第35話 夏季

 待ちに待った夏休みがやってきた!


 水着選びデートから今日までの日がとても長いようで短かったと思う。聞くも涙語るも涙の日々をダイジェストでお送りするよ。


「ん? 雪音ゆきね何か隠してる」

「にゃ、にゃにも隠してないよっ」


 隠密機動部隊のソラが水着選びの翌日に鼻をスンスン鳴らしていた。


「怪しい、さっさと吐く」

「何も……あははっ隠して……にゃはは……ないってば〜」


 わきが弱い私だけどなんとかくすぐり攻撃を耐えきった。口を割らなかった私を褒めて!


「雪音、夏休みのこの日って予定あるか?」

「にゃ、その日は!」


 かおるから言われた日は彼と約束した波打ち際のアバンチュール。


「ちょっとその日は遠出の予定がありまして」

「……ほ〜ん」


 アセアセしてる私に少し不思議な目を向けたけど「そっか」と言って別の話題に切り替えてくれる。やっぱりかおるは良識があるよ。


「雪音テストどうだった?」

「バッチリ! 赤点はゼロ」


 エッヘンと胸を張る私に咲葉さくはは続ける。


鬼神おにがみくんのは?」

千姫せんきも大丈夫だって昨日言ってた」


 彼の事ならなんでもござれ!


「鬼神くんと夏休みどこ行くの?」

「千姫とはう……」


 み!?

 みみみ!!?


「……う、うどん食べに行く」


 セーフだよね?


「……ふぶふふっ」


 くぅ、この超絶ドS女がぁ!


「うどんねうどん、はいはい」


 咲葉はケラケラ笑いながら面白い玩具を見つけたように私の肩をペムペム叩く。


「咲葉にはお土産買ってこないからっ!」

「おみやげ……ね。ふふっ」


 ぐぬぬぬぬぬぬっ。

 どこまでもいじらしい女だ。


 それはそれとして彼の方にも嬉しい変化があった。休日にクラスの男子達でカラオケとボウリングに行ったらしい。


 クラス委員長が親睦会を企画したと話してくれた。本当は女子達も誘うつもりだったけど、まずは男子達の親睦を深めてからでもいいのでは、という事になったらしい。


「採点モードってのがあるんだよ雪音!」

「んふふっ」


「委員長がボウリング上手くてさ、マイグローブとマイシューズとマイボウル持って来ててね」

「はいはい」


 興奮冷めやらぬ様子で私に逐一報告してくる姿は桃太郎ももたろうにそっくりだ。いや、桃太郎が彼に似たのかな。


 やっぱり可愛いなぁ。


 男らしい所もあるけど大袈裟なジェスチャーで伝えてくる彼はとても愛らしい。私は少しお姉さん目線なのかもしれない。


 誕生日は私の方が早いからおねいさんでいいよね?


「結婚したら姐さん女房ってやつになるのかな」


 終業式が終わった日の夜にそんな事をひとり思う。



 ――――――



「今日と明日で宿題終わらせるよ千姫!」

「おぉ。また一段と気合いが入ってるね雪音」


 夏休み初日も彼の家に入り浸る。


 結局、お父さんから言われた「家に連れておいで」という願いはまだ達成していない。だって、好きな男の子が自分の部屋に居ると思うとたまらなくこそばゆいのだ。


 絶対発狂する自信があるもんね。


 それでも彼の家は何故か平気に感じるのだ。思えばいい年の男と女がひとつ屋根の下の状況なんだけど、彼の家でアレコレする勇気がまだ無いだけ。

 それにそういう事は正式にお付き合い……結婚を前提にお付き合いをしてからでも遅くないよね。


「雪音、宿題やらないの?」

「やるやる」


 午前中は彼の苦手としている国語から始まり昼食はデリバリーのピザを頼んだ。


「ハーフ&ハーフって響きがいいよね」

「誰かと半分こできるって意味で?」


 私の何気ない言葉に欲しかった答えが阿吽あうんでやってくる。


「そういうこと!」

「雪音ならそういうと思ったよ」


「おっ? 私の事分かってきたじゃん」

「くすぐったいよ雪音……あははっ」


 肘で彼の横腹を突くとキャッキャとした声で笑ってくれる。桃太郎も遊んでと玩具を咥えてきたので少しだけ庭に出よう。


 ミーンミンミン


 ひぐらしの鳴く季節はもう少し先だけど、その頃には私と彼は恋仲になっているはず。


「ほら千姫、手」

「ありがと」


 私の伸ばした手しっかり掴んでくれる。

 お互いの手はしっとりとした季節を告げていた。



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