2012年5月16日(水)

2012年5月16日(水)


こんな夢を見た。

水銀灯の青白い光が、手元の図鑑を照らしていた。

豪州に生息する毒蟻の写真が、本物以上の光沢を帯びていた。

この蟻に噛まれると、千鳥格子が全身を蝕み、いずれは織物になってしまうという。

窓を見た。

無数の光が軽やかに動いている。

鉄道に乗っている。

対面の座席で、同じように外を眺めていた少女が言った。

「前の車両を見てきてもいいですか」

俺は左手を掲げた。

手錠が掛けられている。

目の細かい鎖は、少女の右手首の手錠まで一直線に繋がっている。

「大丈夫、伸びるから」

伸びるなら大丈夫だろう。

少女が席を立ち、前の車両へ姿を消した。

毒蟻に噛まれる痛みを想像するうち、いつしか景色が止まっていることに気がついた。

車掌に確認する。

「終着駅です」

かすれた声がした。

姿はないのに奇妙である。

鉄道を下りると、機関車がなかった。

客車を残して走り去ったのだ、と思った。

手錠の鎖は、レールの遥か先へ伸びていた。

俺は走り出した。

枕木が根腐れしていて、時折つまづいた。

走る。

走る。

しかし、いつまで経っても機関車は見えない。

当然である。

足より遅い機関車などない。

楽観的に考えて、倍は速いと思われた。

一時間走った。

機関車はその一時間先を行く。

二時間走った。

機関車はその二時間先を行く。

走れば走るほど遠くなる。

四年走った。

機関車はその四年先を行く。

足を止めた。

無理だと思った。

鎖は、蜘蛛の糸のように細い。

触れると切れてしまいそうだった。

俺は、鎖を右手に巻きつけて、思い切り引っ張った。


そこで目が覚めた。

よろよろと立ち上がり、リビングへ通ずる扉を開けた。

ソファに腰を据えたうにゅほが、マジック・ツリーハウスをまた最初から読み直している。

傍に寄って、手を取った。

捕まえた。

「──……?」

うにゅほが不思議そうな表情を浮かべ、俺はようやく我に返った。

寝癖満開でなんつー夢を見てるんだ俺は!

空いた左手で、左頬を二度叩いた。

「なんでもない」

と言って、洗面所へ向かった。

赤面症でなくてよかった。

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