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Nora
01話.[想像しておいた]
「ちょっとっ、どういうことっ?」
「そのままの意味だよ」
どういうことと言われてもそういうこととしか言えなかった。
人間なんだから辞めたくなるときだってある。
いつまでも同じ熱量を注げるわけではないんだ。
「なんでっ、最近まであくまで普通だったでしょっ」
「いやだってさ」
「なにっ?」
「『猫を愛でる部』ってなに?」
寧ろどうしてこんな部活が存在しているのか分からなかった。
学校で猫を飼っているわけでもない、メンバーも僕と彼女しかいない、日によっては会えなくて解散になるぐらいなのに学校もどうして許可しているのかという話だ。
それでも入部したんだろと問われればそうだとしか答えられないが、正直、ただ普通に行動しているだけでも笑われるから嫌になったんだ。
「そもそもさ、猫を愛でる必要なんてないでしょ」
「おい! 全否定しないでよ!」
「だってさ、きみの頭も似たようなものでしょ?」
「自分のそれとは違うんだよ!」
何故かそういうことになっている。
飼っていた猫が擬人化! ということではなくて、女性全員にそういう特徴があるというのが現状だった。
ちなみにこれ、引っ込めたり出したり自由にできるわけだが、彼女は全く気にせずに出し続けているという感じだった。
あと、猫耳だけではないからたまにおっとなることがある。
もっとも、大抵は恥ずかしいとかそういう理由で出していない女性が多いけどね。
「お願いだよー、君が辞めちゃったら困るんだよー」
「僕にメリットってあるの?」
「あるよ、可愛い猫ちゃん達に会えるんだよ? そ・れ・に、可愛い女の子や女性にも会えちゃうかも――」
そもそも辞めようとした理由はそれだけではないんだ。
この彼女の自由奔放なところも強く影響している。
流石に振り回され続けると疲れてしまう。
学校生活にだって影響が出るからはいそうですかと言うわけにはいかないんだ。
「……いつもあんないやらしい目で私を見てきているくせに」
「それはどこの誰のことなの?」
「君だよ! 立端
普通に見ていただけなのに異性側からすればそういう風に見えたということなら、僕はもう異性の顔を見て話さない方がいいかもしれない。
ということで尚更いられなくなったから辞めることにした。
部活強制入部ルールなんて忌まわしいソレは中学生が最後だし、無事に卒業できるよう学生らしく過ごしていくだけで十分だと言える。
「まだ残ってくれるなら触らせてあげるよ! 耳を!」
「そんな危険なことをするぐらいなら猫に触らせてもらうよ」
「むきー! ああ言えばこう言うんだから!」
はぁ、しかも帰路に就いている最中に本物を発見してしまったという……。
しかもこれがまた人懐っこい猫で、どんどん自分から来てくれる存在だったんだ。
「にゃ~」
「よしよし」
あげられるものはないからこれで許してほしい。
とはいえ、ずっと食べ物を出さなくてもいてくれたからご飯目当てに来ていたわけではないみたいだ。
もしそうであればすぐに「なんだこいつ」とでも言いたげな顔で見てから去っていくだろうからね。
「むふふ」
「きみは駄目だね」
「なんでさ!」
彼女が大声を出したことによってどこかに行ってしまった。
残念だ、実際はこういうことが多いからやめたいんだ。
猫に触れて癒やされている最中に何度邪魔されたことか。
自分が理由を作っているということを全く分かっていない彼女には呆れるよ。
「素直になりなよ、こんな美少女が同じ部活のメンバーなんだよ?」
「美少女、か」
「おい! 文句があるならちゃんと言ったらどうなんだ!」
すぐに感情的になったりしなければ確かに可愛げはあるからモテると思う。
だけど駄目だ、なにかに集中するとすぐに周りが見えなくなる子だから。
だからモテるどころかないわ的な扱いをされている少女だった。
