第36話 夏日
「お待たせ
今日の私は彼の瞳にどう写っているのかな。もし叶うなら心の中を覗き見たい。
「……ゆき……ね」
翻訳機を使わなくても良いのかもしれない。揺れ動く言の葉が彼の心境を物語っていたから。
「すごくいい」
「んっ、ありがと」
白のワンピースに麦わら帽子。
ちょっとオシャレなサンダルはママにお願いして買ってもらった。足先にちょこんとのせた淡いブルーのペディキュアが今日のラッキーカラーなの。
いつもは財布の紐をしっかり締めるママだけど出かける理由を言ったら緩めてくれた。その顔も緩んでいたけど気にしない。
「待った?」
もう一度あの言葉を聞きたいな。
初デートで言ってくれたあの言葉を。
「いまきた……ところです」
「んっ、ありがとっ!」
さっきのありがとうも今のありがとうも私の心を満たす魔法の言葉で彼に伝える感謝の言の葉。
「手を繋ぎませんか? 雪音さん」
「ふふっ。なんで敬語なのよ」
「今日の雪音はなんというかその」
「ん? んっ! んん!?」
ズイっと近寄り目を逸らす彼を問い詰めるのだ。これが私のやり方……暴走乙女モード発動だよ。
「大人っぽくて……もうダメだ」
「えっへへ! 私の勝ちだね」
勝敗は既に決していたのだ。
「手繋いで行こう!」
「ホントにずるいよ雪音」
――君ばかり大人になって。
そんな声が風に乗って消えてゆく。
千姫もカッコイイよ。
もう少し後に言おうかな。
ギラつく太陽が中天に差し掛かる頃、私と彼はバス停から降りて潮の匂いのする場所へと向かっている。
ザァーザァー
「風が気持ちいいねぇ」
「だね。もう宿題を見なくていいと思うと清々しいよ」
「あははっ。千姫途中で知恵熱出したもんね」
「それは言わない約束だってば」
恋人繋ぎで海に続く道を歩きながら夏休み初日の事を思い出す。
「
「車があれば良かったけど、また次の機会もあるよ」
少しだけしょんぼりする彼に未来ある言葉を投げかける。彼の愛犬は現在ソラの家に招かれてもてなされているだろう。
『
言い方はまぁアレだけど彼女も善意で言ったに違いない。私はその間海水浴デートの事をポロッと喋ってしまわないか冷や汗ものだったよ。
『フフ……桃太郎はもう私のもの』
そんな心配をよそに忍びの者はご満悦の表情だったので良しとしよう。今度からソラの事で何かあったら桃太郎を召喚しよう。
私の邪の心にそんな項目が追加された。
「わぁ! 見て雪音、人がいっぱいだよ!」
パタパタと小走りになる彼は海水浴場を見てそんな感想を抱く。
「この時期は賑わってるねぇ」
本当はプライベートビーチなんてオシャレな所に行きたかったけど高校生の私達には縁遠い場所。それに何かあった時は監視員の目が行き届いてる場所がいいという事になりここに決めた。
「さてと、早速泳ぎますか」
「だね! 更衣室はあっちだね」
男女隣合う建屋に行く間際に恋人繋ぎが離れてしまう。
「…………」
「…………」
お互い建屋の真ん中で佇んでいるのはなんでだろう。
「お見送りするよ?」
「私も」
どっちか先に動かないと始まらないのは分かっている。分かっているけど足が動かない。いつかの電話でのやり取りを思い出すけれど今は邪魔するものはいないのだ。
「…………あっ」
「…………」
何かを言おうとする彼の裾をキュッと握る。海に来たいと言ったのは私だけど今は別の事を考える。もしかしたら私は彼とならどこだっていいのかもしれない。
「雪音……その、このままじゃ着替えられない」
「……ん。知ってる」
短い返事に沈黙する彼。このまま海水浴はやめてふたりでもっと遠くまで行ってしまおうか。今の私達を邪魔するものがいない……そんな場所へ。
「せん……」
しかし物事とは上手くいかない事の連続だとつくづく思う。
そんな星の元に産まれたのではと呪いたくもなる。私が彼の名前を呼ぼうとした瞬間……変な集団に囲まれたのだから。
一瞬ドキッとして体が硬直してしまう。もしかしてヤンチャな集団に絡まれてしまったのかと怖くなる。そんな私の腕を力強く引き寄せて後ろ手に庇う頼れる背中。
「隠れて」
やだもうなにカッコよすぎ!
不謹慎だけどときめいてしまったのは仕方ない。
けれどそんな感情も一瞬で弾け飛んでしまった。何故かというと、それは固まってる彼の視線の先を辿ればわかるのだけど……
「オッス! 相変わらずお熱いねぇ」
「うふふふっ。じれったくて見てられないわね」
「フフ……私を侮ってもらっては困るよ。遊ぶなら誘え」
何故だ!
なぜ彼女達がここにいるのだ!
いや、まぁこの際この三バカは置いておこう。それより何よりビックリしたのはその後方に陣取る集団なのだけど。
「
「この前のボウリング楽しかったよね」
「水臭いぞ全く、海なら俺を呼べって」
「やっぱりこの時期は海っしょ!」
クラスの男子連中が彼にいい笑顔を向けていた。そしてその横からはこれまた予想外の人達も。
「
「私達もたまたまこの海水浴場来たくてさぁ」(盛大なウソ)
「夏のアバンチュールで大人になるなんて不埒っ」(抜けがけは許さない)
クラスの女子達も来てるんですけど!?
ってかこれもしかしてクラス全員いるんじゃない?
なんでこんな……大所帯で。
くぅぅぅぅぅ原因はアイツしかいない。
「…………ソラ」
「ん?」
キョトンとした顔で「私何かやりましたっけ?」と白を切る彼女に堪忍袋の緒が切れた。
「メッコメコにしてやんよぉぉ!」
持ってたバックを彼に預けて私は砂浜を踏みしめる。
「フフ……準備運動で鬼ごっことはいい考え」
あくまでとぼける彼女を全速力で追いかけた。それを見ていたクラスメイトも「鬼は桃宮だ」と言って混ざり出す。
「お前らも同罪じゃぁぁぁ!」
結局ソラは捕まえられなかったけど、動いたらなんだかスッキリした。
「でもめっちゃモヤモヤするんだからね!」
せっかく入念に隠蔽したのに、これではなんの為に隠してきたか分からなくなる。
「まぁアレだ。雪音はザルだから」
「隠し事は苦手だもんね」
「桃太郎が教えてくれた」
かおると咲葉の感想を受けて胸にチクリとしたものを感じる。この際ソラの発言は無視しよう。
わかってるけど……でもぉ。
半泣きになりながら隣を見ると浜辺のクラスメイト達を見ながら彼は微笑む。
「バレたのならしょうがないよ」
「でもぉ」
せっかくのデートなのに。
「こういうみんなでする行事? って言うのかな? 僕憧れてたから」
「そぉ?」
彼がいいと言うならそれでいいかな。
「それでもダメなら」
「ん?」
別にダメじゃないけど。
「今度はふたりでナイトプールにでも行こう。夏休みは始まったばかりだからさ」
「――っ!」
耳元で囁かれた心地よい声に私の心臓が跳ね上がる。彼の口から聞こえた響きは脳内で反響して頬のスピーカーに伝わっていた。
ナイトプールって、だってそんな……
「……千姫のえっち」
「えぇ!?」
私の方がよっぽどえっち。
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