第33話 逢瀬

 夏が本格的に近くなってきた季節。

 梅雨のジメジメした日が続いていたけど、つかの間の晴れ渡る空。そんな放課後の教室にふたつの人影。


「もうみんな帰ったかな?」

「たぶんね。部活の人も夏の大会とかで忙しいだろうし」


「「…………」」


 お互い隣の席なのに見てる方向は明後日。放課後まで待ったのは理由があるから。


「じゃ、じゃあ行こっか千姫せんき

「う、うん雪音ゆきね


 休日の作戦は失敗に終わってしまった。しかし色々理由を付けて今日という日を約束したのだ。いや、勝ち取ったと言っていい。



 ふたりで水着を買いに行く。



 藤園デートの時とはまた違う緊張感を私は感じていた。一緒にお出かけする事は変わらないけれど見に行く物がまるで違う。

 いやある意味"はな"という点では一緒かもしれない。


 大地に咲くはな

 海辺に咲くはな


 どちらも綺麗な唯一の……はな。

 私は彼だけの華になりたい。


 デートの日以降、他の何も眼中に無いくらいに私の心は彼だけを見ている。きっと周りから見たらあからさまだろう。ソラ達も前にも増して後押しという名のからかいをしかけてくる。


 彼も男子達と少しずつ話すようになって、安らげる場所が広がったらしい。その事実が私を安心させる。


「雪音……その」

「ん?」


 チラリとコチラを見て視線を逸らす彼が口を開く。


「髪型……に、似合ってるよ」

「ふふっありがとう」


「夏だから?」

「まぁね……」


 私の今日の髪型はポニーテール。シュシュで軽くまとめただけの簡易的なものだけど、彼には効果があった。ちなみに今日の下着は白を着ている。この前の事があってからいつ彼に見られてもいいように臨戦態勢を整えてるのだ!

 それにもうひとつ理由もあるわけで。


「ねぇ千姫?」

「なに?」


「……手」


 差し出した私の左手を彼はじっと見て一言。


「つなぐ?」

「うん!」


 ギュッ


 校門から出て周りに誰も居ないのを確認した私は彼の手を握る。デートの時の感触が忘れられず彼の温もりを求めてしまう。


 すごく好き……いっぱい好き……大好き!


 ソラ達には引かれるかもしれないけど、1日彼に会わないだけで私は悶々としてしまう。


 今何してるかな?

 今日の食事は何かな?

 桃太郎ももたろうは元気かな?

 ソラ達とどんな話をしてるの?

 家に誰か女の人呼んでないよね?

 メールしてみようかな?

 電話の方がいいかな?

 いや直接。


 アレ? 私ストーカーじゃない?


 そのとおりなのかもしれない。


 恋する乙女であれば誰しも思っている事だと納得しようそうしよう。


「雪音、電車来たよ?」

「ふぇっ?」


 思考の波に揺られていたので電車が来た事も気づけなかった。彼に手を引かれて変な声が出た。


「ははっ今のは素のリアクションだったね」

「からかわないでよ!」


「何か悩み事?」

「えーっと」


 言えるはずがない。

 ずっとあなたとの色々を考えてたなんて。

 そしてその先の事も。


 ポッと私の顔が赤くなる。もともと私の肌はその名前のように白い方なのですぐ彼に伝わってしまう。


「雪音、熱でもあるの? 顔赤いよ?」


 ピトッ


 彼のひんやりした左手が私のおでこを優しく冷やす。不自由だという右手は私がしっかり握っている。彼の右手になる為に。


「せせせせ、千姫……だ、大丈夫だから!」


 余計に熱があがってしまう。

 電車のドア付近に寄りかかり私と千姫は向かい合わせ。


 お願い、ここで電車よ揺れてくれ!

 そして私に2度目の壁ドンを!


 変な事を考えていた私の願いを聞き入れてくれたのか……それとも。


 ガタンッ


「キャッ!」

「おわっ……」


 トンッ


「……ゆ、雪音」


 本日の山羊座やぎざの運勢は第1位。

 ラッキーカラーは白

 ラッキーアイテムはシュシュ

 『一言アドバイス』

 押してダメなら押されてみな?


 占いの神様ありがとう!

「……雪音大丈夫?」

「う、うん」


「ごめんね、痛くなかった」

「うん……き、気持ちよかった」

「?」


 彼が覆い被さる時にお互いのおでことおでこがぴったんこ。


「じゃなくて熱は無いから! 次の駅で降りるよ」

「う、うん。それなら良かった」


 ――――――


「千姫、ちょっとお腹空かない?」

「確かに空いたかも何か食べる?」

「うん食べ……あっ」

「どうしたの?」


「いやぁ……水着の予算を考えたらね」


 うぅ、お小遣い制の辛い現実だよ。


「それじゃあ僕が出すよ」

「えっ? いやいやいいよ千姫のお金だもん」


 さすがにそこまでお世話になる訳には。


「いいんだよ雪音。桃太郎ももたろうにいっぱいお菓子とかおもちゃとか買ってきてくれたでしょ? そのお返しだと思って」


 あぁ、桃太郎のね。

 うん、分かってたけどね……ははっ。


 彼が桃太郎を口実に気を使ってくれたのかなと思うとちょっぴり嬉しい。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

「うん、素直な雪音が1番だよ」


「それは……反則」


 そんな笑顔を向けられら、さらに惚れてしまうじゃない。


「何食べようか?」

「う〜ん……」


 フードコーナーに到着して色々なお店を見ていたけどなかなか決まらない。そこで彼が真剣な顔で尋ねてくる。


「ねぇこういう時、女の子ってクレープを食べるって聞いたけどホントなの?」


 隣で顎に手をあてながら真剣に聞くものだからおかしくなってしまった。


「ぷはっ……はははははっ、なにそれ?」

「いや、僕は真剣にだね」


 私に笑われたのが不思議だったのか彼がコンコンと訳を話してくれた。



 いわく、女性雑誌で研究した事。

 曰く、ソラ達に相談した時は彼女達が砂糖を吐いていたらしい。

 曰く、桃太郎にも相談したと。


 最後は想像ができてしまい余計におかしくなる。


「もう雪音ってば、笑いすぎ」

「だ、だって……桃太郎にも相談なんて……あははははっ」


 私のツボが浅いのか千姫といると楽しいのか……きっと後者だよ。


「はぁ……はぁ、いやぁ久しぶりにめちゃ笑ったよ」

「雪音はいっつも笑ってるよ」


「千姫と一緒だからだよ」

「おっ……ん」


 私の言葉に彼からの反論は止んだ。

 してやったりだよ千姫。


「まぁ結論を言うとだね千姫君」

「うん」


 彼の正面に陣取りニヤッと下から笑ってやる。小悪魔らしく策をくわだてるのはもうヤメだ。私みたいに顔に出るタイプはストレートが1番!


「私はたこ焼きが食べたい!」


 ドヤ顔で看板を指す私に今度は千姫が耐えられなかった。


「あははははっ……雪音サイコー」


 どうやらお互いのツボ……好きのツボは同じらしい。


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