第21話 サイクリングサークル
競技自転車部のクラブハウス前で解散になったので、彗はそのまま環に付いてサイクリングサークルの見学に行くことにした。
「環先輩は、もともと競技自転車部だったんですか?」
「そうだよ。なんで?」
「競技自転車部の人たちと顔見知りのようでしたから」
「ああ、そういうことか。一年の春に入部して、二年の冬に辞めたんだ」
「練習がきつくて、ですか?」
「練習がきついと思ったことは一度もないけど、どうも私には合わなかった。それで三年の春からはサイクリングサークルさ。とか言ってるうちに着いた。アレが我がサイクリングサークルの部室」
環の示した敷地の隅を見る。緑のうっそうとした一角に、プレハブ小屋が建っている。常に日陰になっているせいか、建物の屋根は苔むしていた。その小屋の隣に、朽ちたトタンを被せた自転車置き場が設けられ、そこには奇妙奇天烈な機械が並んでいた。タイヤが付いているのでおそらくは自転車だと分かるが、原形をとどめている物は少ない。ブルーシートで覆った物もある。
環に連れて来てもらわなければ、進んで戸を叩こうとは思わなかっただろう。
環はプレハブの引き戸を開く。座面が破れて中のスポンジの飛び出た事務椅子がいくつかならび、数人の上級生が座って談笑していた。その中のジャージ姿の上級生が環に気づいた。
「環先輩、と、そっちは?」と、彼女は視線を彗に移す。
「あの、新入生の立花彗です。今日は見学に来ました。よろしくお願いします」
「え? 新入生? あ、そっか、今新歓中だもんね。この時期に新入生来るの珍しいからびっくりしちゃった」と、白装束を着た学生が言った。どこからどうみても巡礼中のお遍路さんで、なぜこんなところにいるのかという疑問が彗の頭を占めたので、話の内容は全然頭に入ってこなかった。彗があまりにもびっくりしたような顔をしているので、白装束の学生は、「ああ、これ? わかるでしょ、お遍路だよ」と説明を加えた。
「なるほど」
「うちは新入生には全然人気ないから。みんな近くまで来くるけど、プレハブの雰囲気を見て回れ右で帰るんだよ。私もそうだけど、だいたい他の自転車サークルを辞めたあとの駆け込み寺みたいな感じだから」と環。
「あ、駆け込み寺だから、お遍路さんなんですね」
彗はそう納得した。
「いや、これは好きで着てるだけだから。前に自転車で四国一周したときに買ったの」
「へえ」
「立花さんは自転車興味あるの?」
「まあ、少し。中学の時は、自転車部でした」
「え? じゃあ、うちよりも競技自転車部の方がよくない?」
「でも、事故で左手の握力がかなり弱くなって、それで辞めたんです」
「そうなんだ。じゃあ、競技自転車はやめといた方が良いね。あそこは速さ至上主義だから」
「そうそう。それが嫌で辞める人けっこういるもんね。環ちゃんもそうだもんね」
彗は思わず環を見たが、環は気にしていないようで、「自転車の向き合い方は人それぞれというわけさ。せっかく来てもらったわけだし、久しぶりにミマヤ号を出すか。あれなら誰でも乗れる」と提案した。
「いいですね。人数も、ちょうど五人いるし、出しますか」と部員の一人が肯いた。
「ミマヤ号?」
「説明するより、見る方が早い。外に出よう」
そのまま全員で外に出てプレハブ隣の駐輪場に向かう。駐輪場の外で、何かがブルーシートで覆われている。部員が二人、おもむろにブルーシートに手を掛けてそれを剥ぐと、屋根の付いた巨大な自転車が現れた。
二頭立ての馬車のような形状をしている。屋根を含めると高さは二メートルはあるだろうか。サドルは全部で四つある。四つのサドルが二つずつ向かい合わせになっていた。そしてそれらに背を向ける様な形で、運転席のベンチが設けられ、舵を取るためのハンドルが付いている。車輪は五つあり、一つは方向を決めるための前輪で、残りの四つは真ん中に二つ、後に二つ配置されていた。
「ミマヤ号はでかすぎて、駐輪場の屋根に干渉するから、外に置いてるんだよ」
「ちなみに、卒業した
「御厩先輩は本当にすごかった。このミマヤ号だって、ちゃんと差動歯車が入ってるから、こんなナリでもスムーズに曲がるんだよ」
「とりあえず乗ってみようか。彗ちゃんは、一番後のサドルね」
「はい」
それぞれが持ち場に着き、彗は言われたとおり一番後のサドルに座った。隣のサドルには環がついた。
「じゃあ、みんなペダル漕いでいいよ」と、運転席に座った部員が振り返って声を掛ける。
「ペダルは四人で漕ぐ。運転手は漕がなくていいから楽だけど、ブレーキ操作とギア操作があるから初めてだと難しいんだよ」と隣の環が教えてくれた。
四人で漕ぐとゆっくりと進み始めた。構内の舗装された道を走る。走ると言っても車幅が広いので自転車や人にぶつからないように慎重に進んだ。あちこちから「なにあれ?」「すごっ」「面白そう」といった声が聞こえてきた。みんな好奇の目でじろじろ見ていたが、不思議とそれが心地よかった。
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