロールできるわけではないし、全員から好かれることなんて不可能だから諦めるしかない。
だからある程度の余裕がなければ駄目なんだ。
なにかがあってもすぐに感情的にならないようにしなければ駄目なんだ。
守れなければ自分の周りからは人が消える。
ひとりになってしまってからでは遅いから頑張らなければならなかった。
「それに荒谷君は優しいんだ」
「うん、それは知っているよ」
「あのときは多分、ちょっと不機嫌だったのかなって……」
「人間だからね、そういうときはあるよね」
結局あのときに動けたのは地野さんだ。
煽っているつもりはなかったが、ある程度落ち着いてからしか動けない人間という風に見られてもおかしくはない感じだった。
「とにかく、喧嘩はやめてね」
「うん、分かった」
「じゃあ今日はもう解散にしようか、猫ちゃんにも触れたから満足できたよ」
「お疲れ様」
まだ十八時前だから今日は結構早い解散となる。
個人的に言わせてもらえばあと三十分は付き合ってもらいたかった。
常にハルカに触れて時間をつぶすわけにもいかないからだ。
だが、そんな自分勝手な理由で付き合わせるわけにもいかないので、ひとり寂しく帰路に就くことにした。
「ふぅ、持ってくれてあんがとね」
「大丈夫だよ」
放課後は珍しく地野さんとふたりきりだった。
理由は珍しく部活が休みになった荒谷君と遊びに行っているからだ。
ひとりでどうしようと悩んでいたところに彼女が頼みごとをしてきてくれたから助かった、ということになる。
「弟のためにご飯を作ってあげないといけないからね」
「じゃあ他の家事も?」
「まあ、全部ってわけじゃないけどね」
ご両親が帰ってくるまでは彼女が頑張らなければならないらしい。
それでも放課後だけだからなんとかやれていると彼女が教えてくれた。
どういう子なんだろうかと考えている間に家に着いてしまう。
「じゃ、これで」
「上がってよ」
「え? もう僕にできることはないけど……」
「ジュースぐらいなら飲ませてあげるからさ」
で、結局上がらせてもらうことになってしまったという……。
まるで下心があったから手伝わせてもらったみたいになっているじゃないか。
決してそんなことはない、普段お世話になっているからさせてもらっただけで。
ただ、勘違いしてほしくないからといっていま言っても説得力がないからやめておくことにした。
優しい子だから大丈夫だ、大丈夫だよね……?
「あれ? まだいないの?」
「部活だからね」
「あ、なんか勝手に小学生の弟さんってイメージをしていたよ」
部活で疲れているだろうから~という考えなのだろうか?
もしそうなら弟思いのお姉さんということになる。
加藤さんのためではなく僕のためにも動いてくれる人なんだから違和感を感じたりは全くしなかった。
「文菜と行動できなくて残念?」
「え? そういうことは全くないよ」
「酷いわね、毎日一緒にいてくれているのに」
行動を制限することなんてできない。
部長がいなければひとりで頑張っても仕方がないからこうなるのが普通だ。
というか、休みになった瞬間に加藤さんを誘うということはやっぱり荒谷君はあの子のこと気になっているということなのかな?
もしそうならこの前のあれがもったいないなとまで考えて、そういうわけでもないかとすぐに片付けた。
「ずっと来てくれるなんて思っていないよ、当たり前だって考えたこともない」
「関係なくない?」
「加藤さんと行動できないことの方が自然だからね」
流石に加藤さんのことが気になっている荒谷君とはいえ、好きなサッカーを辞めてまで付き合うことは不可能だったみたいだ。
正直、変に勘違いしてこちらが揺れてしまうようなことがあったら困るので、なるべく頑張ってほしい。
「地野さんに対しても同じだけどね」
「謙虚でいる自分格好いいとか思ってない?」
「これは謙虚とかそういうことに当てはまらないでしょ、僕はただ事実を言っているだけだ」
女の子からすれば格好つけているように見えるかもしれない。
ただまあ、僕と関わってくれる異性はふたりだけだから大丈夫だろう。
嫌になったらこちらになにかを言うこともなく離れていくはずで。
そうなってしまったらもちろん悲しくはなるが、嫌な人間と無理していてほしくないからそれでいいんだと片付けられると思う。
「そういうのって女子側としては不安になるんじゃないの、別に同情とかそういうことで近づいているわけではないのに相手がそんな思考をしていたらさ」
「同情かそうじゃないかなんて分からないからね」
どちらにしろ勝手に決めつけてしまったら駄目になる。
だが、あくまで本人じゃないから想像するしかないんだ。
来てくれているから大丈夫だって自分に言い聞かせて安心するしかない。
言葉にしなければ問題にならないからって片付けようとするしかないんだよ。
「じゃあ文菜や私がそういう理由で近づいていると思ってんの?」
「同情ではないかもしれないけど、地野さんに関しては加藤さんのためにだよね」
「は?」
僕らは所詮、友達の友達だ。
教室で一緒に盛り上がれるわけでもないし、自然と話すような関係でもない。
だからこそ加藤さんという前提的な存在がいなくなってしまったら終わりなんだ。
「加藤さんの親友としては不安になるよね」
「あの子は強いって前に言ったでしょ」
この話は結局延々平行線になる。
まあいい、今日はもう帰ることにしよう。
「ま、今日はありがとね」
「うん、それじゃあね」
今日はハルカの機嫌が悪かったから部屋にこもることにした。
出されていた課題をして、終わったらベッドに転んで。
あの言い方的に決めつけられることが嫌なんだろうなと考えてみた。
「あれ」
カリカリ聞こえてきたから扉を開けてみたら不機嫌だったハルカがそこにいた。
静かに部屋に入ってきて、そこから静かにベッドの上で丸まった彼女。
猫語なんて分からないからなんで不機嫌だったのかも延々に分からないままだ。
「またど真ん中で寝てくれたなあ」
これも不機嫌だからこそなのかもしれない。
それならとベッドの側面に背を預けて休むことにした。
風邪を引きたくはないから布団を掛けておけば大丈夫だろう。
「いたたっ、な、なにするのっ」
どうして今日はそう攻撃的なのか。
ご飯だってしっかり注いできたというのに……。
ちなみにこの後も止まらなかったから離れておいた。
こっちをじっと見てきているハルカと、いつ突っ込んでくるか分からないから見ているしかできない僕と。
もし誰かがこの部屋を見ているとしたら「なにやってんだ?」と言われてしまうような現状だった。
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