第47話 聖夜

 早いもので季節は冬。今日は2学期の終業式。

 期末テストも私と咲葉さくは達で毎日のように教えたので難なくクリアした。元々彼の飲み込みが早いのがよかったというのもある。


「それじゃあよいお年を。また新年にみんなの元気な顔が見たいわ」


 担任の先生が挨拶をすると一斉に冬休みモード。


雪音ゆきね千姫せんきこの後なんか予定あるか?」


 そう声を掛けてきたのはかおるだ。だけど、今日はちょっと大事な用事がある。


「実はちょっと用事があって、何か用だった?」

「そっかぁ……いやな、咲葉の家で2学期お疲れ様会やろうって話になったんだが」


 かおるは少し残念そう。


「ちなに何時からするの?」

「諸々の準備が終わってからだから夜の7時ぐらいにやろうと思ってな」


 私と彼はお互いに顔を見合わせて頷く。


「ちょっと遅れてもいいならお呼ばれしようかな。いい千姫?」

「うん! せっかくだし行こうか」


「マジか! サンキュー」


 かおるは顔を明るくすると鞄を持って教室を後にする。去り際に「来る時連絡してくれ」と言って。


「よし、それじゃあ私達は目的地へと行きますか!」

「うん。一旦帰って着替えてから行こう」


「……楽しみだね」

「すごくドキドキする」


 ――――――

 ――――

 ――


 時は少し遡り11月のある日。

 私と彼は約束した婚約指輪を買いにジュエリーショップを訪れていた。実はその前に私の両親と兄姉には事情を話してある。


「ふたりで決めた事なら私は認めよう」

「雪音やったわね」

「おめでとう雪音」

「俺より先に結婚かぁ」


 なんてみんな言っていたけど、実際に結婚できるのは彼が18歳になった時。けれど私達は待てずに早く絆が欲しかったのかもしれない。


「どんなデザインにしようか?」

「ちょっと調べてみたんだけど指輪って高いんだね」


 店内でカタログを見つつ店員から色々オススメされる。


「う〜ん……ねぇ雪音」

「千姫もそう思う?」


 彼の表情を見てもわかる通り、あまり好みのデザインのリングが無かった。


「また、日を改めて来ますね」


「はい、お待ちしています」


 丁寧にお見送りをしてくれたお姉さんにお礼を言うと外で待つ桃太郎ももたろうの元へ。


「お待たせ桃太郎」

「わふっ」


 11月になり肌寒さが増す。あまり外で桃太郎を待たせるのも申し訳なかったので足早に店を後にした。


「コレだ! っていうのが無いんだよね」

「そうだよねぇ。経験値が足りないから宝石の名前言われてもわかんないし」


「宝石じゃなくて花ならいいのにね」

「私も同じ事思った!」


 私達はジュエリーショップを後にすると、行く宛てもなくブラブラしていた。そこで桃太郎が急に走り出す。


「わんっわんっ!」


「あっ、ちょっと桃太郎?」


 私は桃太郎の手網を引きながら千姫と一緒に桃太郎が引っ張る方へ……随分と進んで住宅街の方へと来てしまった。



「わんっ!」

「んっ? おやおや可愛らしいなぁお主……どれどれ」


「す、すみません! 急に走っちゃダメでしょ桃太郎!」

「ははっ、よいよい気にするな! そうかお前は桃太郎というのか」


 桃太郎に連れられて来たのは和風の造りのお宅。そこには和服に身をつつんだ柴犬色の髪をした綺麗な女性が立っていた。


「お主どこかで……そうか、あの時の」


 独り言を呟く女性はどこか浮世離れした雰囲気をかもし出す。


「本当にごめんなさい」

「気にするでない。ふふっ、ずいぶん可愛がられておるのぉ」


 ウリウリわしゃわしゃと桃太郎を愛でる手つきは手馴れたもの。


「は、はい……実は元々は捨て犬だったんですけど、なんか僕と目が合った時にビビビッと来た感じで」

「お主がご主人様じゃな?」


「は、はい! 鬼神千姫おにがみせんきと言います」

「わ、私は桃宮雪音ももみやゆきねです」


「そんなにかしこまらんでも良いぞ。挨拶が遅れたな、ワシは犬丸いぬまるという……よろしく頼む」


「「犬丸さん」」


「立ち話もなんじゃ……外は寒いじゃろ? 良かったら店の中で話さんか?」

「「お店?」」


 犬丸さんという女性が家の中に案内してくれた。店と言っても民家のような作りだ。そして看板には『癒し処 八百万やおよろず』という文字。


「つなぎよ、お茶を用意してくれんか。それと何か食べる物と桃太郎にはドッグフードの一番いいやつじゃ」


「えっ、犬丸さん悪いですよ!」


 私は必死になって断ろうとするが、桃太郎は犬丸さんにべったりとくっついている。


「子供は遠慮したらいかんぞ、好意は素直に受け取っておくものじゃ」

「は、はい」


