第9話 決別と再会3

 家に戻ると、母さんは僕の存在はいないかのように振舞った。ご飯も出されない、洗濯もされない。母の中で僕は死んだのだ。寂しさなどない。してもらえないなら、自分がやればいいだけ。気が楽になった。

 父さんは有休をとって、新居探しや家具購入、ガラケーからスマホへの機種変更などを手伝ってくれ、僕が一日でも早く引っ越せるように手配してくれた。彼にとっての罪滅ぼしなんだろう。だが、未成年の身だと一人ではなにもできない。親の同意がなければ、なにも出来ない。そのもどかしさを強く感じた。


 日帰りで行き来出来ることもあり、僕は卒業式を待たず、新居に引っ越しした。新居は大学最寄り駅の一つ隣駅から徒歩十分ほどのマンションにした。僕の荷物はほとんどない。制服、普段着に下着、筆記用具。それだけだった。引っ越し業者に頼むことなく、身体一つで新居へ向かった。引っ越し当日、母さんに挨拶することもなく、父さんと共に家を出発した。そして、その道中、僕に一つの巾着を渡した。その中には通帳や印鑑などが入っていた。

「これはお前の口座だ。ずっと母さんが隠していた。見た限り、お前がもらったお年玉が入金されているだけで、一円も使われていない。これはお前のものだ。他に欲しいものを買えばいい」

「ありがとうございます」

 お金の管理だけはしっかりしている家庭だな。十八年間、貯めるだけだった通帳には百万近くの金額が記載されていた。


 そのお金で母親から支給されてずっと不満だった服を捨て、自分が着たかった服を買った。何度も図書室や図書館で読んだ大好きな本を書店で手に入れた。大学で使うため、ノートパソコンとプリンターを購入した。自分で選んで、自分で買った自分のものが部屋にある。これだけでも自由を感じた。

 以前から興味があった書店でのアルバイトにも応募した。古市駅近くの書店で、そんなに大きい店舗ではないが、いつも客が多い印象だ。生まれて初めての面接は緊張したが、熱意を買ってもらえたのか採用してもらえた。高校生という扱いが外れる三月三十一日では昼間から夕方までの数時間での勤務だが、本に囲まれて仕事ができる喜びで胸がいっぱいになった。

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