魔人連邦会議
ロコとアルマが魔人じゃんけんで三度目のあいこになった時、リリーの張った結界が音を立てて崩れた。
「なかなか楽しめたぜえええええ!」
そんな声が、黒い塊とともに結界の外へ飛んできた。
塊は遺跡の壁に衝突して灰を撒き散らす。
それは灰の魔人によって胸を貫かれた悪魔だった。
胸にはぽっかりと穴が空いていて、黒色の液体が流れている。
「制限付きとはいえ、
キミ、思ったより強いじゃん」
アルマが笑顔で悪魔を魔法陣へと返す。
結界の中から包帯と灰を纏った狼が現れる。
やがて灰は形を変え、四足歩行から二足歩行へと姿を変えた。
儀式前の狼頭の見た目に戻った。
先程と違って全身は黒く、目の色は黄色だ。
だが、最も違うところは圧倒的に増えた魔力量だろう。
「じゃんけんは――えっと、どっちだっけ? ボクが先攻だっけ?」
「一撃だけだぞ。我はここで見ているからな! 絶対守るのだぞ」
アルマはどこからともなく純白の手袋を取り出し手につける。
俺たちはアルマと灰の魔人から距離を取る。
「今の俺は誰にも負けねえええ!」
「
無数の灰の刃がアルマを襲う。
灰が降り注ぎ辺りが煙に包まれる。
煙が晴れると、そこには防御魔法を張って無傷のアルマが立っていた。
半透明の黄色の楕円形の防御魔法――ビア・ラクテアだろうか。
無詠唱である上、防御力も俺が使うものとは桁違いだ。
「じゃあ、まずは一発目」
「
灰の魔人の周りに六角形の形をした、半透明の赤色の板を顕現させる。
板から炎が魔人へと向かって噴射される。
「ぐわああああああああああああああ!」
魔人が呻きながら自らを焼く炎から逃れようとする。
「残念。一発で終わりかな」
炎の攻撃を食らってなお魔人はまだ立っている。
灰で体を覆いなんとか攻撃から身を守ったようだ。
「本気でやらねえと俺が勝っちまうぜええ!」
灰を含んだ風が魔人を中心に渦巻き、竜巻を発生させる。
バチバチと灰燼が擦れ合う音とともに、火花が舞い散り電気の帯が発生する。
灰の魔人は、右手は炎に包まれ、左手は電気を帯びた姿で竜巻から姿を現した。
「さあ、本番といこうぜええ!」
魔人は拳を振りかぶりながら勢いよくアルマへと飛びかかる。
アルマはビア・ラクテアを二枚出現させて魔人の両腕の攻撃を受け止める。
「こんな硬いならもう少し高火力でも良かったか~。まあ、いいや。ロコ、キミの番だ」
ロコはその言葉を聞くや否や、目にも止まらぬ速さで魔人を一刀両断した。
「我の勝ちだな」
ロコが手に持っていた黒い剣は魔力で作られたものらしく、ロコが手放すとすぐに消滅した。
いや、早すぎる。
思考速度が強化されていても理解するのに時間がかかった。
ロコが黒い剣を顕現させて魔人を真っ二つにしたのはわかった。
実に単純明快だが、動きが洗練されすぎている。
やっぱりこう見えても底の見えない強さを持っているんだな。
「アルは負けたから死体の処理。リリーはエマ達を運び出して、我とケイはランデヴーだな」
「俺はランデヴー確定なの? というかどこでそんな言葉知った?!」
「はあ!? もしかして会議にケイ達を出席させるつもりなの?」
「ていうかボク達、なんで新しく誕生した上位魔人をウッキウキで倒したんだっけ?