 どうにも犬丸さんに言われると引き下がれなくなってしまう。不思議な女性だ。そして奥からやってきた人は私達をソファへと案内するとお茶とお菓子を用意してくれた。


「初めまして、僕は百草ももくさつなぎといいます。一応この店のオーナーです」


 見た目年齢は若そうだけど、この人も雰囲気が独特だ。遠くを見据えているような達観しているような。


 私達は犬丸さんにした挨拶と同じように返す。しかし、千姫が挨拶をした時の百草さんはとても驚いた顔をしていた。



「失礼鬼神くん……キミの右目は?」


 気付く人にはわかるのかもしれない。彼の右目の違和感に。


「あ、はい。実はこれ義眼なんですよ。昔、事故にあって右目を失明しまして」


「……そうか。気に触ったなら謝るよ」

「い、いえ。気にしないで下さい」


「そうかい? 失礼ついでに聞きたいんだけど」

「はい」

「その右目は誰かに作ってもらったのかい?」


 百草さんは作ってもらったとはっきり言った。あたかも初めから真実を知っているかのように。


「実は僕もよく覚えていなくて……医者か霊能者? って言ってたんですけど……」

「もしかして髭面の着流しを来たオッサンじゃなかった?」


 百草さんの言葉に千姫は驚愕の表情。


「はいそうです! 知ってるんですか? 知ってるなら教えて下さい! 僕、この目に何度も助けられたんです。だからいつかお礼を言いたくて!」


 まくし立てる千姫に百草さんは若干面食らっていた。


「落ち着いて千姫。百草さんが話せないでしょ?」

「ご、ごめん雪音。百草さんもごめんなさい」

「はははっ、気にしなくていいよ」


 一口お茶を飲むと静かに話してくれた。


「その義眼を作った人は、僕のお師匠さ。その風貌ふうぼうなら間違いないと思う」

「お師匠さん……それで今はどこに?」


「あの人は神出鬼没だからね……ごめん。僕にもわからないや」

「そ、そうですか……」


 落ち込む千姫の手を握る。



「わん、わふふ、わふわふ……」

「ふむふむ、なるほどのぉ……お主達は婚約指輪を買いに来たが、よいのが無かったと」


「「えっ?」」


 桃太郎とじゃれていた犬丸さんが突然そんな事を言い出したから驚いてしまった。


「婚約指輪? ってことはふたりは結婚してるのかい?」


「えっ、いやぁ、その……」


 百草さんの問いかけにどうにもいたたまれなくなってしまい、掻い摘んであらましを話してしまった。

 不思議とこのふたりになら話してもいいような気がしたのはやはり雰囲気のせいだろう。


 ――――


「――そっかぁそんな事が」

「お主達はよく頑張っておる。ワシが太鼓判を押してやるわ!」


「あ、ありがとうございます」


 ついつい長話をしてしまった。話さなくてもいい内容を彼と一緒に確かめるように語っていた。


「鬼神くん……体は大丈夫なのかい?」

「……はい! 実は足の感覚も良くなってきたんですよ」

「それはいい傾向だね。でも……いやなんでもない」


 百草さんは一瞬、千姫の体を見ていたがなんでもないように仕切り直す。


「ちょっと失礼するよ……犬丸さん」

「うむ」


 百草さんと犬丸さんはふたりで、どこかへ行ってしまった。



「なんだか不思議な人だね」

「うん、でもとても暖かい」

「そうだねぇ」

「わん!」



 待つこと数分。


「待たせて悪かったね。それでね、ふたりとも」


「「はい」」


 百草さんと犬丸さんは私達の前に座り、にっこりと笑って衝撃の一言を口にする。



「僕達が作ってあげるよ……婚約指輪」


「「…………」」


 固まる私達。


「お〜い、聞こえとるか〜お主達」


「えっ、はっ……えっ?」


 いきなりそんな事を言われても。なんて返事をすればいいか。


「久しぶりにお師匠の話も聞けたからね。これも何かの縁だと思って」

「で、でも」


 百草さんは千姫の右目をしっかりと見つめて優しく微笑む。


「大丈夫だからね、鬼神くん」

「……」


「僕がなんとかしてあげるから。君のご両親に誓って」

「……はい」


 ふたりの間には何が見えているのだろう。今の私には到底理解できない。そしてあれよあれよという間に話が進んだ。


 ――――――

 ――――

 ――


 そして百草さんから指輪が出来上がったと連絡があったのが昨日。今はふたりで癒し処に向かっている。



「お邪魔しま〜す」

「しま〜す」


 玄関のインターホンを鳴らして返事があったので中に入る。


「やぁ、待ってたよ。さぁ上がって」


 百草さんが出迎えた先のテーブルには2つの箱が置いてある。


「久しいのふたりとも。元気にしておったか?」

「犬丸さんお久しぶりです! はい、元気です」

「うむっ。何よりじゃ。さぁふたりで確かめるがよい」


