第三章 魔人連邦会議
灰の魔人
砂塵の魔人の砂を集め終えた後、俺は魔法陣を作り始めた。
思ったよりも砂の量が多かったな。
上着を上手いこと結んで縛り、大きな袋にしてそこに砂を集めた。
きっとエマなら転移魔法を発動してくれるはずだ。
魔法陣に袋を下ろし、転移魔法の発動を信じて魔法陣の上に腰を下ろした。
転移魔法の光とともに、俺はエマ達のいる部屋へと転移していた。
「よおお。またあったなあああああああああああ!」
声のする方を見ると、狼の頭に長い爪、灰色のマントを羽織った魔人が立っていた。
「この声は、屍の魔人か?」
見た目は変わっているが、胴体と足を包帯で巻かれていて屍の魔人の面影が少しある。
俺はエマの方を見る。
良かった。気を失っているだけだ。
マグルとデゼルトさんもおそらくまだ仮死状態だ。
賢者の瞳に二人の体内の魔力が映っている。
おそらく、幸か不幸か獣化の効果で魂が精神世界に留まっている。
肉体の治癒だけできればまだなんとかなる。
回復魔法を横たわる二人に使う。
「ああ、そうだてめえ。そこの魔人とガキに何を伝えた?」
俺はポケットから白い帯を取り出す。
片面に文字が書かれているそれを魔人の方へと投げる。
魔人は包帯を伸ばして空宙で掴み取る。
「それはマグルの目隠しに使ったものだ」
「デゼルトサンワアヤツラレテイル。なるほど考えたなああ」
屍の魔人は文字を読上げた後、帯を投げて包帯で切り刻む。
「エマには馬車で筆談で伝えた。デゼルトさんを通してお前に盗聴されるのを防ぐためだ」
デゼルトさんは最初に遺跡に行ったときから、暗闇でも目が見えていた。
今朝、俺はそのことに気が付き、馬車に乗るタイミングでデゼルトさんが操られていることへの確信がついた。
「屍の魔人。デゼルトさんは左利きだ」
馬車に乗る前、デゼルトさんは剣を左に下げていた。
最初にオアシスで出会ったときは剣を右に下げていた。
剣を下げるのは聞き手と逆側だ。
そこで利き手が変わっていることに気が付いた。
「なあ、聞いてくれよ。そこの女はわざと体勢を崩して、床に手を付いて魔法陣を作っていたんだあ。なんでどいつもこいつも頭が切れるんだああああ?」
魔人は砂塵同士をぶつけて火花を生み出す。
その火で自身の体を火に包む。
魔人は包帯を燃やしてできた灰を纏って竜巻を生み出す。
魔力を回復するための会話での時間稼ぎもここまでだな。
魔人の周りを浮遊していた灰が風と共に吹き荒れる。
「ゲイルレインフォースメント」
灰の混ざった風をを風魔法で強化した剣でなぎ払う。
「良い力だあ。これからは【灰の魔人】と名乗ることにするかああ!!」
屍の魔人は能力の厄介さはあれど砂塵の魔人の半分以下の力だった。
けれども、砂塵の魔人のコアを取り込んで灰の魔人へと進化を遂げた。
「
灰燼かいじんでできた数本の刃が襲いかかってくる。
俺は攻撃を避けつつ、エマの方へ飛んだ刃は風魔法で防いだ。
灰の魔人は空宙で灰を固めてハンマーを作り出す。
ここだとエマ達が巻き添えを食らう。
「いくぜええええええええええええ!」
灰の魔人が接近し、ハンマーを俺の頭へと振り下ろす。
「ビアラクテア」
半透明の黄色い板が攻撃を防ぐ。
魔人が足元の魔法陣を踏んだのを確認して転移魔法を起動する。
次の瞬間には、俺と魔人は遺跡の入り口へと転移していた。
お互いに離れ、距離を取って相手の様子を伺う。
剣を構えて灰の魔人の動きを注視していると、突如、魔人の上空に翡翠色の魔法陣が現れる。
「ロコ、だから付いてくるなって」
魔法陣から二人の子供が現れる。
薄紫色の長く伸びた髪、いたずらっぽい黄色の瞳。
間違いない、ロコだ。
ロコは魔法使いが着るようなローブを着ていた。
紫色のローブでところどころに金色の三日月の装飾が施してある。
もう一人、ロコの隣で不服そうな顔をしている子供も魔力が測定不可能だ。
白髪碧眼で髪は短く、少しあどけなさが残る整った顔立ちをしていて、背丈はロコと変わらない大きさで小さい。
ロコ同様ローブを着ていて、こちらは瑠璃色の布に金色の星が装飾されている。
ロコと違いローブの前を開けている。
ローブの下は、上は、襟元に青い紐のリボンがついた白いシャツ、下は黒のスカートになっている。
中性的な顔と声で一瞬迷ったが、見たところ少女のようだ。
「おーケイではないか! 奇遇だな、こんなところで会えるとは!」
エマは一緒に転移してきた子供の肩に手を置いたままこちらを向く。
「ロコ、だからなんでボクに付いてきたんだよ」
おそらく上位魔人であるその子供はジト目でロコを見る。
「我は退屈だった。それに、覚醒の儀を行うと聞いてワクワクが止められなかったのだ!」
ロコは目をキラキラさせながら空宙で一回転した。
そのまま空宙を寝そべりながら浮遊し、何かを思いついたような顔をして空宙を指差す。
ロコの指さした空間に紫色の魔法陣が出現する。
陣を構成する記号が同じことから転移魔法だとわかる。
さっきのといい、今のロコのといい、通常の転移魔法の魔法陣の色とは異なっているな。
転移してきたのは金髪赤目の少女だった。
長く伸びたツインテール、少しツリ目で顔は小さい。
少女は赤と黒のチェック柄のドレスを着ている。
この特徴的な見た目は間違いなくリリーだ。
「リリー! 覚醒の儀の準備をしてくれぬか?」
