第48話 遠吠


『ハッピーニューイヤー!』



「あけましておめでとう雪音ゆきね

「あけましておめでとう千姫せんき


 年末の歌番組を見ながら新年の知らせを聞く。どちらからともなく口を開いた私達。


「さてと、それじゃあ明日に備えて寝ますかね」

「もう今日だけどね」

「むぅ〜うりゃうりゃ」


 そんな揚げ足とりの彼にグリグリしながら一緒に炬燵こたつを出る。


「んっ」

「ありがとう雪音」


 クリスマスの日に彼は自分の足で立っていた。だけど全てが元通りとはいかない。

 まだしっかり歩くにはリハビリが必要になるそうだ。それに長距離もまだ難しくあの時は結構無理をしていたのだと後から知った。


「だいぶん慣れてきたね」

「調子は凄くいいよ。これも雪音のおかげだね」


「私は何もしてないよ、がんばったのは千姫だもん」

「ふたりで……だね」

「……うん」


 支える左手の薬指には桃の花の指輪。チラリと彼の左手を見るとペアの藤の花の指輪。


 あの日、私は人生で初めてプロポーズを受けた。聖夜の最高のプレゼントとともに。


桃太郎ももたろうおやすみ」

「おやすみ〜」

「くぅぅん」


 半分寝ていた桃太郎におやすみを言うと、リビングにある毛布にくるまって寝息を立てる。室内は暖房が効いてるけど毛布は欠かせない。


「千姫ゆっくりでいいよ」

「うん」


 彼とともに時間をかけてベッドへと移動する。


「ふぅ……ありがとう雪音」

「どういたしまして」


 布団に潜りながら彼の横にスーッと移動して横を向く。同じように彼も横を向きながら微笑みを浮かべて口を開く。


「ここまで歩けるようになって良かった」

「私も嬉しいよ」


 まどろむ世界の中でハッキリと声を聞く。


「また、春にお花見に行こうね」

「うん! でもその前に明日は初詣だね」


咲葉さくは達が迎えに来るんだっけ?」

「そうね、多分お昼前に来ると思うよ」


 幼馴染で初詣に行く約束をしているので明日の昼食はみんなで御節おせちを食べる事にした。


「わかった」

「うん」


「「……」」


 冬の凛とした空気の中で言葉が途切れる。あのクリスマスの日から私達の関係は少しずつ変化してきた。なのでお互い何を言いたいのか分かってしまう。


「……雪音」

「……うん」


 名前を呼ばれる度に私の心臓はドクドクと高鳴り、それに合わせて胸の奥が熱くなる。


「……もう少し起きてようか」

「……新年だもんね」


「初なんちゃら……あはは」

「もうっ! でもそんな所も……スキ」



 月光が輝きを放つ新年。

 私達も新しい年に思いを馳せながら艶やかに輝きを増していく。


 ――――――

 ――――

 ――


「「「「「あけましておめでとう!!」」」」」


「お腹空いた〜雪音ご飯!」

「千姫、調子はどうだ?」

「あらあら雪音ったら、なんだかツヤツヤしてない?」


 新年の挨拶もそこそこに突撃3人娘は言いたい放題。文字通り砲台と化していた。咲葉に至ってはニヤニヤした顔。


「な、なんでもないから! ねっ千姫?」

「ぼ、僕に振るの?」


 お互い顔が真っ赤になりながらも3人を家に招いて御節を準備する。準備といっても近所の仕出し弁当屋さんの御節なんだけどね。


「着付けは後でお母さんが来てくれるって」

「オッケー。じゃあその前に食べちゃいますか」

「早く早く!」

「わふっわふっ!」


 咲葉のお母さんが振袖を持って来てくれるそうなのでそれまでゆっくりと食事を済ませる。



「うんおいしい!」

「千姫口に付いてるよ……ほら」

「えっ、あっ……自分でできるのに」


 言うが早いか私は彼の口元をティッシュで拭う。


「うわぁ……これが新妻の力」

「前よりパワーアップしてる」

「婚約指輪がキラキラと」


 まぁ今更何を言われようと恥ずかしくはない……いやまぁ恥ずかしい話もあるけどそれはそれ。


 しばらく談笑していると来客を知らせるベルが鳴る。


「はーい、鬼神おにがみですが?」


「「「鬼神ですが?」」」


 私に続くように3人はクスクスしながらいつものノリ。


 くっ……アンタら絶対面白がってるだけじゃん。



 ――――――



 咲葉のお母さんが持ってきた振袖を着て彼の前に姿を見せる。


「ど、どう……かな?」


 彼は目を丸くしながらしばらく考え込む素振り。


 アレ?

 似合ってなかった?