「チンケなプライドなんて捨てちゃいなよ、一緒にやってくれればこの加藤
「加藤さんといられることは確かにいいこともないわけでもないけど……」
「でしょ? 悪いことばっかりじゃないならいいじゃん」
でも、普通にしているだけなのに笑われるからなー。
これは被害妄想とかではなくて本当のことだった。
その度に聞かなかったことにして自分のことに集中するが、できれば笑われる理由になっているソレがなくなってくれた方がマシなはずで。
「そもそも加藤さんは絶望的に猫に好かれないよね?」
「うっ、で、でも、だからこそって……頑張っているんじゃん」
「頑張れるのはいいことだね」
いつだって努力を忘れてはいけない。
無理だからと挑戦してもいないのに諦めていたら終わりだ。
一生その場から動くことはできない。
それでも見た目が良かったりしたら人は来てくれるだろうが、決して長続きすることはないと思う。
「今日はもう終わりにしよう」
「……分かった」
「それじゃあね、気をつけて」
いつまでも彼女のペースにはさせたくなかった。
僕だけではなく他の男の子とも仲がいいんだからそっちを誘ってほしかった。
「ただいま」
「な~」
そう、そもそも僕の家には既に家族として存在しているんだ。
「しゃー!」
「ごめんごめん」
あとはこれ、外の猫を撫でてくると怒られてしまうから駄目だった。
こうなると翌日の放課後ぐらいまでは機嫌を直してくれないから困る、と。
人ではないがほぼふたり暮らしみたいだから致命的なんだ。
こういうときはとにかくご飯とかをお皿に注ぐだけに留めておかないといけない。
でも、今日は食事も入浴も終えた後にゆっくりしていたら何故か近くにやって来てくれたという……。
「ハルカ」
呼んでみたらいつもみたいに足の上で丸まってくれた。
あまり鳴く子ではないからそういう点での心配はない。
ご飯もちゃんと食べてくれるし、トイレとかだってしっかり決められた場所でしてくれる子だから安心できる。
ちなみにこの状態でも触れようとしたら怒ってくる場合もあるものの、今日は特に怒ってくることはなかった。
「ごめんね、どうしても近づかれると触れたくなっちゃうんだよ」
外で出会える猫というのは大抵すぐに逃げていくからああいうのはレアなんだ。
だからこそ自ら擦りつけてくれるぐらいの存在と出会ったときは止まらなくなってしまう。
そういうのもあって地味に加藤さんが急襲してきたのはありがたいことだった。
もしあの場で来てくれていなかったら夜まで撫でていた可能性があるから。
まあ、その前にあの子がどこかに行ってしまう可能性の方が高いけど。
「ん? どうしたの?」
って、硬い存在があったら寝にくいか。
ポケットから携帯を取り出してなんとなく見てみたら通知がきていた。
『私は諦めないからね』そう書かれているそれを見てうへぇという気持ちになる。
入部することになった理由も加藤さんが影響していた。
部活に入るつもりなんてなかったのに「どうしても!」と頼まれて四月や五月の僕は断れなかったんだ。
「もしもし?」
「そういえば立端君のお家には猫がいたよね?」
「うん、いまは寝ているけど」
「これからは活動場所を君の家にしよう! そうすれば帰ることはできないよね?」
おいおい、なんか怖いことを言い出してきたぞこの子……。
確かにそれなら帰るということもできないから詰みみたいなものだ。
ただ、それならハルカに怒られなくて済んでいい、わざわざ移動しなくていいから楽でいい、そう考えてしまった自分がいて……。
「ごめん、それは流石に無――」
「いまから行くね、すぐに行くからね」
通話が切られた後も無意味に携帯を見つめることになった。
それからひとつため息をついてから携帯を置いてゆっくりする。
仮にインターホンが鳴ったとしても無視してしまえばいい。
「ふはは――早いなもう……」
ハルカが足の上から下りて扉のところに移動した。
そのうえで「開けて」と言ってきている気がしたから仕方がなく開ける。
