第8話 決別と再会2

「総一郎……本気なの?」

 母さんが目を見開き、震えた声で訊いた。

「本気です」

「あなたはお母さんの言うことを聞いておかなきゃダメなのよ? わかる? あなたみたいな子は一人で生きられるわけ……」

「束縛する母さんも、見て見ぬふりをする父さんもずっとずっと前から嫌いです。一瞬たりとも興味も尊敬も抱いたことはない。ただひたすらに嫌悪しかありません。大学進学を機にこの家を、家族を捨てます。もう僕に関わらないでもらえますか」

「こんな子に育てた覚えはない! 私の総一郎は……私の総一郎は……」

「育てられたなんて一度も思ったことないですよ。僕は息子じゃない、人間じゃない。奴隷だった、人形だったんですよ」

 そう言うと、母さんは泣きながら、テーブルに伏した。泣かせたことになんの罪悪感もない。自分一人で暴走した理想を押し付け、その結果に納得がいかず、泣いている哀れで情けない大人。泣けば人の心が揺さぶれて変わるというのなら、僕は何度泣いただろうか。

「総一郎、少し外で話そう」

 父さんは母さんを慰める様子もなく、すっと立ち上がり玄関に向かう。コートを着て、合格通知の封筒をしっかりと抱きしめて、外に出ると日は落ち始めていた。寒空の中を歩き、人気のない公園のベンチに座る。こんなに近所にいるのに、あまり入ったこともない。公園に限らず、親に遊んでもらった記憶もない。黙り込む父に、

「あなたとも話すことはないはずです」

 と切り出す。父親は眉間に皺を寄せ、ゆっくりと口を開く。

「総一郎、お前の希望する通り、喜志芸術大学に進学して家を出るといい。俺が手続きをする」

 なんだこの人は、突然父親ヅラして。それが僕の率直な感想だ。

「それと、学費と毎月の家賃は払わせてくれ。金に苦心して勉学に支障をきたさないように」

「サポートする良き父親だと言わせたいんですか。結局、お金なんですね。お金は稼いで家に入れているから、僕がどうなろうが知ったことじゃない。今までもこれからも」

「そう思われても仕方ない。俺が出来るのは働いて給料をもらい、それを家族のために使う。底辺の人間のお前に出来るのはそれくらいだと母さんから言われ続けてきた」

 父さんの顔を見る。今までまじまじと見たことはないが、なんだか年齢より老けこんでいる。父親に精気のある表情など見たこともないが。この人も、母さんに振り回された一人と言ってもいいのかもしれない。だが、同情はしない。

「まぁ、お金がないと勉強も生活も出来ないので。ありがたくその条件は飲もうと思います」

「あとはお前のしたいようにすればいい」

「言われなくとも」

「俺はあまりにも家族の問題を見て見ぬふりをしてきてしまったよ。母さんが怖いあまりに、単身赴任を言い訳にお前を犠牲にしてしまった。手がつけられないほどに壊れてしまった母さんのことは、俺がなんとかする。すまない」

「今更なんですよ。すべて遅いんです」

 この家庭の今後など興味はない。どうにでもなればいい。僕は絶対にこの家には戻らない。何があったとしても。

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