絶対晩餐でお咎め食らうじゃん。ロコのアホー!」
「まあとりあえず我は先にケイと行ってるから、じゃっ三日後にまた」
そう言ってロコは強引に俺の手を掴み、文句を言う二人に手を振りながら転移魔法を発動した。
「――というのが事の経緯でして。ボク、別に悪くないよね?!」
元魔王城の一室でアルマは砂漠で起きたことに関して話した。
アルマが危惧した通り、俺たちは灰の魔人について魔人連邦会議で説明を求められた。
アルマの横では俺とエマとリリーとロコが椅子に座り、仮死状態のデゼルトさんとマグルが横になっている。
室内はきらびやかで、真紅の絨毯にカーテン、大理石の床に柱、見事なまでの美しさと大きさを持ったシャンデリア、椅子や机などの家具の装飾は全て黄金でできていて、さすが元魔王城といった豪華さだった。
部屋の広さは講堂を思わせる広さで円形の形を取っている。
部屋の中央には巨大な円形のテーブルがあり、それを囲むように十八枚の赤い幕が天井から下ろされている。
幕の向こうには十七名の上位魔人とそれに加えそれぞれの従者がいる。
円形のテーブルは中心がくり抜かれた形をしており、現在俺たちはそこにいる。
発案者や質疑応答を受ける者は幕を上げ、テーブルに開けられた通路からテーブルの中へと歩き、中央で発言を行うようだ。
部屋を見渡しているとふいにアルマに服の袖を引っ張られる。
「ねえ、ケイもなんとか言ってよお」
涙目でアルマが助けを求めてくる。
平静をかろうじて装っているが、本心は今すぐこの場から逃げ出したい。
幕で魔人達の顔は見えないが影だけでも角の生えている者や腕が複数生えている者など、一目で人間でないことがわかる奴もいて怖い。
今ここで俺に何を言えと。
「全部ロコが悪いです」
笑顔になるアルマと呆れるエマとリリー、ロコは衝撃でその場に手をついて倒れた。
「うぬがそう考える理由は?」
正面の幕の向こうから図太い声が問う。
「灰の魔人の討伐を提案したのはロコです」
「この~! 裏切り者~!」
ロコが俺の背中をポカポカなぐる。
「ハッハッハッ。まあよい。茶番はここまでとして本題に移ろう」
空気が急に重くなった。
正面の魔人は明らかに上位魔人の中でも格が違う。
幕越しにただならぬ気配を感じる。
「うぬは魔王の味方か、人間の味方、どちらだ?」
重々しく魔人は俺に問う。
張り詰めた空気の中、俺の頬を冷や汗が伝う。
発言を間違えたら消される。
理屈ではなく生物としての本能的な何かがそれを悟っていた。
「俺は人間の味方だ」
重苦しい空気とともに長い沈黙が訪れる。
「そうかつまらんな。もう下がっていいぞ。あとのことは魔人共で決める」
魔人から落胆したかのような声が返ってくる。
「これだけは約束してくれないか?」
覇気を感じながら手に力を込めて強く握る。
「我輩に指図するのか?」
体の震えを感じながら小さく息を吸って吐く。
「この二人を死なせないでほしい」
「我輩は人族の命などどうでもいい。死ぬか生きるかなど、そこの二人の魔人次第だ」
「任せて。ボク達がなんとかするから」
アルマが真っ直ぐな眼差しを向けて俺の手を取る。
人間としてやれることはやったか。
あとはアルマとロコを信じるしかないな。
デゼルトさんとマグルをその場に残し、俺とエマとリリーは退席した。
俺は魔王城の一室でベッドに横になり天井を見上げていた。
「は~。ほんっとにモヤモヤするわ。なんであんたはあの人間を助けようとするの?」
リリーがクッキーを食べながら聞いてくる。
一緒に遺跡にいなかったリリーにとってはマグルは俺をいじめていただけの奴なのか。
「いや色々あったんだよ。今はまるで別人なんだ」
体を起こしてベッドに座る。
「私達は彼がいなかったら死んでいたわ」
そう、マグルにはエマを守ってくれた恩がある。
それだけでも助ける理由になる。
「まああんたがそう言うならいいけど。それより気をつけなさいよ」
「なんのこと?」
「それは、あれ、あれよ! ロコが言ってた」
「ロコ様が言ってたのは、あなたが魔王城の南之塔に近づいてはいけないということよ」
「そう、それよ。あんたいっちゃだめだからね」
どうして行ってはいけないのかはわからないが注意するか。
「わかった。気を付ける」
それに人間が魔王城の中を不用意に歩き回るのは危険だ。
「ケイ、あなた、腕が!」
エマが突然驚いたような声を出す。
慌てて自分の右腕を見ると右腕だったものは砂の塊になっている。
「エマ、獣化はもう解けたはずだよな?!」
「あんたどうしたの!!?」
「獣化は解けたはずよ。なのにどうして」
そう言っている間にも左腕、足と体が砂の塊になっていく。
体の形をしばらく保っていた砂は流れ落ち、ベッドや床に広がっていく。
首元まで砂になっていき体の感覚がなくなる。
流れ出る砂の音とともに視界が闇に包まれた。
目覚めると、塔のような場所に自分がいることに気づく。
体はさっきの出来事は夢だったかのように元に戻っている。
部屋は天井は高く建物の形は円柱で無機質なほどに物が置いていなかった。
「あらら~。案外早かったわね~。あなた達ならもう少し運命に抗うと思ったのだけれど」
艷やかな声の方を見ると、牛の骨を頭に被り、白いローブを身にまとった人形の物体が宙に浮いていた。
まるで白い砂塵の魔人といったような見た目だ。
「お前が俺をここに連れてきたのか?」
「そうよ。私の名はアレナ。最初のサジンノマジンよ」
魔人の周りの白い砂が巻き上がる。
「となるとここは南之塔か」
「察しが良いわね~。今回のあなたはなかなか楽しめそうね~」
勝算はないが、俺には砂塵の魔人と戦った経験がある。
『精霊召喚』
氷の騎士、炎の重装騎士、風の軽装騎士の三体の精霊を召喚する。
「あら、面白いわね~」
魔人が体を取り巻き浮遊する砂を俺に向かって放つ。
戦いを告げるゴングのように時計台の鐘が鳴った。
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