02話.[付き合えるとき]
「ハルカちゃんと野生の猫ちゃんの違いってなんだろう」
「それはあれよ、人に飼われているかどうかね」
「そっかー、立端君は優しいからハルカちゃんも優しくなるんだろうねー」
ふたりがここにいるのはともかくとして、ハルカは地野さんの足の上で丸まって寝ていた。
正直、暖かい場所が好きなだけだと思う。
家に帰ったときなんかはよく窓の前で寝ているから間違ってはいないだろう。
それにしても女子高生の太ももの上で寝ているなんて……。
「でも、その飼い主さんは私には厳しいけどね」
「なんでよ、立端はあんたのわがままに付き合ってあげているじゃない」
全てというわけではないが付き合ってきているのは確かだからそうだそうだと言いたくなった。
大体、部活繋がりでほとんど毎日一緒にいることになった時点でそうしなければならないことは確定しているようなものだ。
「だって部活辞めるとか言い出すし……」
「はははっ、そりゃハルカがいれば立端的には十分だもの」
「いやいや、こんな美少女が一緒の部活に所属しているんだからそっちを優先するべきでしょ?」
「美少女……?」
「おい! どうやらきみも喧嘩を売るのが得意なようだね!」
辞めるとか言ったが、あっさりと諦められてしまうのもそれはそれで嫌だった。
だから付き合うぐらいならすると言ったら「ありがとう!」と言ってくれた。
地野さんは少し呆れたような顔で「知らないわよ」とでも言いたげな感じだった。
「それよりハルカは本当に大人しくて人懐っこい猫ね」
「野生では生きていけないね」
「そもそも立端が捨てたりしないでしょ」
心配なのはいつ別れの日がくるのか分からないということだ。
そこまで歳を重ねているわけではないものの、やはり人間とは違うペースだから。
餌とかだってなるべくいいやつを買ってきてはいるが、話せるわけではないからそれもいいのかどうかは分からない。
「って、沙莉ちゃんは立端君の家に来たことがあるの?」
「あるわ、去年に一度だけね」
「えー、それはどうして?」
「あんたが迷惑をかけていたからよ」
そう、それでごめんと謝りに来てくれたのだ。
そのときからハルカは彼女のことを気に入っていたから久しぶりに来てくれて嬉しかったのかもしれない。
ただ、こうなってくると定期的に来てもらわなければ寂しがり屋になりそうで少し怖いな。
もっとも、定期的に来てなんて言うことはできないけど……。
「あ……、確かに私は少し自分勝手だったよね」
「少しどころじゃなかったけどね」
「た、立端君はどう思っているの?」
「ちょっと合わせるのが大変だったのは確かだよ、でも、加藤さんといられるときが楽しかったのも確かなんだ。だから不安にならないでほしい、僕でいいなら部活だって付き合うからさ」
これは彼女が来てくれれば地野さんが来てくれるかもしれないという狙いもある。
ハルカには普段お世話になっているから少しだけでもなにかをしてあげたいんだ。
それこそ撫でるなどといった行為は僕が幸せにしかならないから意味ないので、本当に好きな人を連れてくる方がいいはずで。
「地野さん、地野さんさえよかったら参加してくれないかな」
「『猫を愛でる部』に?」
「その方が加藤さんも安心できるだろうし、ハルカが地野さんのことを気に入っているから来てほしいんだ」
多少気持ちが悪くても勇気を出さなければならないときというのはある。
これまで全く会話をしてこなかったというわけでもないんだし、なにより、ふたりきりになってしまうわけではないからと期待している自分がいた。
あとはやっぱり可愛い存在にただでリスクなく触れられるというのも大きいはず。
「別にいいけど」
「ありがとう」
「じゃあハルカは私の飼い猫にさせてもらうわ」
「ははは、ここにいるときはそれでいいよ」
止めてくれる人がいてほしかったんだ。
これで黙っている彼女に振り回されてばかりというわけではなくなるからいい。
その先でいらない人間扱いされるのであれば納得できる。
「沙莉ちゃんも参加してくれるんだ」
「そうね」
「じゃあもっと活動時間を増やさないとね!」
「十九時前には終わらせないといけないけどね」
完全下校時刻が十九時に設定されているから確かにそうだ。
また、僕と違って女の子なんだからなるべく遅い時間にならない方がいいに決まっている。
実はそういうところでも止められる存在がいてほしかったんだ。
「大丈夫」だとか「問題ないよ」だとか言って躱してしまうから。
彼女のことを考えて言っているのに逆効果にしかなっていなかったことになる。
「んー、だけど私的には野生の猫ちゃんにこうしてほしいかなー」
「無理じゃないでしょ、この前立端は普通に撫でていたし」
「よし、それなら立端君の家で過ごす日とそうじゃない日を作ろうか」
「部長はあんたなんだから自由にしなさい」
地野さんは「立端の家で過ごす日以外は参加しないけど」と言って立ち上がった。
それからこちらの足の上にハルカを下ろしてから「今日はもう帰るわ」と。
丁度いいから加藤さんも一緒に送ってしまうことにした。
こういうのもありがたかった。
「……これに比べたら加藤さんに付き合っている方が遥かにマシだな」
体育の時間はあまり好きではなかった、理由は体力があまりないからだ。
