第10話 招待
「ねぇ……
「ん? どうしたの」
彼の庭先で
「あの……良かったら家に入る?」
「えっ?」
私は少しドキッとした反面、意外だなと思ってしまった。今までは庭先で桃太郎と遊ぶだけだったのでそれでいいと思っていた。
何か足りないものや飲み物は彼が家に入って取ってくる。そんな日が続いていたから。
「あ、嫌ならいいんだけど……ただ、美味しいケーキを手に入れたから。その、どうかと思って」
彼は少し赤くなりながら話を続ける。私は彼の秘密を知ってしまったので、ちょっと罪悪感があるけど彼の提案に乗ることにした。
「いいよ、ちなみにどんなケーキ買ったの?」
「えっと、シンプルだけどイチゴのショートケーキとチョコレートケーキかな」
「ちなみに
「桃宮さんが選ばなかった方」
「ふふっ。何よそれ」
彼はそう言って優しく微笑んでいた。
「じゃあ、行こうか」
「お邪魔します」
私は彼に連れられて玄関を潜る。外観は少し古い印象だったけど、中に入ると木の温もりを感じるとても暖かな印象の家。
いつかの夏の匂いがする。
彼の後ろをついていきリビングに入る。1人暮らしだとは聞いていたけど、すごく荷物が少ないような、家具が少ないような、室内は少し寂しい印象。
「桃宮さん座って待ってて」
「う、うん」
リビングにあるソファに腰をかけると、彼はキッチンの方へ向かいポットでお湯沸かし始めた。
「桃宮さん、紅茶とコーヒーがあるんだけど、どっちがいい?」
「紅茶をもらっていい」
「わかった」
しばらくして紅茶とコーヒーと、それから2つのケーキを持って彼が私の隣に腰掛ける。
触れるか触れないかの距離はティーカップ2つ分。そしてチョコレートケーキとショートケーキを持って再度彼が口を開く。
「どっちがいい?」
「鬼神くんが買ってきたんだよね? 先に選んでいいよ」
「桃宮さんが選んで」
「鬼神くんが……」
堂々巡りになりそうなのでここは彼に従おう。家の中の彼は表情が柔らかく少し大胆。
「じゃあイチゴのショートケーキで」
「うん!」
彼は私の反応に嬉しそうに答えショートケーキを私の前に置いてくれた。そして可愛らしい犬のティーカップと共に紅茶から甘い香りがする。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
一口サイズにケーキを切って口元に運ぶ、そしてゆっくりと口の中で味わう。
スポンジが柔らかく、そしてクリームがほどよい甘さ、駅前の有名店で買ったと言っていたその味はモヤモヤしていた心を溶かしてくれる味。
彼の方をチラリと見れば私の一挙手一投足に満足そうな顔。それが恥ずかしくて慌てて尋ねる。
「んくっ。鬼神くんは食べないの?」
「えっ? あ〜……実はあまり食欲なくてさ」
「なんで買ってきたのよ?」
「あははっ」
「あははじゃないって……はぁ」
私はさすがにツッコんでしまった。そして彼は先程と同じようにして顔を赤くして答える。
「桃宮さんと……食べたかったから」
なんなのよもぉ。
なんなのよ。
彼の声は小さかったけれど私の耳にハッキリと聞こえた。そして俯く彼の顔もしっかりと見えてしまった。
鈍感な私でもわかる。
きっと彼は……私の事を良く想ってくれている。
彼の気持ちは素直に嬉しい。
けど、正直私はその感情が未だに曖昧なのでどう答えていいかわからない。
「そ、そっかぁ嬉しいなぁ……あはは」
こんな当たり障りのない返ししか出来なかった。
正直、ちょっと間抜けだと思うけど今だけは許して欲しい。私にもその感情がわかるようになったらハッキリと彼に伝えればいいのよ。
「うん、良かった! それならこのチョコケーキも食べてよ」
「えぇ……そんなに食べたら太るってば」
「そんな事ないよ。ケーキはカロリーゼロだから」
「んなバカなっ」
彼でもそんな冗談を言うのだとちょっと嬉しくなって私は一緒に笑っている。彼と話すのはやっぱり楽しい……次に来る時は私の方から何かお土産を持って来よう。
彼は窓際まで行って春風を取り入れる。庭で遊んでいた桃太郎を呼ぶとしっぽを振って駆けて来る。
「桃太郎には桃宮さんが買ってきたおやつをあがよう」
「ワンッ!」
お利口にマットで足を拭く桃太郎と彼を見ながらケーキを食べる手が止まらない。
この日も彼との楽しい一日……はじめて彼の家に招待された日が過ぎていった。
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