リリーは呆れた顔をしながらドレスから赤と黒のカードを一枚ずつ取り出す。
「するけど、当主様の命令で仕方なく従ってるってことを忘れないでよね!」
リリーは赤のカードを右手の指で挟んで持ち、口元に近づける。
「
赤い結界が灰の魔人の周りに生成されていき、リリーの頭上で完成する。
「
リリーは再びカードを取り出して魔法を発動させる。
結界の端から中心に向かって黒い床が形成されていく。
魔人の足元で結界の地面は一面真っ黒になった。
「そうかああああ! 俺もついに上位魔人ってわけだなああああ!」
灰の魔人が嬉しそうに言う。
「さあ、始めるのだ。アル、早く!」
ロコが空宙を飛び回りながら少女を急かす。
「わかったって。これより【覚醒の儀】を行う」
その言葉とともに、体が弾かれるようにして結界の外側へと俺は運ばれた。
「契約魔法:悪魔召喚
黄色の魔法陣が現れ、黒い体に大きな羽、黄色の鋭い眼光、長く伸びた爪、大きく裂けた口に長い耳を持つ悪魔が出現する。
悪魔の首は魔法陣から伸びた金の鎖で繋がれている。
悪魔は自身の体の周りに金色の魔力の球体を出現させる。
悪魔が球体を灰の魔人に放ち、戦闘が始まった。
儀式が始まったのを見て、三人の魔人が俺の横に転移する。
右にはリリーが立っていて、逆側にはロコとアルと呼ばれた魔人が立っている。
「ケイ、あんた本当にどこに行ってたのよ!」
リリーが俺に気づいて飛びついてくる。
「ごめん、目が冷めたらここに向かって運ばれていたんだ」
「本当に無事で良かった」
リリーは俺の胸に顔を埋める。
「我もぎゅ~してくれぬのか?」
隣からロコが手を伸ばして抱擁を求める。
リリーは少し涙ぐみながらロコをきっと睨む。
「あんた知ってたんでしょ! ならいってよね! あとケイは絶対に渡さないんだから!」
「えー! 我もぎゅ~する」
ロコも俺に抱きついてくる。
リリーは少しロコに嫌そうにしながらも、しばらくの間俺に抱きついていた。
抱擁を解くと、リリーは少し残念そうな顔をして俺の横に戻る。
「ロコ、今はどういう状況なんだ?」
俺の背中におぶさっているロコに向かって言う。
「リリーのことか。リリーはストロア家の命により晩餐中の我の護衛役となっている」
晩餐。エマが言っていた魔人連邦会議のことだろうか。
「それで、会議中のロコがなんでここにいるんだ?」
「抜け出してお前に会いに来てしまったのだ」
ロコは俺の顔に顔を近づけて声を潜めて言う。
「今は会議と会議の間の期間なんだ。ボクたちは三日間休みだよ」
「アル、本当のことを言うでない!!」
ロコが俺の背中から降りて少女のところにいき両肩に手を置く。
「だって、なんか今、変なこと言ってなかった?」
「せっかく我がケイをくどいていたというのに」
「あんた何してんのよ!」
「キミみたいなちんちくりんが?」
少女は袖を口に当ててクスクスと笑う。
「アル! 貴様、あとで我と決闘するのだ!」
「先に私としなさいよ!」
少女の腕を頬を膨らませながらロコが引っ張り、ロコの腕をリリーが引っ張る。
「あ、そうだ。名乗り忘れてたけど、ボクの名はアルマ・アルコ・イリス。一応、このちんちくりんと同じ上位魔人。よろしく」
少女は腕を掴まれながら自己紹介をした。
「俺はケイ。よろしく」
「ケイが名前? キミ、結構変わった名前だね」
転生者だということがバレたか?
この世界の俺の名前、あるけど覚えづらいんだよな。
「ロコ、ケイってもしかして……」
「うん!」
ええ、嘘でしょ。
けっこうあっさり言ってるっぽいな。
「そっか、キミかー。このあとの晩餐も楽しくなりそうだ」
天使のような見た目に反してアルマは不敵な笑みを浮かべる。
「それより、この魔法をいつまで維持すればいいの?」
リリーがアルマとロコに尋ねる。
「覚醒の儀は魔人が上位魔人へと変わるための試練。試練を乗り越えるか、乗り越えられずに消滅するかしなければ終わらない」
「でも、ボク達が思っているよりも早く終わりそうだ」
アルマが結界の方向を指差す。
結界内では悪魔が空宙に浮遊し、数多の数の魔力の弾を、金色の光とともに雨のように降らしていた。
灰の魔人は両腕を失った状態で、灰燼の刃を飛ばしているが防戦一方だ。
「チッ。強すぎんだよおおお! やってやるかああああああああ!!」
灰の魔人が自ら胸に手を突っ込んだかと思うと、胸から取り出したのは灰の魔人のコアだった。
灰の魔人はコア握りしめ、そのまま潰す。
「ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔぁゔぁゔぁゔぁゔぁ」
魔人が唸り声を上げると同時に結界の内側が灰で覆われ、外から中が何も見えなくなった。
視線をリリーたちに戻すと、ロコが俺の方をじっと見ているのに気づく。
「アル、あやつが上位魔人となったら競争しないか?」
「ボク達のどっちが先に倒せるかってこと?」
アルマも乗り気で少しはしゃいでいる。
「うん」
「いいよ。やろう」
アルマはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。
三体の上位魔人が暴れたらどうなるんだよ。
悪巧みをする二人を横目に、俺は今後の心配で胸がいっぱいだった。
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