第37話 集合
『遊びに来たよ!』
その言葉を聞いて頭の中が空白で埋め尽くされたので少しだけ整理しようと思う。
夏休みに彼と海に行く事に決めた。
水着選びでお互いに合う水着を選んだ。
親友達の包囲網を潜り彼とふたりでアバンチュールを決め込んでいた……ハズ。
「
「え……あ、うん」
生返事をした私は改めて隣を見る。
「……
「ん?」
やだ、ヤバいもうめっちゃ好き。
パーカーを羽織った彼の鎖骨が私の性癖に突き刺さる。本来なら私だけのアルバムに永久保存して増刷したいけれど今はそれどころじゃない。
「どうしたの雪音、可愛い顔して」
「んん〜っ」
やだ!
何でこんなに素直に言葉が出てくるの?
私の事好きなの?
そうだよね?
ね?
「千姫もその……さこつが」
「え、鎖骨?」
「にゃんでもないっ」
危ない危ない……危うく私の危ない一面が出てくる所だったよ。しかしふたりだけの空間を侵食しようとする輩が居るわけで。
「鬼……
「ワンッ!」
そうなのです。
このおじゃま虫ソラさんがいるのです。
でも彼女だけではありません。
「雪音〜、
かおるもいるし
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どうしてこうなった?
なんで私と彼の領域が学校の教室みたいになってるの?
たまらず私は叫んでしまう。
「ゆ、雪音っ!?」
こんな姿は見せたく無かったさ。
だけど人には堪忍袋という便利な袋があってだね、それが切れるとどうなるか見せてあげよう。
「鬼ごっこするわよ! 鬼は私、捕まったら強制送還!」
「え?」「はっ?」「桃宮がキレた?」
なんて聞こえてきたけどもう遅い。彼とお揃いのパーカーを羽織って私はよーいドンの体勢をとる。
「千姫、すぐ片付けるから。桃太郎とお城作って待ってて」
「え、お城?」
視界に捉えたクラスメイト達は我先にと逃げ出していた。
「雪音、行きますっ!」
自分に檄を飛ばして足の砂浜がキュッと鳴く。
「悪い子はいねがぁぁぁぁぁ」
「「「「「「「ギャーギャー」」」」」」」
きっとこれは別の行事。
――――――
「ぜぇ……はぁ……やっと全員仕留めたわ」
死屍累々な様相で私は彼の隣に座る。
「おかえり雪音、カッコよかった? よ?」
少し疑問符な所が気になったけど、彼の言葉は素直に嬉しい。
「喉乾いたでしょ。はいラムネ」
「ありがとう千姫……んくっ」
予め買ってきてくれていたラムネをあおるとシュワシュワが体に染み渡る。体を動かした後の飲み物ってなんでこんなに美味しいのだろう。
「ワン」
「桃太郎も飲みたいの? しょうがないなぁ」
彼と一緒にお城を作っていた桃太郎に手ですくったラムネをひと口。ぴちゃぴちゃと美味しそうに飲む愛犬に心まで癒される。
「……まさかこんな事になるとはね」
「本当よほんと」
顔を上げて砂浜を見ると元気にはしゃぎ回るクラスメイト達。
「ふふっ。みんな元気だね」
「うん」
みんなで遊ぶ事を望んだ彼を尊重しよう。とりあえずさっきの鬼ごっこで溜飲は少しだけ下がったから。
「雪音の水着……似合ってるよ」
「あ、ありがと……千姫も」
彼と一緒に買い物に行った水着屋さん。店員さんに勧められたペアルックは流石に顔から火が出そうだったけど、こういう選び方にした。
私に似合う水着を千姫が選び。
千姫に似合う水着を私が選ぶ。
「桃色がキュートだね」
「藤色だってお洒落だよ」
「ふへへっ」
「んふふっ」
お揃いの水着は買ってないけど、パーカーはお揃いにしたんだよね。それなら水着も一緒じゃんって言うのは無しだよ?
「ワフッ!」
桃太郎は私と彼の間に挟まって尻尾をフリフリ喜んでいる。
「このパーカーの柄、桃太郎にソックリだね」
「ワンッ!」
この子も大事な彼の家族。
海に連れて行けないと分かっていたから気持ちだけでも連れて来たくてこのパーカーにしたのだけど。
「みんな来ちゃったね」
「全くだよ」
少しだけ愚痴を言うのはいいよね。
ザァザァン
ザァザァン
多くの人で賑やかなはずの海岸に波の音だけが耳に届く。
押しては返し、引いては満ちて。
私の心の中みたい。
「千姫は泳がないの?」
「雪音こそ」
「私はここがいい」
「僕も」
いつしか桃太郎の上で手を握っていた。
私の胸の傷はパーカーに隠れて今は見えない。本当は彼と一緒に泳ぎたいけど、こんなに知ってる顔があったら気が引けてしまう。
「ナイトプール楽しみにしていいんだよね?」
「うん……ちょっと恥ずかしいけど」
それは私も一緒だよ。
暫くふたりで海を眺めているとクラスメイト達が遊び疲れてやってきた。
「鬼神……お前」「まさか桃宮と桃色なのか?」「これが夏休みマジックか」
「雪ちゃんやっぱり」「いやいや私はいいと思うよ」「お姉さん大興奮!」
と、クラスメイト達が騒ぎ出す。
「なっ、ちがっ……くはないようなあるような、そうでもないようなそのような」
「「「「「どっちだよっ!」」」」」
しどろもどろになる私に総ツッコミが入る。そんな彼はクスクス笑って「みんなで過ごすのはいいね」と瞳を湿らせていた。
「僕、みんなの分の飲み物買ってくるけど何がいい?」
その言葉に甘える形で各々注文する。
「僕も行くよ」「手伝うわ」とクラス委員長達が立候補して3人で海の家へと向かって行く。
「私も行く……」と言おうとした私は恋バナ好き乙女達にあえなく捕まり尋問される事に。
「さぁキリキリ吐きなさい! 一体いつから付き合ってるの!」
「いや……付き合っては」
ビーチバレーコートに向かう男子達を尻目に、かおるやソラも混ざって悪魔の時間が始まった。
――――――
根掘り葉掘り聞かれた私の体力はマイナスになっていた。色々聞けて満足そうな乙女達の肌はツヤツヤと輝く。
「ねぇ、鬼神くん達遅くない?」
誰かがそう言った。
「確かに……誰か連絡を」
バッグからスマホを取り出そうとした時、急いで走ってくる2人組が見えた。
「……あれは、委員長達だ。どうしたんだろ?」
クラスメイトのひとりがそう言うと片手を上げて手招きする。だけどなんだか様子がおかしい。
夏なのに背中に伝う汗が妙に冷たく感じた。
「大変だぁ! 鬼神君が……はぁはぁ……鬼神君が」
走りながら言葉にする委員長の言葉は途切れ途切れ。
「千姫!? 千姫がどうしたのっ!」
焦る私は委員長の肩をブンブン振って詰め寄っていた。嫌な汗が流れる。
取り乱す私を強引に離したかおるが水を渡して続きを促す。
「はぁ……はぁ……鬼神くんが……溺れてる子供を助けて……そのまま海に」
――え?
その瞬間、誰よりも早く桃太郎が飛び出した。
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