第22話 三度

 陽の光が暖かい。

 私の心はそれ以上に暖かい。

 彼から名前を呼ばれる事がこんなにも嬉しいなんて。


 そして彼も同じだったのが嬉しくて気持をどこまでも押し上げる。


雪音ゆきね……さん、あの」

「さんはいらないよ千姫せんき


 彼はどこか恥ずかしそうに目線を泳がせながらそっと私の名前を口にする。


 大胆なんだかシャイなんだか。


「うん、わかったよ雪音」


 ぐふぅ。

 雪音だって! 

 ゆ・き・ね♪


 彼の一言一句が私の心臓を離さない


「それでどうしたの千姫?」


 彼の名前をもっと口に出したい。ことある事に彼の名を呼ぶ。


 千姫……自然とその響は私の心にしっくりと馴染む。


「もうそろそろお昼にしない?」

「あっ、そういえば……」


 言われて数秒。


 ぐぅぅぅ

 クゥゥゥ


「…………」

「…………」


「き、聞こえた?」

「バッチリと……僕のも聞こえた?」


「しっかりと!」

「ふふっ」


「「あはははっ」」


 体は正直だ。こんなに緊張しているのに食欲は空気を読んでくれない。だから欲と呼ぶのだろう。


「雪音と周波数が似てるのかもね」

「周波数?」


「うん、例えなんだけどね。以心伝心いしんでんしんとはちょっと違うけど同じ電波みたいなこと」

「……同じ電波」


 彼と同じ電波……その例え方までも愛おしいと思ってしまう私の心は花模様。


 昨日までの冷静な私はどこへ行ったの?

 こんなにドキドキしてるのはいつぶり?


 って嘘なんだけどね。


 昨夜は楽しみのあまりほとんど寝てないし、朝早く起きて家族に内緒でお弁当まで作ってきた。遠足前の子供よりウキウキしているかもしれない。


 しかし、世の中はうまくいかないもの。


「じゃあ、お昼食べようか!」


 私は彼からの提案で鞄の中を漁ってお弁当を取り出そうとする。ちなみに今日はサンドウィッチにしてみた。これなら具材を挟むだけなので料理が不得意な私でもなんとか作れるのだ。


 ありがとう咲葉さくは


 ガサッ

 アレ?


 ガサゴソッ

 アレレ?


 ゴソゴソ、ガサガサ

 アハハハ……


 ギャンッズハンッドバンッ

 神様ぁぁぁぁ!


 頭の中が真っ白になり血の気が引いていくのがわかる。顔面蒼白とは私のことよ。

 せっかく早起きして彼の事を考えながら作ったサンドウィッチ。


 くそ魔女め!

 私の心を恋でサンドして満足して帰ったのか!


 怒りのぶつけどころが分からず自分の心に八つ当たりしてしまう。


「ゆ、雪音?」


 バッグをひっくり返した私を心配そうに見つめる彼。


「うぅぅぅ……せんき〜」


 数時間前の事がアリアリと蘇る。


 卵を潰しマヨネーズをたっぷりとかけて隠し味に蜂蜜を入れた、たまごサンド。


 薄く切ったハムにシャキシャキレタスとトマト、隠し味にチリソースを入れた、ハムサンド。


 昨日の残りの照り焼きチキンをこっそり拝借しタルタルソースを添えた、照り焼きサンド。


 今朝の光景が頭の中でフラッシュバックする。


 あぁぁテーブルに置いたままだ!


「わ……」

「わ?」


「忘れたよぉぉ」


 園内に響く私の慟哭。

 せっかく早起きしてこの日の為に咲葉から教えてもらったのに。


 ケケケケケッ


 心の中の魔女が嘲笑った気がした。


「フフフッ……ふふふふふっ」


 壊れた人形のように私の口から魂が抜けてゆく。それを心配して彼が肩を揺さぶりながら声をかける。


「おーい雪音、戻ってきて!」

「ははは、笑ってよ千姫、この哀れな私を」


 もはや口調までおかしくなる始末。


 だって仕方ないじゃん。

 この日の為に、彼の為に、笑った顔が見たくて頑張って作ったのに。


 私がどれほどこの日を楽しみにしてたか。


「うぅぅぅ……お弁当忘れちゃったよ〜」

「お弁当?」


 目の前の現実を口にした私に彼はキョトンとした顔。


 むむむ!

 その顔は私がお弁当を作るなんて変だと思ってる顔だな。失礼な!


 しかし、彼の口から出た言葉は見当違いのものだった。


「あっ! そういう事か……ごめん雪音、先に言っておくべきだった」

「ほえっ?」


 私の言葉に何か納得した顔で手をパタパタさせながら謝ってくる。一体なんだと言うの?


「ここ……お弁当持ち込み禁止なんだよね」


「…………はい?」


 オベントウモチコミキンシ?

 はて? 彼はなんと言ったのかな。


 お弁当……禁止。

 持ち込み禁止。



「ホントデスカ?」

「ホントデスネ」


「先に言ってよぉぉぉ」


 八つ当たり気味に彼の胸をドンと叩く。


「ご、ごめん! まさか雪音がお弁当を作ってくるなんて思ってなくて……」

「今、軽く悪口言ったよね?  ね?」


「あははは……スルーの方向で」

「しっかり聞こえたもん! 全く本当にまったくだよ」


 料理が得意じゃない事は彼も知っているけど、今日くらいちょっとは期待してくれてもいいじゃん! 男の子は好きな女の子からの手作り弁当を食べたいもんでしょ?


 ん……好きな女の子?


 ここで私は致命的なミスをした事に気づく。私が彼を好きな事はさっきわかった。それはいい。

 しかし彼が私を好きかどうかは不明のままだ。


 早とちりする所だったよ。


 今までの会話からするとちょっとは好意を持ってくれているはずなので、彼の真意を知るためにこっそりと探りを入れてみよう。


 今日の私は一味違うよ?


「エッホン、オッホン……千姫はさぁ?」

「雪音さん色々不自然だよ?」


 いつも通りでした!


「いや、あの……」

「うん」


 気を取り直していってみよう!


「私が作ったお弁当食べてみたかった?」


 アレ? こっそりはどこに消えた?


 そんな私のストレートな質問に彼は真剣な顔。


「すっごく食べてみたかったよ! さっき忘れたって言ってたよね?  今日の為にわざわざ雪音が用意してくれたんでしょ? それなら尚更食べたかったな」


 くぅぅぅ。

 これ脈アリちゃうん?

 両思いちゃうん?


 早口で捲くし立てられた彼のストレートなボールに、心のバッドでホームランを打ちたい。


「ほ、ほぉ〜ん。私の作ったお弁当が食べたいんだ〜へぇ〜」

「挙動不審な雪音も可愛いね」


 余裕があるのかないのかわからない私の返事に更に追撃が加わる。


「この前看病に来てくれた時にお粥作ってくれたじゃん。誰かから料理を作ってもらうのが久しぶりで凄く嬉しくて」

「う、うん」


「それにその……雪音が作ってくれたってのが1番嬉しくて……だから、雪音の料理……もっと食べたいな」


 ダメだ……そんな目で見つめられると私の体温があがっちゃう。


「今度また作ってくれる?」

「うん。愛を込めて」


 体温計があったらきっと高熱を検知してるよ……それともエラーかな。


 サンドウィッチは忘れたけれど、恋の温度は三度上昇。


 魔女さん、どうもありがとう。


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