ついでに連打されたらハルカが驚いてしまうから出ることになった。
「やっほー、お、ハルカちゃんだ」
彼女はそのまま抱きかかえて勝手にリビングに入っていく。
ハルカもいまこそ「しゃー!」と怒ってくれればいいのに、何故か彼女相手には絶対にそういうところを見せないんだ。
寧ろ積極的に近づいて撫でてもらっているぐらい。
同じ性別だからこそ惹かれてしまうなにかがあるのかもしれなかった。
「はい」
「ありがとう」
彼女のずるい点はハルカのことを考えてなのか静かになるところだった。
いつもそんな感じだったらいま頃モテモテだろうになんでそれができないのか。
敢えてモテないように残念感を出しているわけではないだろうし、もったいないことをしているとしか思えない。
「もう私がお母さんで立端君がお父さんみたいな感じだよね」
「両親よりも触れている回数が多いからね、それは間違っていないかもしれない」
正直、彼女は妹みたいな感じだけど。
外で猫に触れてきたとき以外は大人しくていい子だから僕よりも上だ。
ハルカ、僕、彼女、という順番になるのかなと想像してみた。
もちろんこんなことを言おうものならふっ飛ばされるから絶対に言ったりはしないけども。
「可愛いなー、私もこんな風に可愛くなれたらいいのに」
「猫耳も尻尾も生えているわけだから猫みたいなものでしょ」
「いやいや、所詮三次元女の私が猫ちゃんに勝てるときなんてこないんですよ」
……いや、可愛いなんて簡単に言えるわけがない。
それにここでナシ判定をされても全く構わなかった。
先程も言ったように悪いことばかりでもないが、彼女と離れることでトラブルとは無縁になるということならそっちを選ぶ。
いつでもヘラヘラ笑って流せるわけではないんだ。
「送るよ」
「まだいちゃ駄目?」
「うん、もう十九時半とかだからさ」
「そっか、ハルカちゃんにもっと触れていたかったけど仕方がないよね」
彼女の家まで送って自宅に戻ってきた。
残念ながらもう近づいてきてくれることはなかったが、気にしないで部屋に戻って課題でもやることにしたのだった。
「どうすればいいかなー」
「どうしたの?」
くっ、それでも困っていそうだったらこうして気になってしまうのが弱いところだと言える。
一年のあのときだって物凄く困っていそうだったから声をかけたら入部の流れになってしまったんだ。
断ろうとする度に露骨に悲しそうな顔をするからできなかった。
「あ、ハルカちゃんはああして触らせてくれるけど他の子は無理だからさ、どうすれば触れるようになるのか考えていたんだ」
「まずは落ち着くことが大切だと思うよ」
「んー、大きな声とか足音を出しているわけではないんだけどなー」
そうやって近づいたところで来てくれるかどうかはその日の気分次第だ。
また、ああいうレアな子ばっかりではないということも分かった方がいい。
野生で生きていくということなら警戒しているぐらいじゃないと駄目なのかも。
「私はさ、まず猫を発見したらこういうポーズをして『にゃ~』って鳴き真似をするんだよ」
「ポーズはいらないと思うよ」
「えっ、だけどそれで一度だけ小さい頃に来てくれたことがあったんだけど……」
「傍から見たらやばいからやめた方がいいよ」
顔をガン見するのもやめた方がいい気がする。
僕の場合はしゃがんで待つだけだった。
「立端君のそれは私をやばいって言いたいだけじゃない?」
女の子だったら可愛いー程度の感想しか抱かれないか。
だけど僕が必死になって猫に喋りかけているところを見られたら違うだろう。
ずるいとか言うつもりはない。
こちら側にはこちら側の、あちら側にはあちら側にしかない大変なことだって多いだろうから。
しかも性別の違いとかだけではなく、同じ人間というだけでも差があるんだから今更言ったところでという話だった。
「違うよ、それをしたところで近づいてきてくれるわけではないからね」
「なるほど、猫ちゃんといっぱいいる君が言うなら説得力があるか」
いつだって暴走しているわけではないというのも切りづらいポイントだった。
