オバサンになったら、俺もオジサンだな
朝霞みつばち
第1話
平成四年十二月三十一日。
大晦日の日も、もうすぐ終わろうとしていた。
新年になる高揚感からか、どきどきと胸が早まる。
「熱いから気をつけてね」
同棲中の彼女が、年越しそばとして緑のたぬきを作ってくれた。
カップ麺だから、お湯を入れるだけだろ?
――否。
カップ麺だって、立派な調理だ。
大事な彼女がお湯をそそいでくれたんだから。
「君はうどんなの?」
「ほら、あたしお揚げ好きでしょ」
初耳だった。
付き合って五年。出会って二十年。
幼稚園で出会って、高校まで一緒だった幼馴染みは、高校を卒業した頃からどんどん綺麗になっていた。
誰かに取られてしまう。
そう思った俺は、玉砕覚悟で告白したんだよな。
それがまさか、今ではこうして、紅白を見ながら緑のたぬきを一緒に啜ってる。・・・・・・彼女は赤いきつねだけど。
「あっ」
「どした?火傷した?」
「ううん、だいじょぶ。ほら、あたしが好きな曲」
「森・・・・・・なんだっけ」
「もう、静かにしてて!」
ブラウン管で歌う歌手に合わせて、彼女も身体を揺らしながら口ずさむ。
可愛いけど、食事中な。
まあ、大晦日だから、多めに見てやろう。うん。
「ねえ、あたしがオバサンになってもさぁ」
「ん?」
「派手な水着きても良い?」
「へ?」
「オバサンになっても、泳ぎに連れてってくれる?」
そこで、彼女が流れる歌に感化されているのだと理解した。
泳ぎに連れていくも何も。
オバサンになっても、オジサンになっても。ずっと一緒に居られるように。今日こそは決めると心に誓って、あれも準備してきたんだ。
「ああ、ミニスカートはいて、ディスコはないから。そうだな。ドライブしながら旅行でも行こう」
「――とか言って、変わっちゃうんでしょ?」
「ああ・・・・・・変わるかもな」
伸びるぞ、と彼女へ諭す。
けれど彼女は俺の言葉に固まったまま。
「冗談だよ」
「・・・・・・ばか」
「なに目瞑ってんの」
「・・・・・・アホ、冗談って言ってキス、してくれるんじゃないの」
感化されすぎだろ。
だけど、これは今年ラストチャンスだ。
せっかく彼女が与えてくれたこの機会を逃さないよう、ポケットの中に入れた箱から、それを取りだした。
「ねぇ、まだー?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
「――ふふっ、あ、やばっ蕎麦伸びちゃうよ」
「君のうどんもね」
「たいへん!早く食べなきゃ。初詣もいかな、い・・・・・・と」
壁にかかった時計を指さした左手薬指に光るダイヤモンド。
「これ、え、いつ?今?」
「はやく食べちまえよー」
「え、ええ?」
「俺は、若い子が好きなんじゃなくて、君が好きなの」
――だから、結婚してくれ。
赤いきつねに塩味がトッピングされそうで、急いでティッシュを渡した。
鼻と麺を啜りながら「うれしい、ありがとう」と喜ぶ未来の嫁さんと俺は、数年後の大晦日、三人で緑のたぬきを食べる事になるのだが、この時はまだ知る由もなかった。
オバサンになったら、俺もオジサンだな 朝霞みつばち @mochi1211
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます