第24話 歩幅

「美味しかったね雪音ゆきね

「う、うん……まろやかなチーズというか甘さというか」


 私と彼は昼食を終えて再び園内を散策していく。パスタは美味しかったけど、それ以上に恥ずかしくて正直味はあんまり憶えていない。


「そういえば千姫せんき、聞いてもいい?」

「うん、なんでもどうぞ」


 2人で歩く紫の回廊を進みつつ気になっていた事を口にする。


「千姫って名前は、なにか由来があるの?」


 この質問は人によって気を悪くするかもしれない。しかし、初登校の日に自分自身でネタにしていたので今の状況なら大丈夫な気がする。


「名前の由来かぁ……」


 空を見上げて立ち止まる彼、その瞳に映るのは過去の思い出かもしれない。


「名付けたのは僕の両親というか、父親なんだけど、女の子が欲しかったみたいでさ」

「うん」


 語り出す彼は少し苦笑い。指で弾けば割れてしまうガラスのような表情をしていた。それを見た私は彼の手をそっと握る。


 ギュッ


「おわっと。雪音? どうしたの」

「ごめん、なんとなくこうしてたくて」


 彼の腕を抱き寄せてそっと私の体に押しつける。その反動で私と彼の距離は無くなり、紫のカーテンの中に2人の姿が溶けてゆく。


「ありがとう雪音」

「うん」


 こっちこそだよ。


「それにね、雪音には僕の事を少しずつ知ってほしいんだ」


 優しく私の肩に触れる彼の手と声音こわねは決して怒ってはいなかった。それどころか穏やかな音色。


「……聞かせて千姫の話」

「うん、ありきたりな話でいいなら」


 そんな事ない。もっと知りたい。


「ありきたりなんかじゃないよ、私にとっては……」

「ん?」


 それから先の言葉を言えずに俯く私。彼は追求することは無く話を続けてくれた。


「っでね、父親が女の子がいっぱい欲しいって事で……千姫。単純でしょ?」

「ふふふ、確かに」


「それにね」

「うん?」


 千の姫かぁ。

 んふふっ。


「僕の誕生日が3月3日で桃の節句ってのもあるみたい」

「……千姫の誕生日」


 私の脳内カレンダーの3月3日の欄にハートマークを付けたのは内緒。

 この先もずっと消えることの無い、ただひとつのシルシ。


「苗字が鬼神おにがみだから、多少女の子っぽい名前でもいいかなって事になったんだって。母親は千人の女の子を守りなさいって後付けで言ってたけどね……」


 笑う彼は懐かしさを含んだ目をしている。見えないハズの右目には、きっと3人で過ごした記憶が灯っているのだろう。


 鬼の島の姫。

 囚われの姫。

 助けに行くのは誰の役目?


「私もね……」

「雪音も?」


 彼が話してくれた名前の由来。ならば私も話すのが当然な気がして自然と口が動いていた。


 私の事ももっと知ってほしい。

 桃の名を持つ私はきっと彼と歩いて行けるから。


「雪の日に産まれたから雪音……窓を開けると雪の音が聞こえたって両親は言ってたの。私も単純でしょ?」


 由来が似ていたのが私にはたまらなく嬉しかった。そして私の誕生日は。


「雪の日かぁ……ちなみに、そのぉ」


 少し意地悪だったかな? 他人の誕生日を聞くのは勇気がいる事だと私は思う。さっき見たメモ帳には……こう書かれていた。



『さりげなく誕生日を聞くこと』



 見てしまった以上さりげなくも無いのだけど、パスタであ〜んの恥ずかしぬのお返しだよ。


「な〜にかな〜千姫くん? 私の〜?」


 この顔をソラに見られたら一生バカにされそうなほどニヤニヤしてると思う。



「ゆ、雪音の誕生日っていつですかっ!」



 私の両手を握りしめ、目をつむりながら叫ぶ彼。


 真正面から来るとは……鬼神千姫恐るべし!


「じゅ、12月……25日……です」


 質問した彼よりも答える私の方が余裕が無い。


「えっそれって、クリスマス?」


 コクコクと頷くことしか出来ない私。


「わぁ、そうなんだ。2人ともイベントの日が誕生日なんだね。ちょっと嬉しいや」


 私はその言葉の方が嬉しいけど。


 はにかむ彼はあははと笑いながら目を泳がせる。


「ね、ねぇ……雪音さん」

「んん〜? なんだい千姫さん」


 ここで負けてはいけないと思い余裕のあるフリをする。気付いてしまったか私の誘導尋問に。


「もしかして今の流れってメモ帳の?」

「ふっふっふ! 仕返しだよ千姫くん」


 あちゃーといった具合に天を仰ぐ彼の姿を見て高笑いする女の姿がそこにはあった。


 私だった。


「ねぇ、あのメモ帳って千姫が作ったの?」


 今なら何を聞いても答えてくれそうな気がする。恥ずかしさを置き去りにしてグイグイ攻めてやる。


「まぁね、今更だけど結構頑張って作ったんだよ」

「ごめんねとありがとうと嬉し恥ずかしだね」

「もうっ!」


 プイッとそっぽを向く男の子を愛おしいと思う。サプライズ失敗したじゃん、と言う彼だけど私は誘って貰った時からサプライズ続きだよ。


「ねぇ千姫」

「ネタばらしする人の話は聞きませーん!」


 それでも握った手を離さないのはいとをかし。


「んふふっ」

「な、なんで笑ったの雪音?」


 可愛いなぁもう。



 彼の頬をそっと指が触れる。

 それだけで私の心臓はギュッと苦しくなるけどきっとこれが恋の痛み。見つめる瞳が重なり合い互いの時間を静止させる。


「あのね」

「う、うん」


 彼の心に寄り添いたい。


「千姫はそのままでいて」


 これが私の本音。


 自分を変えようとする事も私を喜ばせようとしてくれた事も凄く嬉しい。でも、私はありのままの君でいて欲しい。


「色々考えてくれた事は凄く嬉しい。たぶん私も同じ事をするかもしれない」


 恋した男の子と同じ速度で歩きたい。


「だから……その、一緒に同じ歩幅で歩いて行けたらって思うの」


 隣に寄り添い一緒に成長して、この想いをいつか君に伝える為に。


「うん……僕もちょっと背伸びし過ぎてたかなって思ったんだ。今の雪音の言葉は凄く嬉しいよ」


 もっと同じ時間を共有したい。



「うん、だからね千姫……」



 私の言葉を遮り彼が先に口を開く。



「一緒に同じ歩幅で歩いて行こう……雪音」



 彼の手も私の頬に触れる。

 心臓はもう限界、だからこそ私は笑顔で頷くの。


「うん、千姫!」


「雪音の名前、その……好きだよ」

「私も……千姫の名前大好き!」


 今はこの好きでいいかな。


 最大級の好きは胸の中でゆっくりと育んで行こう。


 風にそよぐ藤の花がウェディングベールのように私達を包む。




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