第52話 雪姫
「も〜もたろしゃんももたろしゃん」
「わん!」
「おこちにつけた〜きひだんこ〜」
「わん!」
「ひとつ〜わたちにくだしゃいな〜」
「わんっ! わんっ!」
くせっ毛の髪が太陽を浴びてで煌びやかに光りだす。緑の庭にひとりの天使と恋のキューピッ犬が並んで座る。
「
「あっ、ママ〜!」
私の名前は
「あのね〜ももたろしゃんとね〜よちゅばのくろばーさがしてたのっ!」
「そっかぁ、四葉のクローバー探してたのね」
私の胸の中に飛び込んで来た天使のくせっ毛に手を入れて精一杯確かめる。その手には泥んこになりながら掴んだ一輪のクローバー。
「暖かいね雪姫」
「ん〜? ママの方があたたたいよ?」
んふふっ。
うちの子は天才なんじゃないかしら?
おめめをパチクリさせながら桃太郎においでと手招きしている。
「桃太郎もありがとね。雪姫の遊び相手になってくれて」
「わんっ!」
私達を繋いでくれたキューピッ犬は今では雪姫のお兄ちゃんで頼れるボディガード。不思議な事に体の衰えは感じさせない頑丈さがある。
「これも
摩訶不思議の存在の力を借りて桃太郎におまじないをかけてくれたのかもしれない。
「じゃあ行こっか」
「は〜い!」
「わふっ!」
今日は少し特別な日。
久しぶりと言ってもいいかしら。
家へと戻る時、ふと庭の木を見つめた。
「見守っててください」
桃の木に向かって私は言の葉を届ける。
「ママ〜?」
「なんでもないよ」
風の囁きが返事をした気がした。
――――――
家の中は随分様変わりした。
大部分は残しつつ機能性を重視してリフォームを行った。私の夢だった獣医としての仕事場と彼の新しい仕事場。
「ママ、雪姫、桃太郎、準備できてるよ」
「パパ〜!」
「わふっわふっ!」
私の腕の中にいる天使は彼を見つけると手を精一杯伸ばす。そこには私の最愛にして生涯のパートナーが穏やかに笑う。
「おや雪姫〜。それはもしかして?」
「うんっ! ももたろしゃんとみつけたのー」
「そっかそっか〜雪姫は天才だな〜」
「てんしゃい? ゆきひめてんしゃい?」
言葉の意味がわからないけど、褒められているのはわかるので体をクネクネしながら喜びを表現する。
「じゃあ、パパと一緒にもう一仕事しよっか」
「しゅるー!」
元気いっぱいにもみじの手を上げた娘を彼がゆっくり抱っこする。
「ありがとね、雪音」
チュッ
「――――っ!」
娘に気を取られていた私は彼の不意の攻撃に虚をつかれた。耳元で囁かれた声が身体中を駆け巡る。
「……
娘の前ではパパママ呼びだけどふたりの時は名前で呼び合う。自然とそうなった関係だけど、私はいつまでもあの頃のようにドキドキしてしまう。
彼と娘を見送った私は最終調整をする為に気合いを入れて袖をまくる。
「よーしっ! 私の本気を見せてやる!」
今日は特別な日。
――――――――
「もうすぐ来るって」
「わかった! 雪姫、準備はできてるね?」
「はーい!」
連絡を貰って十数分。
私達は玄関の前でその時を待つ。
私の人生の最高の瞬間は数え切れないくらいあった。
千姫と出逢った事。
千姫と結ばれた事。
雪姫を授かった事。
雪姫が生まれた事。
かけがえのない大切なもの。
そのどれもが私達だけではなし得なかったものだから……支えてくれた人がいたからここまで来れたの。
そして今日はその支えてくれた人の大切な日。
ピンポーン
その時がやってきた。
「行くよ」
「うん!」
「はい!」
「わん!」
玄関に向かって一斉に踏み出す。
ガチャ
「フフ……私が来た」
「久しぶりね」
こうやって皆が揃うのはいつぶりだろう。
そしてあいも変わらず賑やかなふたりに遅れて今日の主役が登場する。
「お、お邪魔します」
バンツスーツに身を包み益々大人びた私達の親友。その頬にはどうしていいかわからない朱色が見てとれた。
彼女達と初めて出逢った時は正直あまり憶えていない、だけどいつも一緒にいると居なくてはいけない存在になっていった。
そんな親友のひとりが先日。
「かおるちゃん」
「……雪姫」
私と千姫の間にいた娘が一歩前へ出て主役に近付く。
かおるは娘の目線に合わせるようにしゃがむと彼女の言葉を待っている。
「あのね……これね……ももたろしゃんとねパパとね……いっしょにちゅくったの」
たどたどしくも真っ直ぐな瞳に真実の愛を告げて。
「かおるちゃん……ごけっこんおめでとごじゃますっ」
「……これは……もらっていいのか?」
雪姫の手から優しく受け取ったそれは四葉のクローバーの栞。彼と娘で一生懸命作ったもの。
「かおるちゃんと、かおるちゃんのすきなひとがしあわせでありますようにっ!」
うちの子は天使だと確信した。
「雪姫……家宝にするっ!」
感極まったかおるが雪姫に抱きついく。
「かおるちゃんいたい〜」
その光景を見て私達の間に自然と笑みが零れる。この景色もきっと空に届くかな……
その日私達はかおるの婚約を祝して大々的にパーティを開いた。久しぶりに集まった親友達との宴は私の宝石箱に収まらないくらい幸せなもの。
「雪音、千姫……ありがとう」
かおるからのこの言葉を聞けてよかった。
「ところで式はどうするの?」
「フフ……海外とか?」
「それなんだが……」
疑問顔の私に意を決して言葉を紡ぐ。
「ふたりは結婚式してないよな?」
「うん……そうだけど」
「お互い仕事とかあったし」
獣医の仕事と雪姫の事や家の事で私達は式を挙げていない。一体それがどうしたというのだろう。
「……もし良かったら」
もしかして。
「私と一緒に式を挙げないか?」
「「――えっ?」」
「ママとパパのけっこんしきみたーい!」
花のように笑う天使に私と彼の胸が熱くなる。
――この先もずっと花の道は続いてゆく。
桃の花をあなたに〜花言葉をキミに贈ろう〜
〜fin〜
桃の花をあなたに〜花言葉をキミに贈ろう〜 トン之助 @Tonnosuke
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