第9話 確信

 彼と放課後に桃太郎ももたろうの世話をするようになって2週間が過ぎた。学校での彼は少し話をするクラスメイトはいるようだけど特別仲が良さそうには見えない。


 そんな私は今日も今日とて夕日が綺麗な丘で彼とともにベンチに腰掛ける。


「ねぇ鬼神おにがみくん、どうして友達作らないの?」

「え?」


 突然の私の質問に困った顔をしていたけど、やがて自然な返しでこう答えた。


桃宮ももみやさん達がいるから別にいいかなって」


 あははと笑う彼に私はツッコミを入れてしまった。


「全員女の子じゃん!」

「あはっ! 確かにそうだね」


 彼は私のツッコミが面白かったらしくケラケラとしばらく笑った後にこう続ける。


「桃宮さんも冗談言うんだ」

「あのねぇ、私はどっちかっていうとツッコミ役なの!」


 私が今まであの3人にどれだけ苦労してきたか……語るも涙、話すも涙だよ。


「確かに、あの3人によくからかわれてるもんね」

「あの子達は昔からなの! それに聞いてよ、この前ソラが――」


 ここ最近、私は彼と自然な会話が続くようになった。

 保健室の会話を聞いて以来、少しモヤモヤした気持ちが残っているけど、そのモヤモヤを忘れたい為なのか、彼の事をもっと知りたいのか……それは今はわからないけど彼と居る時間が楽しいと感じる。


猿飛さるとびさんは面白いね。普段は無口な印象なのに」

「そうなのよ! あの子、気を許した相手じゃないと自分から話さないの」


「そっか……桃宮さんは愚痴っぽく言ってるけど面倒見がいいんだね」

「あの子達とは腐れ縁なだけよ……ねぇそれよりもさ」

「ん? どうしたの」


 私は聞くか迷ったけど、少し前にソラと何か話していたなと思い出す。


「この前ソラと何話してたの?」

「猿飛さんと?」


「うん、正確には咲葉さくはからもだけど。さっきも言ったけど、ソラから話しかけるのは珍しいから……」


 彼は少し考えて話してくれた


「あぁ……えっと、猿飛さんからは"体力つけろ"だったかな?」

「……なにそれ」


 私は少し拍子抜けしていた。

 それなら……


「咲葉からは?」

「えーっと……その」


 彼は顔を赤くしながら目を泳がせている。


「ん? 何よ、恥ずかしい事なの?」

「まぁ」


「ハッキリしてよね、気になるんだから」


 咲葉の後には保健室でのかおるの事も聞きたいのに。彼は私の言葉に焦ったのか早口で話し出す。


「モテるにはまず勉強しろって」

「は?」


 何言ってんのあの女。

 それにモテるって誰によ?


「あ、あはは……」


 私はその言葉にびっくりして口をパクパクしてしまった。そして冷静に考えると頭に浮かんだのは、かおるの顔。


 かおる……なのかな。


 そう思った瞬間私の胸がチクリと痛んだ。この気持ちはなんだろう。保健室での事を思い出すと納得してしまう自分がいる。そして否定したい自分も。




「桃宮さん?」

「ご、ごめん」




 私は少しの間思考の渦へと流されていた。そんな私を心配して、彼が顔を覗き込みながら名前を呼ぶ。


 近くに迫る彼の顔を見ると私の顔が熱を帯びていくのを自覚する。それと同時に初めてこんな近くで彼の顔を見たと冷静になり……そしてつい興味本位でやってしまった。


「ねぇ……ちょっと見せてよ」

「えっ?」


 私は彼のいつも隠れている右目を見たくなったのだ。そして……彼の了承を得ないまま自分の手で前髪をかき分ける。


「あっ……ちょっ」


 彼は私の下から覗き込んでいるから変な体勢になりよろけてしまう。それにつられて私は彼の上に重なるようにバランスを崩し一緒に地面に膝をつく。


「あ……」


 私の目的は達成されたけれど、それを見た瞬間に後悔した。彼は見られた事に対してすごく気まずそうな顔をしていたから。


 同時に今までの彼の学校での行動も理解できた。


 なぜなら、そこにあるはずの右目は空洞だったから。


「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだけど……その、なんて言ったらいいか」


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


「あはは……気にしないで……僕の方こそ今まで隠しててごめんね。いつか言おうと思ってたんだけど」


 彼は自分のコンプレックスを見られたのに私に謝る。それに対して私は申し訳ないやら恥ずかしいやら。


「あの、その……」


 少し声の調子を落としたのが気になったのか、彼はいつもの口調に戻して話してくれた。


「普段はこれをつけてるんだ」


 ゴソゴソとポケットから何かのケースを取り出しパカッと開けて中身を見せてくれた。




「……わぁキレイ」




 この表現が適切かはわからないけど、純粋にそう思った。そこには薄いピンクに光り輝く義眼が収められていた。


「ありがとう。これはね……昔、ある人が作ってくれた僕の宝物なんだ」

「すごく……キレイだね」


 薄い桃色をした瞳。

 そしてその球体の中心部には、本物と思うほど精巧な桃の花のミニチュアが埋め込まれていた。


 アレ? この瞳……どこかで。


 私はまた思考の渦に潜りそうになったけど、彼の話で現実に戻された。


「昔……ちょっと色々あって右目を無くしてさ。その時に医者みたいな人に作ってもらったんだ」

「へ、へぇ……医者みたいな人って」


 私は彼の言い回しが少しおかしくて笑ってしまった。それに彼が自分の事を話してくれた事も嬉しかった。


「でも、学校でチラッと見えた時は黒い瞳だったよね?」

「うん、光に当たらない限りは黒いんだと思う……多分」


「多分ってなにそれ? それも医者みたいな人の仕業なの?」


 またおかしくて笑えてくる。こんなに男の子の前で笑ったのは久しぶりだ。


「あははっ! そうかもね!」


 にいっと笑ってくれた彼もどこか楽しそう。

 私達はさっきまでの雰囲気が嘘のように、おかしくてしばらくの間一緒に笑う。そんな私達を見て桃太郎も尻尾を振りながら庭を走り回る。



 この時間がもっと長く続けばいいな。



 この時はそれだけで頭がいっぱいになって幸せな気持ちで彼の横顔と地平線へと沈む夕日を見つめていた。


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