第23話 熱々
「うぅぅぅぅ」
「まぁまぁ
「だって〜」
私はサンドウィッチを忘れたショックから立ち直れずにいた。彼からの言葉は嬉しかったけど思い出す度に心に重りがのしかかる。
「僕も事前に言わなかったのが悪いし、それに作ってくれたのが嬉しかったから。ね?」
彼は私を慰めてくれている。握ってくれた手の温もりが私の心に伝播する。
「別に
「そういう所も……可愛いよ」
今はその言葉だけで癒させる。
手を引く彼が立ち止まる。
「このお店にしよう!」
「ふぇ?」
顔を上げると目の前に飛び込んできたのは大柄なシェフが帽子を被った看板。話によれば園内には数箇所の飲食店があり、そこでしか飲食はできないみたい。
「ん〜いい匂いがするね千姫!」
「行こうか雪音」
ぐぅぅぅ
クゥゥゥ
食欲には勝てそうにない。サンドウィッチの事は一旦保留にして自分の欲に素直になろう。
「その……ここで良かったかな?」
「うん? 私はなんでも大丈夫だけど」
彼は少し歯切れ悪く店内に入ると小声で話しかけてきた。少し違和感を覚えたのでもう少し追求してみる。
「どうして?」
さてさて真相やいかに。
「お、女の子ってパスタが好きだって本に書いてあったから」
言い終わると水を一気に飲み干す彼。その姿を見て私は悶えてしまった。
くぅぅぅ! たまりません!
「ふふっ、それは偏見かな〜」
「えぇっ! そ、そうなの? いや確かに参考までにとは書いてあったけど……」
私の意地悪な返しに彼は慌てたように鞄から小さなメモ帳を取り出す。
「んふっ。な〜にそれ?」
ニヤニヤしながらデビル雪音ちゃんの登場。手を伸ばし彼のメモ帳をパシッとゲット。
「あっ、ダメだよ返して〜」
流石に店内で騒ぐ事はできないので、彼は口と手で反撃してくる。
「え〜と、なになに『理想の恋のはじめかた』」
ぐはっ!
雪音のライフはマイナスよ。
「もう、ゆきね〜」
ボォォッ
読み進めると私の顔から炎が吹き上がる。まるで火山活動中の山みたい。
「お、お返し……します」
周りでは食事をする親子連れの楽しそうな会話が聞こえる。そんな中、氷を張ったような静けさのテーブルが1つ。
私達だった。
「ど、どこまで読んだの?」
どこまでっそんなのは。
「ぜ、全部です」
見てしまった……今後の予定も何もかも。
「あははっ、僕も
諦めと羞恥の波が強かったのか彼は今日1番の大声で笑っている。
「ご、ごめんね」
せめてもの謝罪を口にする。
「いやいや気にしなくていいよ。雪音といると毎日楽しいから」
「うん……ありがとう」
私はもっと楽しいぞ
彼はどこか開き直ったようにカラカラと笑っている。それにつられて私の顔も自然に
「お待たせしました〜熱々のアツアツチーズナポリタンです」
「「――っ!!」」
2人の世界に侵入者が現れたと思ったら店員さんだった。
アレ?
私が頼んだのはアツアツチーズナポリタンだったような。
「こちらは大変おアツくなっておりますので火傷に気をつけてくださいね」
「は、はい……」
素敵な笑顔を私に向けてポニーテールを揺らしながら厨房に戻っていく店員さん。
「なんか、アレだね」
「うん……」
「「恥ずかしぬっ」」
チラリと周りを見てみると、近くの席の女の子とバッチリと目が合う。女の子は目を輝かせながら二パーッと笑うと大きな声で。
「あちゅあちゅ〜」
おやめになって可愛い天使ちゃん。
その後すぐに彼が頼んだシーフードパスタがやってきた。
「こちらも熱々になってますので冷めないうちにどうぞ♪」
ポニーテールの可愛い店員さん、なぜ私を見て言うのかな? かな?
「あはは、なんか陽気な店員さんだったね」
「陽気っていうか、小馬鹿にされてたような」
「雪音が可愛いって事で勘弁してやってよ」
「もうっ! すぐそうやって誤魔化す」
軽口を言い合いつつ、店員さんに乗せられて熱々のうちに食べてみよう。
この恋も冷めないうちに。
パクッ
「熱っつ!」
口に含んだパスタはチーズの部分をバーナーで炙ってあり想像以上に熱かった。
「雪音大丈夫? 冷まして食べないと」
「ふぇぇ……」
「ほらお水」
彼から渡されたお水を慌ててグビグビ口に含む。
「ぷはぁ……はぁ……うぅ」
「火傷した?」
「ふぁいじょーふ」
舌をクルクルしながら火傷の有無を確かめる。どうやらなんとか火傷は防げた。
「雪音はあわてんぼうなんだね」
「不可抗力だよ〜」
なんとか喋れるまで回復したのに、恥ずかしくてフォークが進まなくなってしまった。
そんな私の隣に座る人影が現れた。
「えっ?」
「雪音はあわてんぼうだから食べさせてあげる」
どうして千姫が隣に?
まさかさっきまでのは残像?
話は簡単で、私が思っていたよりも長い間フーフーしていたので、それを見かねて彼が心配して隣に来たらしい。
「ななな……じ、自分で食べられるよ」
私は差し出されたフォークを見ながら拒否した。しかし彼は引くことはしない。
「この前のお礼」
「お、お礼?」
思い出すのは病気で寝込んでいた彼の家に突撃した時の光景。
「あっ……」
「これで、おあいこでしょ?」
なるほど、これが噂に聞く好きな人からのあ〜ん。
いや、逆じゃない?
普通女の子からのあ〜んにドキドキするものだよね?
「雪音、あ〜ん」
彼の目は真剣そのもの、しかしその裏にはイタズラ心が見え隠れする。
「ぐぬぬっ……仕方ない……いざ!」
パクッ
このまま押し問答をしていても周囲に見られて恥ずかしぬだけなので、一思いに口に頬張る。
「どう? 美味しい」
「モグ……ゴク……うん、美味しい」
味なんてわかるわけない。
隣には好きな人、その好きな人からの最大級の攻撃に心の中が火傷しそう。
ふたたび視線を感じでチラリとその方向を見る。すると、さっきの女の子と店員さんが私達を見つめて、再び二パッとした可愛い笑顔とニヤニヤした顔。
今度は両手をほっぺたに添えてタコさんの口で声に出す。
「「あっちゅあちゅ〜」」
もう少し……心の火傷はこのままで。
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