もう一年は一緒にいるということも影響している。
どうして一緒にいられたのかは全ては彼女が彼女だったからだ。
細かいことはあまり気にせずにポジティブ思考全開で生きている彼女にとって、僕がつまらないとか面白いとかどうでもよかったんだと思う。
あと、こちらが不満を感じつつも全てに付き合ってきたというのもあるかな。
「あ、もしかして痛いってこと?」
「いや? 意味がないからやめた方がいいって言っているだけ」
「そ、そっか、それならよかったよ」
激しい動きをとにかく控えるべきだ。
本当に動くのは最後でいい。
一日でどうにかなるようなことではないからとにかく忍耐力が必要になる。
彼女にそれができるかどうかは……。
「文菜、まだ猫にこだわっているのか?」
「うん、だってそういう部活に所属しているからね」
「辞めちまえばいいのに、外にいる猫なんてどうせ汚いだろ」
「いや……、そんなことないけど」
「それにどうせすぐに逃げられるだろ」
ノミとかの問題は確かにあるから完全に違うとは言えなかった。
また、ここで必死に否定したところでそういう人は消えないんだから意味がない。
もしかしたらアネルギーとかで無理な可能性だってあるし、酷いことを言っていると決めつけてしまうのは問題だ。
「立端も部員なら止めろよな」
「まあ、悪いことをしているわけではないからさ」
「でも無駄だろ」
「そんなこと――」
「無駄は言いすぎでしょ、そんなこといったらあんたがそうやって偉そうに他人に言うのだって無駄じゃない」
……加藤さんには友達が沢山いるんだなあ。
なんか残るのは違うから戻ってきた。
あの子は加藤さんの味方みたいだから無自覚な言葉に追い詰められるということはないだろう。
というか、もしあの子が男の子だったらいまので加藤さんは惚れていたかもね。
「立端、ちょっと付き合って」
「うん」
地野
昔から先程みたいに動いてくれる子だったらしい。
こんな子が友達としていてくれたら安心できることだろう。
「さっきは遮って悪かったわね」
「いや、加藤さんも地野さんが来てくれて嬉しかっただろうから」
「中学生のときからだけど、出会ってからは毎日一緒に過ごしてきたからね」
彼女は例のアレは出していないからあくまで普通の女子高生という感じだ。
あんまり言いたくないが、出している方がおかしいのかもしれない。
買い物なんかに行った際にも全く見ないしね。
というか、あまりに見ることがなさすぎて僕の目がやばいのかもしれないと考えることもあるぐらいだった。
「ねえ、加藤さんには猫耳が生えているよね?」
「そうね」
「よかった、僕の目や脳がおかしいわけではなかったんだね」
「その点は大丈夫よ、テレビでだって見るぐらいなんだから」
彼女は「それに私にも猫耳じゃないけどあるしね」と言って見せてくれた。
別に生えている理由を死ぬまで知ることができなくてもいいが、どうしてこんな風になっているのか気になっている人はいそうだ。
「隠すのはどうやってやるの?」
「簡単よ、ただ内側で『隠す』と言うだけ」
「そうなんだ」
「『隠したい』でも『隠して』でも大丈夫よ」
「じゃあ急になにかがあったときでも安心だね」
彼女が困ったときには加藤さんが、加藤さんが困ったときには彼女が動ける関係だから強かった。
だから急になにかがあったところで慌てるようなことはない気がする。
だけど自分ではないんだからなんでも自分基準で話すのは違うから気をつけなければならないか。
「男子はいいわよねえ」
「よかったよ、僕にそういうのが生えていたら周りの人が被害に遭うからね」
「ははは、逆に似合っていたかもしれないわよ?」
「格好いい人だったらそうだったかもね」
想像して気持ちが悪くなったからハルカを想像しておいた。
それだけで内側のそれが消えたからやはり家族パワーというのは大きかった。
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