第6話 大学受験6
残り本数が少なくなっていた駅へ向かうスクールバスに慌てて飛び乗る。
「長々付き合わせてすまん、駿河」
「いえいえ。桂さんは今日帰るんですか」
「そうなんだよ。新大阪まで戻って、ホテルに預けてる荷物引き取って、帰るって感じだな」
「休む暇なくって感じですね。お疲れ様です」
「昨日もさ、明日受験だと思うとさ緊張しちまって。食料調達にコンビニ行っただけ。結局ホテルでずっと本読んでて、観光もできなかった」
桂さんはつまらなそうに言って、窓の外を見る。僕も同じように外の風景を見る。大きな川を渡り、隙間なく家が並ぶ住宅街を走っている。もう十一月中旬だ。あっという間に夜になるだろう。夜になれば、彼女はこの地を離れているのだろう。
「なぁ、駿河。もし、合格して文芸学科で再会出来たらさ、遊びにつれてってくれな」
「僕でいいんですか?」
「何言ってんだよ。今日、こうして出会ったのは駿河じゃん。駿河じゃないと意味ねぇよ」
そう言うと、先ほどまでの明るい笑顔ではなく、穏やかさのある微笑みを浮かべた。
「ワタシ、初めてだったんだ。本のことや創作のこと。こんなに話出来るヤツに出会ったの」
「そうなんですか」
「ずっと一人で本読んで、小説書いて。周りに本読むヤツ自体が少なくて、ましてや小説書いてるヤツなんていなかった。周りに合わせて、テレビの話とかファッションやメイクの話して、それも楽しいけどさ、ワタシが一番好きなのは本と創作で。だから、今日たくさん話せたことがめちゃくちゃに嬉しかった。受験しに来たはずなのにな。楽しかったと思って帰るとは思わなかった。ありがとうな」
「こちらこそありがとうございます。僕も楽しかったですよ」
楽しかった。文芸部部室で部員たちと話している感覚で。女子部員は女子で固まっていることが多く、盛んに交流をしてたわけじゃないから、なんだか異性とここまで会話が弾んだのはなかなか新鮮だった。
バスを降りて、電車に乗る。終点である大阪阿部野橋駅まで僕らはずっと本の話をした。また会って話せるかのような空気が漂っていたが、今その確約はないとお互いにわかっていた。だから、話せるだけ話した。終点に着くと、乗り換えで、別々の電車に乗ることとなった。
「ここでお別れですね」
「ありがとうな」
「お気をつけて」
「駿河。あえて今、連絡先は訊かないでおくわ。どっちかが落ちたら気まずいし」
「今、落ちるとかいう不安な言葉は慎んでください」
「悪い悪い。でも、合格してたいな、お互いに」
「そうですね。合格していると願いましょう」
「じゃあな、駿河」
「また会いましょう、桂さん」
彼女の背中を見送る。出会ってきた誰よりもおしゃべりで、明るくて、まっすぐな人。これを思い出にはしたくない。そう思いながら、僕は帰りたくもない家へ帰るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。