 それとも飽きちゃったのかな。


 少し不安を覚えながらじっと見つめていると不意に口が開かれる。



「……結婚式は和装もアリだね」

「――――っ!!」



 こういう天然な所があるから私は心配なのだ。いつか悪い女に引っかからないか。



「新婚の会話ってスゲーな」

「今のはさすがに私もドキッとしたわ」

「桃太郎の主は女たらし」



 そして咲葉のお父さんが運転する車に乗って一緒に神社へ。


「人でいっぱいだぁ」

「そりゃお正月だからな」


 目を見開く彼の言葉にかおるがバシンッとツッコミを入れながら返す。


「桃太郎の分もお土産買わなきゃ」

「いやこの出店の中で食べられるのそんなに無いからっ」


 出店に目を輝かせてソラは鼻息を荒くする。私はいつかの彼を見ているようでおかしくて手を口元へ。


「まずは御参りが先ね」

「「「「「はい」」」」」


 咲葉のお母さんがおじさんに腕組みをしながら先頭を進んでいく。彼を中心にいつかの様に陣形を整えて後に続いてレッツゴー。


「ありがとうみんな」

「気にすんな千姫。私も始めて履くから歩きにくくてな。ちょうどいいさ」

「うん」


 かおるの優しさが心に染み渡る。隣の千姫も同じ気持ちだったのかもしれない。



「二礼二拍手一礼だったっけ?」

「うん、合ってるよ」


 歩くことしばらく。列に並び私達の番がやってくる。


「せーのっ」


 チャリンッ


 彼と一緒に投げた五円玉の音が高らかに響き渡る。『ご縁がありますように』……いい言の葉。


 作法にのっとり手を合わせ。

 パンッパンッ


 この祈りもいつか届くといいな。



「雪音、何お願いしたの?」

「えぇ、言ったら叶わないよ〜千姫は?」


「そうなの? それなら僕も言わなよ」

「えぇ、千姫のケチッ!」


「「あはははっ」」


 いつものやり取りに周りから笑い声。そして巫女さんに勧められておみくじをみんなで引くことに。


「今度は見せてよね」

「いいよ。じゃあ、いっせーのね?」

「うん」


「「いっせーのっ」」




 ――――――

 ――――

 ――


 初詣から1週間。

 新学期が始まった。


 学校が始まると私達は進路の事を話し合う。


「千姫は大学行くの?」

「う〜ん……そこまで行きたいとは思わないかなぁ」


「そっかぁ」

「雪音は専門学校だよね」

「うん、獣医の専門学校」


 私の夢はいつか話した獣医さん。その為にまずは進路の事を考えなくては。


「そうだなぁ、雪音が学校に行ってる間は何かしたいよねぇ」


 一緒に獣医を目指そうとは言えなかった。これは私の夢だから。だから別の事を口にする。


「無理して働かなくてもいいよ……そのっあのっ……私の帰りを待つ隣のポジションが空いてるん……だけど」


 以前は彼から告白してくれた。だから今回は私から攻めてみる。


 彼は一瞬ポケ〜っとした顔で見つめていたがクスリと笑うと大きく頷き手を握る。


「それは魅力的で最高のポジションだね。僕はゴールキーパーかな」

「私は1番近いディフェンスで……」


「さっきの発言はフォワードの勢いだったよ」

「もうっ!」


 冗談を言い合いながら穏やかな時間が過ぎていく。結局私と彼の進級先の進路は文系を選んだ。彼に勉強を教えるのは私の役目だから。


 ――――――

 ――――

 ――


 季節はもうすぐ春。


 そして明後日の3月3日は彼の誕生日。私は桃太郎の散歩のついでに誕生日プレゼントやら夕飯の買出しをしている。


 誕生日プレゼントを買うのだから彼には知られたくなくて、ひとりで行動していた。




 雪音

『今日の夕ご飯は何がいい?』



 彼のスマホにメッセージを送る。

 だけど既読がつかない。

 トイレにでも行ってるのかな? と思いながらも独断と偏見で食材を買い込む。


「お待たせ桃太郎。行こっか」

「わぉ〜ん! わぉ〜ん!」


 桃太郎の遠吠えに私の背中に冷や汗が流れる。


 スマホにはまだ既読はついていない。


 嘘よね……そんなハズないよね?


 桃太郎は渾身の力で私の手を振りほどき駆けて行く。


「わぉ〜ん! わぅわぅわぉ〜ん!」

「あっ、ちょっと桃太郎っ!」


 嫌な予感がする。

 私のスマホにはまだ既読の文字はついてない。


 桃太郎の後を追って急いで家へと駆け抜ける。玄関扉をガリガリする桃太郎の姿が見えてきた。



「……千姫っ」



 急いで鍵を空けて中に入ると室内は真っ暗。


「千姫っ! どこ?」


 玄関から声を掛けるけど返事が無いので慌てて室内に入る。だけとリビング、キッチンには居なかった。


 ドンッドンッ。


 桃太郎が寝室に体当たりをして扉に吠える。


「わんっわんっ! わぉ〜んっ!!」

「…………」



 私は電気が走ったように扉に行き勢いよく開けるとそこには……



「――千姫っ!!」


 床に倒れている彼の姿が目に飛び込む。


 そしてその手の先にはスマホが落ちていた。



「千姫、返事してっ! せんきっ!!」

「くぅわぉ〜ん! わぅっ」


 うつ伏せの状態から彼を抱き上げると微かに呼吸の音が聞こえる。




「わかる、せんき? わたしだよ!」

「くぅ〜ん」



「ゆ、ゆき……ね? もも……たろう?」




 なんとか薄く目を開くとゆっくりと手を持ち上げる。私は持ち上げられた手を握り震える体を懸命に抱く。桃太郎も必死で彼の体を支えようとしてくれる。





「どうしたの、いったい何が……」




「ごめん……ね……体が……動かないや」




 弱々しく囁く声はその時を告げているようだった。




 待ってよ……まだ早いよ。

 だってあんなに……元気だったのに。




 来るはずがないと思い込んでいたいつかは……すぐそこまで迫っていた。


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