 犬丸さんに促されて私と千姫は箱を手に取る。


「うぅ……なんだかドキドキする」

「で、でも、ほんとにいいのかなぁ」


「よいよい。高校生から金なんぞ取らんわ」


 犬丸さんの言う通り、婚約指輪はタダで作ってもらっていた。百草さんいわく"これも仕事"との事。


「じゃあ開けますね」


「うむ」

「どうぞ」


 千姫と頷き合い一緒に箱をひらく。






「「………………わぁ!」」







 感嘆の言葉しが出てこない。

 もはや言葉もいらないかもしれない。


 そこには私と彼が思い描いた結晶が存在していた。



「桃の花の……指輪」

「藤の花の……指輪」



 私の方は桃色のリングが光り、中央に桃の花の結晶が宝石の中に入った指輪。

 千姫の方は藤色のリングが光り、同じく中央に藤の花の結晶が宝石の中に入った指輪。



「……ほんとにこんな高価なもの貰っていいんですか?」


 指輪に見蕩れていたけど、もう一度ふたりに確認の為聞いてみる。


「うん。ふたりの未来の為に作ったからね。もらってくれなきゃ泣いちゃう」


 百草さんは泣き真似をして場を和ませようとしてくれた。



「ちゃんとふたりの指に合わせてあるから大丈夫だと思うよ。さぁ、明日は桃宮さんの誕生日なんでしょ? だから……ね?」

「ふたりとも……しっかりな。あと桃太郎によろしく頼むぞ?」


「「はい! ありがとうごさまいました」」



 私達は深々とお礼を言うとお店を後にしてかおる達が待つ所へ向かう。


 道中何度もお互いの指輪を見ては嬉しいため息ばかり吐いていた。


 そして咲葉の家では1日早い私の誕生日パーティを開催してくれた。幼馴染と私の家族で大所帯なパーティになったのは予想外だったけど、すごく嬉しかったな。


 ――――――

 ――――

 ――


 12月25日

 クリスマスにして私の誕生日。


 昨日、夜中まで騒いだので今日は千姫とふたりでゆっくり家で過ごしている。


「千姫美味しい?」

「凄くおいしい。雪音、料理が上手くなったねぇ……しくしく」


「下手な芝居はいいって」

「あははっごめんごめん」


 彼とともに夕食を済ませて一緒にお風呂に入る。そして昨日出されたケーキより小ぶりなケーキを一緒に食べていたら、いい時間になってしまった。


「……ねぇ雪音」

「……ん?」


「……部屋に行かない?」

「……うん」


 どうしようもなく緊張してしまう。おそらく私が考えてる事を千姫も考えているから。


 そして新しく届いたベッドのある寝室へ。



 キィィィ……パタン



 ゆっくりと扉が閉まる。


「雪音……ちょっと窓の方へ行って後ろ向いてくれる?」

「……うん、いいよ」


 一体何をするのだろう?

 私はてっきりそのままベッドへと……あわわっ。


 なるべく心臓の音が聞こえないように胸に手をあてながら窓の方へ。


 風の音が聞こえる。


 どれくらい時間が経ったのかな。

 もしかしたら一瞬だったかもしれない。


「雪音……いいよ」


 彼からの言葉で私はゆっくり振り返る。




「――っ!」





 そこには。




「せ、せん……き?」



 一瞬見間違いかと思った。

 だって、今の彼は……



「メリークリスマス。それと誕生日おめでとう。僕からのクリスマスプレゼント……どうかな?」


「ぐすっ……うぅ……せん……き」



 私は立ったままの位置で、彼の目を真っ直ぐ見つめる。



「せんきぃ……せんきぃぃ……うぅぅ」



 私は彼の胸へと一直線に走り……顔をあずける。



「雪音……左手を出して」

「……う、うん」



 彼に言われるまま私は左手を差し出す。


「正式なものは、ずいぶん先になるけど」

「……うん」



 空から言の葉の雪が降り注ぐ。




「僕と結婚してください」





 私の左手の薬指にゆっくりと桃の花の熱が伝わる。千姫の誓いに私は迷わず言葉にする。



「ふ、ふつちゅ……不束者ですがよろしくお願いします」



 私は千姫の左手の薬指に藤色の指輪をゆっくりとめる。彼は感慨深気に見つめた後、噛んでしまった私の頭を藤の花の香りで包む。


「せんき……あのね」

「うん?」


「……もうひとつお願いがあるの」

「うん」


 私は彼の背中に手を回し、耳元で私の誓いを言葉に乗せて。







「私の初めてをもらってくれますか?」

「ふつちゅ……不束者ですがよろしくお願いします」



「んふふっ」

「あははっ」





 聖夜の誕生日……私、桃宮雪音は大好きな千姫と一緒に花の道を歩いていく。



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