1.空想世界の管理人 -2-
「思い出した?」
「それは…もう、十分に…」
「そう。貴女はレコードキーパーだった。キャリアとしてはまだ2年半」
私は、まだズキズキと痛む頭を摩りながら、前にいる彼女の言葉に耳を傾ける。
「だけど、そのキャリアは、ポテンシャルキーパーの永浦レナによって閉ざされた。理由は1つ。君は本来レコードに存在してはいけない人間だったから」
彼女はそういうと、私の方に向ける視線を鋭いものに変えた。
「父は可能性世界にしかいない男で、母は3軸にしか存在しない人間。3軸の世界が可能性世界に混ざり合っていた時に産まれた歪な存在…君が消される前後、数名のポテンシャルキーパーが3軸に出向いて、世界中でそんな存在を消して回っていた…君もそのうちの1人だった…そして、君が最後の一人でもあったんだ。レコードキーパーになっていたせいで、君だけ処理が遅れたせいでね」
「……じゃ、じゃぁ…ここは?消されたっていうなら、死後の世界ですか?」
「まさか。ここはパラレルキーパーの棲み処…特定の世界に定住しない僕達は、誰が作ったかもわからない、宇宙かどこか…"空間"の果てにあるこの世界に住んでる…」
「でも、貴女はパラレルキーパーじゃないんでしょう?OBって…レコードを持ったら、その存在から離れられないんじゃ…」
私は頭の中を混乱させながら、言葉を繋ぐ。
彼女は私の気持ちが…感覚が手に取るように分かっていたのか、クスクスと笑うと、一つ、小さく息を吐いた。
「そう。"ここはパラレルキーパーの棲み処"で"僕はもうパラレルキーパーじゃない"…そして"レコードを持った以上、永遠に役割は果たさなければならない"…全部事実だよ。でも、一つ一つ説明するにしても、きっとこの場所が許してくれない…いいとこ、僕の素性くらいかな」
彼女はそういうと、すっと立ち上がって、ちゃぶ台の横の戸棚を開けた。
中から取り出したのは、一丁の拳銃。
長い銃口が特徴的だけど、全体的に細く華奢な印象を受けるそれは…何時の日かレナに連れられたマンションの地下で使ったことがある拳銃だった。
「君の記録を見ると…偶々僕の手持ちにあったコレを使ったことがあるってことが分かったんだ。ストックも…あったあった」
彼女は拳銃と…何か木製の大きな部品を取り出すと、木製の部品を拳銃の持ち手の後ろにくっつけた。
そして、それは座ったままの私の前に置かれる。
私は驚いた顔を浮かべて彼女を見上げると、彼女は相変わらずの薄笑い顔を浮かべながら、浴衣の中から拳銃を取り出して、左手に持って見せた。
記憶にある…前田さんの使っている拳銃と同じそれは、薄っすらと青色に見えるブルーカラーに包まれていて…結構年季が入っていた。
「これは今から君の銃。ルガーP08アーティラリー…ナチスが使ってた拳銃さ…替えの弾倉が見当たらないけど、次に行く場所に付けばあるだろう…さ、これを持って立って…君はやらないとダメなことが沢山ある」
彼女はそう言って、レナが良くやるように、左手に持った拳銃の上部を引いた。
私は、困惑して、混乱しながらも、彼女の言われた通り、目の前に置かれた拳銃を手に取って、特徴的な丸い部品をクイっと上げて、手を離した。
「その…私は今は何なんですか?レコードキーパーじゃないなら…」
立ち上がって、彼女の横に並んでそう言った私に、彼女は薄笑いの顔を張り付けたままの顔で首を横に振った。
「何でもないよ。レコードを手にしているのは間違いないが…どれでもない。君は"レコード持ち"が見ている世界から切り離された人間だ。それも、おいおい分かっていくだろう。説明よりも体感した方が早い」
彼女は誤魔化すようにそういうと、浴衣姿の自分の体を幾つか見回してから、再び私に顔を向けると、私の傍を通り抜けて、窓の外に目を向けた。
「まだ、大丈夫…今から、ここを離れるけれど、今から味方は僕しかいないものだと思って。他の人間は誰であろうと、僕らの敵だ。レコードを持っているから…死んでも死ぬことは無いけれど、死んで捕まりでもしたら面倒だから、死ぬのはゴメンさ」
「その…何にも分かんないです。貴女の名前も…どういう人なのかも…」
窓の外を見ている彼女に、私はそういうと、彼女はゆっくりとこちらに振り向く。
呆気にとられたような表情を浮かべると、すぐに小さく苦笑いを浮かべた。
「そうか。自己紹介がまだだったね。ゴメンよ」
そう言うと、彼女は少し間を置いてから口を開く。
「僕は時任蓮水。8軸の人間だった。そこで死んで…パラレルキーパーになって…今に至る。さっき言った通り、僕はもうパラレルキーパーじゃないけどね」
