第34話 水着

「ふぅ……食べ過ぎたよ」

「まぁあんだけ大きいとね」


 私と彼はたこ焼きを食べてお腹いっぱいで机に突っ伏していた。原因は写真で見た商品より遥かに大きな実物が登場したのだ。


 しかもサービス精神大勢なおっちゃんは学割だと言って1人前の料金で2人前用意してくれた。


 いやそれ赤字じゃないの?


 と言いたかったけど"若いウチはいっぱい食っとけ"なんて言われたら断れるはずもなく。すっごく美味しかったんだけどね。


「気前のいい人だったよね」

「うん、1人前でも良かったのにまさかもう1つくれるとはね」


「あの料金であの大きなタコは凄いよね」

「確かに、ほんとに大丈夫なのかな?」


 高校生の私達には経営の事はあまり分からないけど少し心配になってしまう。


 しばらくテーブルで彼と喋りながら時間を過ごす。こういった何気ないやり取りが私は好き。


 しばらくは雑貨コーナーやら書店などを散策した。彼からしたら少しでも気を逸らしたかったのだろうけど、そうはさせないよ。


 目的地である水着コーナーにたどり着く。


雪音ゆきね……僕はその」

千姫せんき恥ずかしのはわかるよ? わかるけどこの前の事忘れたの?」

「うっ……」


 私から話を振っておいてなんだけど彼の顔が赤くなる。当然思い出すのはあの光景で一緒に選ぶと強引に約束した事。


「雪音、なんか変わったね」

「そう? どんな風に?」


 変わったのはわかっているよ。変わるきっかけをくれたのは彼なのだから。


「えーっと……グイグイ来るようになったかな」


 確かにそうだね。どこかのお姫様も言っていたけど、ありのままの姿見せるのよ〜。


「そんな私はキライ?」


 我ながら意地悪な質問かもしれない。きっとソラが聞いたら天誅される。


「うっ……いや、す……」

「す〜?」


 ニヤニヤする私に目を泳がせて困惑する彼。しかしここで邪魔が入る。


「お客様水着をお探しですか〜」


 ビクッとして間延びした声の方向を見ると、おっとりポワポワした店員の女性が立っていた。


 くっ……いつも肝心な時に邪魔が入る。

 今日の運勢は1位なのに〜。


 悔しさで拳を握りしめていたけど、本来の目的を果たさなくてはいけない。


「は、はい……えっと私と彼の水着を……」


 ポワポワ店員さんに目的を伝えるとニコニコとした顔で案内してくれる。そして私の横に来ると彼に聞こえない声で聞いてくる。


「彼氏さんですか〜」


「い、いや、まだ彼氏では……」

「まだなんですね〜。ふふっがんばってください〜」


 私はどうしていつも店員さんに絡まれるのだろう。応援してくれのは素直に嬉しいけどタイミングが悪い。


 そんなに顔に出てるかな?


 ――――――


「こちらが〜の水着になります〜」


「「……」」



 この店員さんはわざとやってるのかな。

 そうだよね?


「それではごゆっくり〜」


 ポワポワしているのは外見だけで中身はソラと同じ匂いがする。


「……千姫」

「……はい」


「どうしましょう?」


 連れてきてもらった手前どうするか悩んでしまう。私は彼が別の水着を提案すると思っていた。しかし思うだけだった。


「せっかくだし、ここから選ぼうか」

「ふぁ?」


 予想外の言葉に私は狼狽えてしまう。彼を見ると真剣な表情で水着を見ている。


「ほ、本気?」

「うん」


 おちょくってるんじゃないかと思ったけどどうやら目は本気だった。


「うぅぅ……ずるいよ千姫」

「雪音には負けるけどね」

「なんだとっ」


 彼の胸に握った拳を押し当てる。手を繋ぐ以外に自然にボディタッチができている。


 うん、私も成長したな。


「あはは、雪音痛いよー」

「痛くしてんの! 私をからかうヤツはこうだ! えいっていっ」


 えいえいとお互いじゃれ合っているとジーっとした視線を感じる。その方向を見ると手を口元にあてて微笑ましく見つめる小悪魔。


 私と目が合うと片手でサムズアップしてウインクをしてきた。


 くっ。今のは私が悪い。


 恥ずかしくなり急に大人しくなる私。


「雪音、どうしたの?」

「そ、そろそろ選ぼうか」

「そだね、その為に来たわけだし」


 私はただ水着を買いに来たわけではない。そしてこの水着は学校で着る為ではなく、夏休みに彼を誘って出かける為に買うのだ。


 千姫はそこまで分かってるかなぁ……まぁわからなくても、私から誘えばいいかな。


 心の中でアレコレ考えながら一緒に水着を見ていく。


「雪音の水着……みずぎ」


 奥に行くに連れて段々露出度が上がっている。彼は自分のより私の水着を真剣に選んでいたけ、顔を見れば恥ずかしい事くらいわかる。


「ニシシッ……千姫は私にどんな水着を着て欲しいのかな〜?」


 デビル雪音召喚!


「えっと、あんまり露出度が高いと他の人にとら……」

「とら〜?」


 なんて言おうとしたのかな。

 取られちゃうだったらいいな。

 今年は何年だったかな〜。

 虎柄の水着をきちゃおうかな〜♪


「……色はピンクがいいな」

「逃げたな」

「うぐっ……」


 まっこれくらいで勘弁してやるか。

 それにしてもピンクかぁ、あの時の下着と一緒だよね。


「これなんてどう? 雪音に似合いそう」


 千姫が手に取った物を見ると薄いピンクの見事なビキニ。しかしビキニはなぁ。


「千姫ケンカ売ってる?」

「えっ? いやっ……あっ」


「あっじゃないでしょう! どこ見て言った?」

「あぁ〜、ゆきねぇ〜あいたたたっ」


 軽く彼の頬をつねってわからせてやる。


 ケンカを売ってるわけじゃないのはわかってるけど、私のコンプレックスの胸はビキニで収まるようにはできていない……いや育ってはいない。


「ゆふぃね……いふぁい」

「どーせ私はひん……にゅ」


 自分で言うと悲しくなる現実。

 どうにかしたいよ。


「いや、いいと思うよ! うん、僕は好きだね。清楚で慎ましやかで奥ゆかしくてこれからの未来に想いを馳せる的な……ザ・雪音って感じ」

「どんな感じよ!」


 彼からの精一杯の慰めも大平原の前では意味をなさない。


 はぁ……まぁ好きって言ってもらえたからプラスかな?


「デザインはアレだけど、色はいいと思うんだよねぇ」

「だよね、雪音カラーだもんね」

「どこ見て言ってんのよ」


 一連の会話から少しだけ羞恥心がやわらいだのけど、彼の視線は私の下の方に向く。


「……えっち」

「男の子ですから」

「開き直った?」


「あははっ」

「ふふふっ」


 そして私達はたっぷりと1時間程水着を吟味する。時には冗談を言いつつ楽しく決めていった。


 お互いにこれだ! って思う水着に出会えたのでそれを購入。どんな物を買ったのかは夏のお楽しみにしよう。


「じゃあ帰ろっか雪音」

「うん千姫」


 私達は手を握り、程よい湿度と夏の匂いのする夜道をゆっくりと歩く……彼の方から恋人繋ぎをしてきたのは僥倖ぎょうこう



 夏休みに千姫を祭りに誘って……そして、そこで告白をしよう。



 今後の事を考えると私の心は華模様。


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