第20話 競技自転車部
翌日、講義が終わり、ミユは環との約束通り、競技自転車部に行くことにしていた。予定のなかった彗も、一人だと抵抗があるけれど誰かと一緒なら競技自転車部を見学したいそうで、ミユと彗が校舎の前で待っていると、約束通りに環がやって来た。桜も一緒にいる。四人で競技自転車部のクラブハウスに向かう。
競技自転車部のクラブハウスは、カート部と同じくサーキットの近くにある。歩きながら、環が高専の自転車系の部活やサークルについて教えてくれた。
それによると、自転車系の部活とサークルは全部で三つある。ロードレースやトラックレースの競技大会に出場して入賞を目指す競技自転車部と、マウンテンバイクやシクロクロスでオフロード走行や旅行といったポタリングを中心に活動するオフロード自転車サークル、レースには参加せずに自転車を好きなように楽しむサイクリングサークルの三つだ。
なので自転車レースに参加するのなら、レース慣れしている競技自転車部に出てもらうのが一番良いとのことだった。
彗はその三つの中ではサイクリングサークルが気になるらしい。部活紹介のときに少し話は聞いたけれど、サイクリングサークルが実際にどういうサークルなのか、改めてその副代表をしている環に尋ねた。
環は少し考え、「趣味人の集まりかな」と笑った。
「競技自転車部は、公式大会で良い成績を収めるのが目標だけど、サイクリングサークルはそれぞれのメンバーのやりたいことを追求する同好会だから、廃材から自転車を組み立てたり、ママチャリで四国一周したり、自転車をくっつけて六人乗りに改造したり、とにかくやりたいことをやるサークルって感じだよ」
「そうだよ。だから、彗ちゃんも競技自転車部よりもサイクリングサークルの方が合ってるよ。気楽にできるしさ」
隣で聞いた桜が頷きながら言うと、環は「やりたいことは人それぞれだからどっちが合うかなんて本人にしか分からないよ」と返した。
「本人にも分からないかもしれませんが」
そう言って彗は笑う。
雑談しながら十分ほど歩いて、競技自転車部の部室までやって来た。
一階のアルミサッシの引き戸は開いていて、部室の外に速そうな自転車が何台も並べられ、ジャージ姿の学生や制服を着た学生が何人もいた。制服の学生は雰囲気で新入生だと分かる。
環はその中から顔見知りを探して声を掛ける。
「ずいぶん繁盛してるな」
競技自転車部のジャージを着た学生が振り返る。ジャージには百村(ひゃくむら)と刺繍されている。
声を掛けられた学生は、「環先輩じゃないですか。どうしたんですか? そんな大勢で」と、驚いた様子だ。
「ちょっと、ね」
「もしかして戻りたくなったとか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないよ。百村はこの前の大会で入賞したらしいね。おめでとう」
「ありがとうございます。トレーニング積んでますからね」
「ところで、
「
「ありがとう。次もがんばってね」
環は軽く手を挙げ、ミユ達は軽く会釈をしてその場を離れ、部室へと向かう。
部室の中は、健康志向の自転車ブームのせいか、大勢の新入生がいて、活気に溢れている。
環はその中から、お目当ての人物を探し出して、「よっ」と挨拶した。
自転車をやっているとは思えないくらい長い髪を明るく染め、ジャージには十河と書かれていた。
十河は怪訝そうな顔をして、「何だ?」とだけいう。歓迎されていないことは分かった。
「今年も一年が多そうだな」
「それはいつものことだろう。一ヶ月もしたら半分も残らないのはあんたも知ってるくせに。世間話をしに来たんなら、忙しいからまた今度にしてくれ」
けんもほろろな対応だったが、環は、「今日は見ての通り学生会のメンバーと一緒に、学生会としてここに来た。少し話す時間が欲しい」と食い下がる。
にべもなく断られるかと思ったが、意外にも、五分なら話を聞いても良いとの返事だった。ミユは、これまでのやり取りから、環が競技自転車部に在籍していたと推測できたので、ぶっきらぼうな十河の態度も、何か思うところがあってのことだろうと思う。
部室の奥のパーティションで仕切られた応接間のような場所に案内され、ボロボロのソファに腰掛けた。ローテーブルには自転車のカタログが置かれている。
「それで、要件は?」と、対面に座った十河は環に単刀直入に尋ねた。
環は、自転車レースを含めたアイアンレースについて簡単に説明したあと、学生会として、高専の存在感をPRして、通学の利便性を上げるためのシャトルバス導入予算を獲得する計画を説明した。
「そういうわけで、出るからには優勝を目指したい。自転車レースに勝てる選手を探している。自転車はこっちで用意するから、競技自転車部には、優秀な人材を出して欲しい」
「それは、自転車部の副部長である私にお願いしているのか、それとも私個人へのプライベートなお願いのどっち?」
「両方かな」
環がそう言うと、十河は少しムッとした顔になった。
「いずれにしても、この話はダメだ。他を当たりなよ」
「どうして?」と、隣で聞いていた桜が反射的に尋ねる。
「まず、そのアイアンレースとかいう大会の日程と、自転車部のトラックレースの大会の日程が近いし、夏までは新人の教育なんかで忙しい。それに、自転車のロードレースのレギュレーションが、自作した自転車、それも三人乗りのタンデムなんていうゲテモノのレースだろう? なにより、自転車部の部員はみんなトレーニングを兼ねて自転車通学をしている。電車やバス通学には興味ない。これで納得できたか?」
「それは、競技自転車部の副部長としての意見なのか? それとも」
「もちろん副部長としての意見だよ。さあ、約束の五分は過ぎてるから、帰ってほしい。こっちはやることが多いから」
「分かった。日を改める」
環が席を立ったので、みんなそれに倣って席を立ち、部室の外に出た。
「鈴の、いや、
環はミユたちにそう謝った。
「いえ、私たちは気にしてませんから」と、彗はフォローする。
「うん。とりあえず今日はこれで解散にしよう。それぞれ用事もあるだろうし」
「あの、今からサイクリングサークルの見学に行っても良いですか」
「構わないよ」
「テンテンはどうする?」
「私は、カート部の方に行くから」
それで、今日のところは解散になった。
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