彼女は手短にそういうと、私の手を取って歩き出した。
「前田千尋に会ったことがあるだろう?僕も世界は違えど彼女が居た組織の出身なんだ。だけど、一つ決定的に彼女と違うことがある」
歩きながら、玄関口で靴を履いて外に出ると、時任さんはそう言って物陰に私を引っ張っていった。
「人は殺さない。絶対に」
彼女はそういうと、すぐに物陰から出て行って、私の手を引いたまま駆けだした。
「え?…え?」
「ちょっと走るよ。世界を移動するエレベーターまでね!でも注意して!僕と君は"世界の敵"だ。きっと、会う人全員が友好的な判断をしてくれることは無いだろうね!」
そう叫んだ彼女に引っ張られて、アパートの前の商店街に出る。
さっきから、幾人の人々の前を通り抜けていたのだから…彼女の言葉には引っかかるものがあったが、それは最初の曲がり角を越えた段階で打ち砕かれる。
「ほら、来たよ!僕のレコードの"効果"は強力だけど、すぐに効力を失うんだ」
彼女は私からパッと手を離すと、もう片方の手に握っていた拳銃を眼前に向けて、躊躇なく引き金を引いた。
消音器の無い、轟音のような破裂音が鳴り響く。
直後に爆発音。
人々の悲鳴に怒号…それらは私達…いや、時任さんに向けられていた。
その音と共に、彼女はサッと道を外れた。
私は目を丸くしながら、彼女についていく。
商店街から、脇道にそれて…いや、逸れた先はどこかの家の敷地だった。
前を走る時任さんは、ちょっと嘲笑の入ったような薄笑いを消して、無表情になった顔を私の方に振り返って見せると、すぐに行先を親指で示して前に向き直った。
「一体何処に?」
私の問いかけにも答えず、彼女は軽やかな動きで突き当りの石塀に飛び乗る。
運動の苦手な私は一瞬止まりかけたが、塀の上でクルっと振り返って、私に手を伸ばした時任さんを見て、彼女の手を目掛けて飛び上がった。
「く…!」
「軽いねぇ。女の子は」
塀の上で、そうやって軽口を叩いた彼女は、すぐに塀から飛び降りて先に足を進める。
私も続いたが、少しだけ呼吸が上がって来た。
塀を越えて、越えた先も何処かの家の敷地内。
時任さんは、その家の裏手側…勝手口になるような扉の横にパッと張り付くと、追いついてきた私を見据えた。
「持久力はあるみたいだ」
「毎日5キロ走ってましたから…」
「上出来」
彼女はそういうと、家の脇に置かれていたプロパンガスのボンベに銃口を向けて、引き金を引く。
さっきと同じように、轟音ののちに聞こえてくる爆発音。
彼女は無表情な表情を、楽し気な薄笑いに変えて勝手口のドアノブを開ける。
「後100メートル…あの電話ボックスに飛び込めば、一先ず勝ちってわけだ」
彼女はどこかスリルを楽しむような狂気的な薄笑いを張り付けると、そのまま扉から飛び出して駆けだした。
遠くで聞こえてくる、彼女を捕らえよという怒号…
爆発音…射撃音への困惑…
私達はそれを背に受けながら駆けていく。
それでも、私達を補足するものは誰も居なかった。
「この町、作りは脆いんだ。2か所破壊すれば天手古舞」
目的の電話ボックスにたどり着いて、ドアを開けて中に入っていった時任さんは、そう言って私をボックス内に引っ張り込んだ。
「…え?」
すぐにドアは閉められる。
私は呆気に取られる合間に、彼女は備え付けられた手回しダイアル式の電話の受話器を取って、ダイアルを回し始める。
直後、ジリリリリリリ!と勢いよく鳴り響く電話ベル。
私は何が何だか分からないまま、時任さんと、その周囲に目を凝らした。
「次行く世界で、君はきっと分かるはずさ」
彼女の一言と共に、世界は不吉さを感じるノイズ音と共に崩れ去っていった。
書き換わったといった例えの方が正しいかもしれない。
ザザ…ザザザ…っというように砂嵐の音を立てて、周囲の景色が崩壊していく。
「時任さん…これは…」
「蓮水でいい。世界を移動するときは何時だってこんな感じさ」
私の横で、私の肩に手を回した彼女は、安心させるような表情でそう言った。
「おっと、銃は仕舞っておこうか」
そんな彼女の言葉に合わせて、私は一発も撃っていない拳銃の安全装置をかけて、肩当てにもなる木製の入れ物に銃を仕舞った。
そうしている間にも、周囲の景色は砂嵐にまみれていき…やがて電話ボックスの外は何も見えなくなった。
「さて」
彼女は、何も見えなくなった周囲を見回すと、そう言って扉に手をかける。
私が黙って見ていると、彼女は躊躇なく扉を開いた。
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