太っているだとか、休日は家でだらだらしているだとかそういうことではないのに何故か昔から駄目なんだ。
協力してやるようなことになったらなったで足を引っ張るからなくしてほしい。
「立端っ」
「え? あっ」
「ちっ」
全員が全員というわけではないが、運動部に所属している人間並にできないと舌打ちされるのも嫌だった。
中には「使えねえ」とか平気で言う人間だっているし、正直、それはどうなのかと言いたいぐらいだった。
そんなに上手く効率よくやりたいんだったら下手くそのところにボールがいかないようにすればいいのにとしか言えない。
でも、結局そんなことは不可能だから初心者に八つ当たりしているわけだ。
「はぁ」
男女別だからこそこの程度で済んでいると思う。
もし女の子達が見ていたらそれこそ暴走していただろうからね。
「下手なら下手なりに上手く動いてほしいけどな」
いちいちこんなことでイライラするような人間ではない。
さっさと教室に戻って制服に着替えてしまうことにしよう。
それに体育が終わればこっちのことなんて意識から完全に消える。
あとは残りの授業に集中してしまえばいい。
まあ、その授業中にうるさくするのが気になるところではあるけど。
「あんたって運動が苦手なのね」
「あれ、もしかして見られちゃってた?」
「うん、多分私の方ができると思うわ」
「はは、下手くそなんだよね」
だからまだあまり迷惑をかけることのない持久走とかの方がマシだった。
でも、そんなこと考えたところで意味がない。
自分中心で回っているわけではないし、体力だって結局ないんだから結果は同じでしかない。
「呑気に笑ってんじゃねえよ」
「なにイライラしてんの?」
「立端は下手くそすぎて邪魔なんだよな」
正直、直接言ってくれた方がよかった。
ああしてさり気なくぼそっと言うよりもよっぽどいい。
しかも下手くそなのは確かだからなんにも言い返そうとも思えないしね。
「学年に数人は必ずそういう人間がいるでしょ、上手くできるならサポートしてあげなさいよ」
「なんで下手くそに合わせなきゃいけないんだよ」
延々に分かり合えることなんてないんだ。
僕らは体育がある度にそういう風に感じるし、上手くできる人間からしたらその度にイライラすることが増えていく。
サッカーが終わってまた別の球技になればそっちの方でも文句を言われることは確定しているからいちいち引っかかっている余裕はない。
別に彼に限った話ではないからこれで終わりでよかった。
「あんたのそういう態度が――」
「いいよ地野さん、被害者面するつもりもないからさ」
自由に言うことで多少はそのストレスを発散できるということなら構わない。
不特定多数の人間にそうやって接しているわけではないからだ。
変にこちらを庇おうとしたばっかりに彼女まで巻き込まれてしまったら嫌だから止めておいた。
社会に出たらこんなことだって沢山言われることになるだろうから耐性を作るために利用させてつもりでいる。
こっちだって言われっぱなしでいいわけがない。
少しぐらいはそういう風に考えたっていいだろう。
自然と解散になったから次の授業の準備をして待機する。
予鈴が鳴って、本鈴が鳴って、あまり静かではない授業が始まって。
なんとも言えない場所だから板書以外で体感的な時間経過を早める術はない。
先生も常に前に進めているというわけではないからその間は結構困る。
きょろきょろしていたら問題になるし、かといって、ずっと前を見続けるというのも前の席の子が女の子だから問題になる。
幸い、窓際だったらどんなによかったことかと考えている内に授業の時間が終わってくれたからよかったけど……。
「いただきます」
体育の時間が三時間目に多いことも問題だった。
これが四時間目だったらそのままお昼休みに突入で遥かに楽になるのに。
また、夏の場合は汗をかいた状態で授業を受けることになるから気になるんだ。
自分では気づけない自分の臭いってやつが誰かに迷惑にかけているかもしれないというそれは結構困るから。
「隣、座るわよ」
足音で誰かが来ているのは分かっていた。
別に人見知りとかそういうことではないから逃げなかった結果、その足音の主が地野さんだったこともすぐに分かった。
ここは校舎内というわけではないからもしかしたら追ってきたのかもしれない。
普段は教室で加藤さん達と食べているのを知っているため、うん、自惚れでもなんでもなくそうとしか思えなかった。
「さっきはありがとう」
「別にいいわよそんなの」
ここで食べているのは天気がいい日はとことん気持ちがいいからだ。
自分で作ったお弁当を食べているときよりも食後の時間の方が好きだった。
もしかしたらひとりに慣れすぎてしまっているからというのもあるかもしれない。
話せる人はいても、どうしても息苦しく感じてしまって抜け出したくなるときがあるんだ。
「あんなの気にならないから大丈夫だよ」
「ふーん、強いのね」
「どうせ高校を卒業したら会うこともなくなるからね」
その度に◯◯の部分を変えていけばそれでいい。
あ、だけど会社の場合とかだったらそう上手くもいかないか。
これまでは場所が分かりやすく変わるから使えていただけでしかない。
「寧ろ地野さんに当たりそうで怖かったよ」
