第11話 変化

 最近の彼は勉強や実習などの授業を積極的に受けるようになった。入学してきた頃は寝ている事が多く、あんまりまともに授業を受けてる印象はなかったけど、少しでも頑張ろうとする彼は少し頼もしく見えた。


桃宮ももみやさん、ここわかる? 教えて欲しいんだけど……」

「ん、どこ?」


 私の隣の席の彼。

 そのおかげで授業の間の休み時間は彼が積極的に質問してくることが多くなり自然と会話も増えてきた。


「あぁ、ここ難しいよね……読解力が必要っていうのかなぁ。この場合、紫式部むらさきしきぶが――」

「――なるほど! 桃宮さんの説明凄くわかりやすかったよ、ありがとう」


「どういたしまして。それよりもどういう心境の変化なの? 今までは、まともに授業受けてなかったよね?」


 私は失礼かもと思いつつ思った事を口に出していた。これは私の性格かもしれないけど、彼に興味を持ち始めたのは確かな事。


「う〜ん……なんていうか」


 彼の反応に私はなぜかドキドキしている。


「もっといっぱい桃宮さんとお喋りしたいなと思いました!」

「へっ?」


 小学生の作文みたいな返しに私は間抜けな声を出してしまった。


「今まではただ見てるだけで良かったんだけど、話すようになって、もっと知りたくなった……かな?」

「えっ? それってどういう……」


 彼の言ってることは私の質問の答えになっていなかったけど、話の内容を推測すると私の事を好いてくれているのかな。

 そんな自分が恥ずかしくなって途中で聞くのをやめてしまった。


「ふふふっ」


 彼は意地悪そうな笑みを浮かべて私の方を見ている。いつもは私が話の主導権を握っている感覚だったからちょっと悔しい。

 でも、少し……ほんの少しだけ彼と近づけた気がした。


「ねぇ桃宮さん」

「何?」


「こんど……」

「ん?」


 彼は少し言い淀んで数秒ほど黙っている。それでも何かを言おうとしている彼を私はじっと待つ。


「今度……お、お花見に行かない?」


「お花見?」


 彼からの提案は予想外の内容だった。なぜなら花見の季節なんてとっくに過ぎているのにそんな事を言い出すなんて。


「理由を聞いてもいい?」

「……大した理由じゃないんだけど」


 彼はゆっくりとその理由を語ってくれた。


「この前、右目の事話したよね?」

「……うん」


「その時桃宮さん、この目を見てキレイって言ってくれたから」

「うん」


 確かに私はあの時そう言った。だがその話と花見になんの関係があるのだろう。


「この目を見てそんな感想を言ってくれたのは桃宮さんだけだったから……その、嬉しかったんだ」

「……」


 彼のその表情は、過去にあまりよくない事があったのだと推測できてしまうほど悲しさを孕んでいた。


「あの時初めてこの目で良かったなって思えたんだ」


 そんな些細な事で。


「だから桃宮さんは花が好きなのかなって」


 ううん。彼にとっては大きな事。


「それでお礼を兼ねて一緒にどうかなって……思ったり、思わなかったり」


 あぁ、もう可愛いなぁ。


 ドキドキ、モジモジしながらも伝えてくれた彼からの精一杯の想い。


 彼の動物に対する優しさや、どこか柔らかくそして儚げな表情。かおる達との関係、彼の事をもっと知りたいと思う私。


 少ない時間だけど彼を見てきた私の目と心を信じてみよう。


 心の中で言い聞かせ、不安そうな彼にとびきりの返事をするのだ!


「行こう鬼神くん!」


「えっ?」


 彼は私の声の大きさに驚いている。普段はこんなに大きな声を出さないけど、なぜかこの瞬間は声に魂が宿っていた気がする。


 クラスメイトもビックリして私達を見ていた。けれどそんなのは気にしない。思った事を口にする私の性格を舐めないでよね。



「一緒にお花を見に行こう!」

「桃宮さん……うん、行こう!」



 彼の笑みで救われる。

 そんな気がした。


 私と彼のお花見……この季節はどんな花が咲くのだろう。


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