「喧嘩とかはしたことないけど」
「でも、今回のそれで爆発した可能性があるからさ」
加藤さんを守るために言ったときだって結構危なかった。
正直、言い合いで勝てる自信はないから煽るようなことはしないでほしい。
でも、友達が嫌そうにしていたらきっと彼女は動いてしまうんだろう。
そんなときに守ってくれる相手がいてくれたらいいが、残念ながら誰と仲がいいのかまでは詳しく分かっていないんだ。
加藤さんに期待するのも違う気がする。
あの子は結構装っているときもあるから強く言われたら泣いてしまうかもしれないから怖い。
「僕が悪く言われる分にはどうでもいいんだ、でも、加藤さんが同じようにされたときは動いてあげてほしいかな」
もっとも、運動能力とかも高いから言われる機会はないだろうけど。
あるとしてもああいうことだけ。
きっと言い返したりしないで「あはは……」と笑って流すと思う。
だからその後でいいから一緒にいてあげてほしい。
所詮部活仲間というだけではできないことが多いからだ。
「文菜ねえ、あの子は弱くないわよ」
「心配をかけたくなくて隠しているだけかもしれないでしょ?」
「いや、それもないわ」
そうか、ずっと過ごしてきた彼女が言うならそうなんだろう。
あくまで想像の域を超えることはないからそっかと言って終わらせておく。
それよりも残りのおかずを食べてからゆっくりしようと決めた。
食後はどの季節でも持ってきているお茶を飲んでいつもゆっくりしている。
たまに加藤さんが来たりすることもあるからひとりでいられなくなったからと不満を感じるようなことはない。
学校なんだから授業時間以外にどう行動しようが自由だ。
「あんたさ」
「うん?」
聞くために黙っていてもなにかが変わることはなかった。
彼女は一度こちらを見てから「早く戻ってきなさいよ」と言って歩いていく。
僕に不満を抱いている人間は少なくないぞと言外に言われている気がした。
まあでも、自分らしく過ごしていくしかないんだ。
もちろん他人を不快にさせないようにと行動しているつもりでいるが、僕の存在が気にならない人からすればそれすらも無駄にしかならないわけで。
結局、僕にできることは静かに存在していることだけだと思う。
違うか、そうすることでそういう対象に選ばないでほしいと弱い脳や心が願ってしまっているんだ。
「あ、やばい……」
学校にいるのに欠席なんてことになったらアホらしいからさっさと戻る。
そこから先は同じだ、授業に集中していればあっという間に放課後がやってくる。
「ちょっとちょっと」
「え? あ、うん」
何故かこっちの腕を掴んで廊下に連れて行こうとするから大人しく従った。
いつもの加藤さんらしくないよく分からない行動だ。
変な噂が出たら困るから、そういうことではないのは分かっている。
だってもしそういうことを気にしているのであればこれまで活動することだってなかっただろうから。
「ふぅ、よかった」
教室から逃げたい理由があったとか?
休み時間なんかには普通に楽しそうにいつものグループで盛り上がっていたから何故かは分からないけど……。
「……また、無駄とか言われたら嫌だからさ」
「気にしなくていいよ」
言わせたい人間には自由に言わせておけばいい。
あと、どうせ部活動があるから直接的に邪魔することは不可能だからだ。
寧ろ無駄な行為をしているはずの僕達の邪魔をするようならそれこそ無駄だと言わせてもらうことになる。
できるだけ波風を立てないようにした方がいいが、今度こそ直接ぶつかれるようにしておかなければならない。
いつも地野さんにばかり動いてもらうのを期待するのはださいとしか言えないし。
「今日は外で活動しようか」
「それのことなんだけど、外の猫ちゃんに触れたりするとハルカちゃんに怒られちゃうんじゃなかったっけ?」
「部活だから」
悲しそうな顔をされるのが嫌だったとはいえ所属することを決めたのは自分だから――なんて、つい最近辞めようとする人間が言うなよという話か。
それでも付き合うと言った以上は付き合うつもりでいる。
一緒に行動してれば彼女も満足してくれるだろうから見ているだけにしておくとか方法は色々ある。
「探そうよ、あんまり遅い時間になると困るからさ」
「わ、分かった」
そもそも見つかるかどうかも分かっていない存在達だった。
放課後からだと行ける範囲も限られているから「いなかったね」で終わる日の方が多かったりもする。
また、仮に遭遇することができても当然警戒されているから『愛でる』までほどんどいかないんだ。
「駄目だ~、見つからないよ~」
「そもそも野良猫が多い方が駄目だからね」
「うぅ、確かにそうだよね」
「もう見つからないなら自分の頭を撫でておけばいいんじゃない?」
「あ、そっかっ」
猫にこだわるのは自分のソレも関係していると思う。
あとは意地、というところか。
ハルカだったら積極的に来てくれるんだからそれで満足しておけばいいのにと考える自分もいれば、こうして野良猫を探して楽しそうにしている彼女を見られてよかったと感じる自分もいるから難しい。
とにかく、付き合えるときは付き合おうと決めたのだった。
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